第12話 予行演習・後編

 妥協力を身に着けるための勝負が始まってから三日。五人は再びムジナ会のサロンに集まっていた。


「では結果発表よ。まずはリーナから。何ギノのところに行ってきたの?」


 イスに深く腰掛けたセレンが紅茶を片手に促す。ちなみにギノとはこの国の通貨単位だ。


「あたしは一万二千ギノのとこに……」

「あら、初めての低価格チャレンジにしては頑張ったじゃない。それで、出てきた相手はどうだったかしら?」


 リーナは自身の遊びを語るのにまだ慣れきっていないのか、ややぎこちない表情で話を続けた。


「うん、まぁ……それなりだったな……ギリギリ我慢できるレベルだったけど、もう一度行こうとは思わない」

「つまり最後までやれたってことね。さすがは男爵の娘、素晴らしい妥協力よ」


 全く褒められた気がしない。リーナは口を歪ませせながら足を組んだ。


「じゃあ次はテフィルね。いくらのお店に行ったの?」


 次にセレンに差されたテフィルは、不満を隠しきれないとばかりに視線をそらす。


「一万三千ギノ」

「よっしゃあああ!!」


 先ほどまで複雑な表情を浮かべていたリーナが、突然立ち上がって両腕を突き上げた。


「ねぇねぇ! 自分より経験が短い奴に負けてどんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち???」

「うっさい! 引っ込め!」


 ここぞとばかりに煽ってくるリーナをバシバシと叩くテフィル。


「出てきた男もイマイチで我慢して遊んだってのに、ほんと最悪なんだけど!」

「それでもきちんと最後までできたのは偉いわよ」


 涙目のテフィルをセレンが頭をなでて慰めた。


「ヤトラはどこに行ってきたのかしら」

「私も一万二千ギノのお店でした!」

「ヤトラにも負けるとかマジつら……」


 テフィルはすっかりふてくされてセレンのお腹に顔をうずめる。こういうところはまだまだ歳相応だ。


「リーナちゃんとおんなじだね~、それでどうだった~?」


 フーミナが尋ねるとヤトラはフフンを鼻を鳴らした。しばらく勿体つけた後に口を開く。


「なんと……当たりでした!!」

「えぇー!?」


 胸を張るヤトラの一言に、他の四人は驚愕の声を上げた。


「普通に高級店にいてもおかしくないレベルでしたよ! 安いとこにもたまにいるとは聞きますが、安く満足できるのって最高ですね!」

「お前ふざけんなよ! なんでここで当たり引いてんだ!」

「そーだそーだ! ずるいよヤトラ!」


 リーナとテフィルから次々出てくる不満が止まらない。フーミナが頑張ってなだめようとする中、セレンがじっとりとした視線でヤトラを睨んだ。


「当たりだったのは大変結構だけども、妥協力をつけるという趣旨に反するから失格よ」

「そんな! そりゃないですよセレンさん!」


 ヤトラがすがりながら抗議するも、味方してくれる人は誰一人としていなかった。


「ラッキーだったけど、アンラッキーだったね~」

「シクシク……さすがに理不尽すぎますよ……」


 これにはヤトラもトラウマ関係無しに意気消沈した。


「だったらセレンさんはいくらの店に行ってきたんですか……」

「私? 私はこれよ」


 セレンは自信満々に人差し指を立てた。


「ま、まさか一万ポッキリ?! そういう店はボッタクリが多いって聞きますが……」

「そのまさかよ。追加料金は一切無しで遊んできたわ」


 胸を叩くセレンにヤトラは、はへぇーと息を吐いた。ここまでの最安値を叩き出せたのは、彼女の経験と情報収集力のなせる業だろう。


「セレンちゃんすご~い! それで~、お相手はどうだったの~?」


 フーミナが尊敬のまなざしを向けながら尋ねると、セレンはスッと目を閉じた。


「あまり思い出したくないから聞かないで」

「あっ……」


 尊敬が瞬時に憐憫へと変わった。この場にいる誰もが口を閉ざし、公爵家の娘に襲いかかった悲劇に対して同情を禁じ得なかった。


「つまり私を失格にしたのはただの妬みでは……」

「最後にフーミナはどうだったかしら」


 ヤトラの指摘をセレンはさらりと受け流す。


「フーミナはね~、これだよ~」


 すると先ほどのセレンと同じように人差し指を一本だけ立てた。


「おぉ、フーミナも一万ギノか。頑張ったな」

「ううん~、一千ギノだよ~」


 彼女の言った意味が理解できず、リーナの頭上に?マークが浮かぶ。


「いやさすがにそりゃふっかけすぎだろ。そんな価格で遊べる店がどこに……」

「まさかあなた、北東地区に行ったの?!」


 セレンが目を見開いたまま立ち上がった。


「北東地区って、絶対行っちゃいけない場所のはずじゃあ……」


 顔をひきつらせたテフィルの背中に冷や汗が流れる。


 全体的に治安が良いと言われるこの国だが、唯一の例外と言われるのが北東地区と呼ばれる場所だった。歓楽街から大河を挟んだ反対側にあるその地区は、架かる橋が少なく往来が難しい場所だった。加えて国境にも近いことから、国内外の犯罪者が流れ着く場所になっていた。


 そして東北地区には無法者や貧乏人たちを対象とした、激安の怪しげなお店も立ち並んでいる。利用する場合は色んな意味で自己責任が問われるのだが……


「なんてとこ行ってるんですかフーミナさん! 悪い人に襲われたらどうするんですか!」


 ヤトラが狼狽しながら、いつもの大きな声を更に張り上げた。


「大丈夫だよ~、水兵さん五人くらいと一緒に来てもらったし~」


 だがフーミナはどこ吹く風といった感じで、気にも留めずに無邪気な笑顔を向ける。


「そういう問題じゃねぇだろ! 病気とかもらったらどうすんだ!」

「ちゃんと軍医さんに診てもらったから平気だよ~」


 全く反省の色が見えない返答に、リーナも頭を抱えて呆れるしかない。


「お店で会った人もすっごく喜んでくれてね~。『こんなかわいい子と遊ぶのは久々だ』って――」

「フーミナ、あなたが優勝でいいから二度と北東地区には行かないで。お願いだから」


 セレンが懇願するように優しくフーミナを抱きしめた。彼女の心からの心配が伝わったのか、フーミナは少しションボリした顔でごめんなさいと謝った。


「とりあえずフーミナが文句なしの一位。ドベは失格になったヤトラということで」

「ちょっと待ってください! 金額はテフィルさんが最高額じゃないですか!」

「失格の方が格下よ。ヤトラは頑張ったフーミナにおごってあげるように」


 結局セレンたちの一方的な裁定によって、ヤトラの訴えは却下された。リーナはあまりに大人気ないのではと思ったが、そもそもセレンは大人ではないし、余計なことを言って自分がおごる羽目になってはたまらないので何も言わなかった。


「やった~、いっちば~ん! 何をおごってもらおっかな~?」


 先ほどとは打って変わって、フーミナが満面の笑みを浮かべる。


「ど……どうかお手柔らかに……」


 その後、ヤトラは格安店の当たりにすら通えない日々が続いたのだった。

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