第11話 予行演習・前編

 ネオンの海の中にぼんやりと月が浮かぶ夜。ムジナ会のサロンでくつろいでいたいつものメンバーが、セレンの呼びかけで一か所に集められた。


「今日集まってもらったのは他でもないわ、みんなそれぞれ好き放題に遊び回ってると思うけど、ちゃんと将来のことを考えてるかしら」

「いきなり随分な言い方だな!」


 初っ端から辛辣な指摘にリーナが声を荒げる。そもそも一番遊びまくっている奴に言われたくない。


「将来が決まってる上級貴族様は楽でいいよね」

「その代わり自由がなくなるけどもね」


 皮肉を言うテフィルにもセレンは全く動じなかった。


「でも私が言いたいのは仕事の方ではなく家庭――つまり結婚相手よ!」

「結婚……相手……」


 結婚まで考えていた相手にフラれたトラウマを思い出しかけているのか、ヤトラのテンションが目に見えて急降下した。


「ヤトラなら大丈夫でしょう、かわいくて元気いっぱいだし、お店にいるような素敵な男性と結婚できると思うわ」

「そうですよね! 男なんて星の数ほどいますから!」


 すかさず入れられたセレンのフォローで、彼女の気力が持ち直される。耳に響くほどデカい声は何とかしてほしいが、下手に落ち込まれる方がよっぽど厄介だ。


「結婚かぁ~……フーミナはまだよくわかんないな~」

「さすがに8歳じゃまだ早すぎるだろ」


 そう言うリーナもまだ12歳である。


「いや、逆にもう遅いのでは?」


 リーナはテフィルのすねを軽く蹴り上げた。


「痛ったぁ! 何すんだよ!」

「世の中には言って良いことと悪いことがある」


 テフィルの皮肉はあまりにもひどい言い様だったが、当のフーミナはまったく気にしていないようだった。


「みんなお店では自分好みの相手としか遊んでないと思うけど、実際に交際や結婚するとなると必ずしも百点満点の男が現れるとは限らないわ」


 セレンはまるで教師が生徒に指導するかのように指を突き立てた。


「特に私とリーナは貴族よ。親が用意してきた結婚相手が平均未満な可能性も十分にある」

「うわぁ……改めて考えるとめちゃくちゃ嫌になってきた……」


 リーナが顔をよどませながらうなだれた。


「それに貴族でないあなた達三人も、高級店の男のような高すぎる理想を捨てられずにいると、一生相手が見つからないかもしれないわよ」


 ビシリと指さされた三人の身体が同時に硬直する。カリスマあふれるセレンが言うからか、なおさら実感を持って受け止められた。


「だからこそ私たちは身に着けなければならないの――妥協力をね!」

「妥協力」


 聞きなれない言葉に戸惑うリーナをよそに、セレンが一冊のファイルを差し出した。


「というわけで三日後までに全員、格安店で遊んでくること」


 彼女の言葉に全員が息をのんだ。


「なんで金欠でもないのに安い店で遊んでこなくちゃいけないのさ!」

「そうですよ! セレンさんなら安かろう悪かろうってぐらいわかりますよね!」


 テフィルやヤトラが口々に文句を言う。リーナも全くの同意見だった。これまで高級店から中級店まで格安以外の様々な価格帯で遊んできたが、男の質が値段に比例しているのは明らかだ。


「だからこそよ。平均未満の男と遊んで妥協力を養うことで『この程度なら我慢できるな~』ってハードルを下げていくの」


 理屈は理解できるが、実行しろとなると話は別だ。


「そもそも望まない相手との遊びはトラウマになるってあれほど脅してたじゃんか」

「遊び慣れたあなたたちなら一度ハズレを掴んだってどうってことないわ」


 セレンはリーナの指摘を理不尽とも思える返しで一蹴した。先ほど突き出したファイルをテーブルの上にのせて中を開く。


「ここにのってるお店は安くても比較的安全なところよ。もちろん、ファイルにないお店でも構わないわ」


 見開きを一瞥しただけでも、最高級店の一つであるリラクリカの三分の一にも満たない価格帯の店がズラリと並んでいた。


「だけど妥協力といっても価格で妥協されたら意味がないわ。そこで私も含めた全員で勝負をしましょう。最も高いお店で遊んじゃった人は、最も安いお店で遊んだ人に遊び一回分おごりよ」


 勝負、という単語が出てサロン内の雰囲気が一変した。ほほぅ、とつぶやいたリーナがアゴに指を添える。


「おごってもらう店と時間の指定は?」

「自由よ。リラクリカの一番長いコースでも複数人と遊ぶのでも、お好きなように」

「だったら負けるわけにはいかねぇな!」


 そう言ってリーナは自身に満ち溢れた笑みを浮かべた。


「一番の若手が何をってるんだか。きっと出てきた男にビビって何もせず帰ってくつに違いないよ」

「なにおう?!」


 小ばかにしてきたテフィルへリーナがガンを飛ばす。


「イケメンたちに囲まれるあの時間がタダで……えへへ……!」

「そういうことならフーミナも頑張るよ~」


 妄想に体をよじらずヤトラや片手を上げたフーミナも、俄然やる気が出てきたようだった。先ほどまで嫌がっていた彼女らのモチベーションを、言葉巧みに逆転させたセレンの底力は計り知れない。


「本気で生理的にダメなのが出てきたら逃げてもいいけど、格安店で一度も遊ばなかった場合は失格だからね。もちろん、ごまかしも一切ダメ。ムジナ会で遊びに関する嘘はご法度よ」


 こうして互いに火花をバチバチと散らす中、戦いの幕は切って落とされたのだった。

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