第9話 姉妹の血・前編
「あぁ、まずいまずいまずい……」
いつもはのんびりしているテフィルが、頭を抱えながらそんなことばかりを呟いていた。
今日は学校が休みの日。太陽も沈まない内からムジナ会のサロンでは幾人かの少女達がたむろっていた。
「少しは気にかけておくれよ!」
周りからの反応がないことにしびれを切らしたテフィルがテーブルを叩いた。
「いやぁ、そんな露骨に困ってると逆に関わりたくないというか」
ついこの間も顔を青くしてる奴を見た気がするし……と意趣返しの笑みを浮かべたのは、すっかりサロンの常連と化してしまったリーナ。一日暇なのをいいことに、朝はゆっくり寝た後、午後に一回遊んできた帰りがけに立ち寄っていた。
「で、何がそんなにまずいのかしら。実家の商会が潰れちゃった?」
「縁起でもないこと言わないでよ。もしそうならこんな所にいないし」
さらっと「こんな所」呼ばわりしたテフィルに、続けて話しかけたセレンは憤る兆しもない。つまりムジナ会創設者の彼女にとってもここは「こんな所」なのだ。
「実はこっちで遊びまくってるのを姉様が知って、とっても怒ってるみたいで……僕のところまで来るって……」
そう言って深くため息をついた。
「遊びまくってたお前のせいだろ。大人しく叱られてこい」
「嫌に決まってるじゃん! 姉様めっちゃ厳しいんだよ!」
姉には全く頭が上がらないらしいテフィルは怒りながらまくし立てた。
「それに下手したら実家に連れ戻されちゃうんだよ! あんな田舎に戻るなんて絶対嫌! 嫌! 嫌!」
両手足を振る姿は駄々っ子と言って差し支えなかった。実際彼女はまだ11歳だし、わがままを言いたい気持ちはリーナにも非常によくわかる。
「遊べなくなるのは死活問題ね」
話し半分に見守っていたセレンが、急に顔を固くしてテフィルの隣に座った。
「自由を謳歌すべき時代にそれを制限されるのは耐えがたい苦痛よ」
「さっすが公爵! 話が分かる!」
「こういう時だけ都合がいいな」
そもそもセレンがこの穴に引きずり込み、抜け出せなくした張本人である。新規参入には覚悟を求めるものの、一度卒業してしまえば手厚くサポート。そして遊びをライフスタイル化させてしまうのだ。彼女自身もこの歳ですっかりハマってしまっているためか、同類を作る術に長けていた。
「公爵じゃなくて公爵家の娘、ね。そういうことならしっかり対策を売って迎えるべきよ。お姉さんはいつ来るの?」
「今日の夜七時には着くって……」
現在時刻は午後3時過ぎ。時間の猶予はあまりない。
「お姉さんにはいつバレたの?」
「三日前。たまたま来てた女性社員さんとこの辺りでバッタリ会っちゃって……そこから漏れたみたい」
「自分も遊びに来ていたくせに告げ口するなんて、女の風上にも置けないわね」
表情に変わりはないように見えるが、セレンからは煮えたぎるようなオーラがあふれ出ていた。たとえ他人のことであっても、楽しみを妨害する者は許せないのだろう。
「全くその通りだよ……仕事で来ていたのに歓楽街で遊んでるのがバレたからクビになったけど」
「バカじゃねーのそいつ?」
情報提供で姉様に取り入ろうとしたんじゃないかとテフィルは予想していたが、それを加味してもなお呆れた愚行だった。
「もっと早く相談してくれればよかったのに」
「だって自分からお願いするのはなんか嫌だったし……」
「だからギリギリ今日になって、あんな大きな声で『まずいまずい』言ってたのか。あたしたちに声かけてほしくて」
リーナがにやつきながら煽ると、テフィルは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「とにかく今更慌てても仕方がないわ。ここは――」
一つ息をついたセレンが長イスから立ち上がる。
「一回遊んで頭と身体をスッキリさせましょう!」
「いや今日来るっつってんだろうが!!」
遊ぶことしか頭にないのかと、反射的にリーナがツッコんだ。
「あぁー、悪くないかも」
「助けを求めておいて危機感のカケラもないなお前……」
テフィルも乗り気な発言をする辺り、やはりセレンと同類か。もしくは単に現実逃避したいだけなのか。
「リーナも来る?」
「さっき遊んだばっかだからいい」
「そろそろハシゴできる体力は身に着いたでしょう?」
「いいから行ってこいって!」
リーナはセレンからの誘いを乱暴にお断りして、サロンを出ていく二人を見送った。
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「あぁ、大丈夫かな大丈夫かな……」
午後七時前、テフィルはまたしても頭を抱えていた。
「そんなに悩まなくても、大船に乗ったつもりでいてくれればいいわ」
「でも姉様をここに呼び出すなんて正気じゃないよ!」
セレンの提案により、姉妹はムジナ会のサロンで再会することとなった。涙目で訴えるテフィルだが、セレンは気にせずどっしりと構えている。
「今更後悔しても遅いわ。余計な人は来ないようにしてるから、全て私に任せてくれればいいの」
「あたしはここにいていいのか?」
二人の他に唯一サロンへの滞在が許されたリーナが尋ねる。
「リーナは事情を知ってるし、まだ比較的マシだから」
「比較的て……」
確かにヤトラのテンションだと場を引っ掻き回しそうだし、フーミナがいたらあまりの幼さにお姉さんがぶっ倒れるかもしれない。他のメンバーはまた会ったことはないが、大体同じようなものだろうとリーナは決めつけた。
時計の針が七時を差す。その瞬間、サロンのドアベルが鳴り響いた。
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