第8話 見ると見られる

 すっかり馴染みとなったムジナ会のサロン。カウンターで分厚いデータベースファイルをぱらぱらとめくるリーナの元に、フーミナがとてとてと駆け寄ってきた。


「どうした、フーミナ?」


 彼女の笑顔を見るとまるで自分に妹ができたような気分になる


「ね~ね~、リーナちゃんは見るのも見られるのも平気な方~?」


 だが子供らしからぬ質問に、飲んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになってしまった。


「い、いきなり何言ってんだよ! というか見るとか見られるとかって、何をだよ!」

「そんなの決まってるじゃ~ん。具体的に言ってほしいの~?」


 具体的な単語を発しているフーミナなんか想像もしたくない。


「いや、言わなくていい……」

「それじゃあリーナはどっちも平気~? 初めての時はどうだった~?」


 カウンター席で紅茶を飲むセレンに目線で助けを求めたが、ちらっとこちらを見ただけだった。手を差し伸べる気はないらしい。


「初めての時は暗くしてたけど……何度か遊んでたら、そりゃ見ちゃうよな……」

「感想は~?」


 目を輝かせながら迫ってくるフーミナを手で抑える。もっと別のことに興味を持ってくれ。


「感想って……まぁ、すげーなーって……」

「ほ~ほ~、リーナちゃんのお相手のはすごかったと~」

「何の罰ゲームだよこれは!!」


 耐え切れず大声を出すと、何々と興味を持ったヤトラとテフィルが近付いてきた。


「リーナちゃんは相手のを見てすごいと思ったんだって~!」

「黙れ! 言葉の綾だっての!!」


 無邪気に「すごい」を繰り返すフーミナの口を、リーナが慌てて押さえた。


「まったく、いつまでカマトトぶってるんだか」


 テフィルがおなじみの小憎たらしい笑みを浮かべる。皆が一か所に集まったからか、セレンもようやくリーナの元まで歩み寄ってきた。


「慣れないと直視できない子もいるけど、リーナは初めからガッツリ見てそうね」

「どういうイメージ持たれてんだよあたしは」


 だが実をいえば、セレンの言ったことは図星である。


 どんな感じになっているのか、まぁまぁ気になるのは当たり前ではなかろうか。


 いつの間にか遊びたいという欲求と見たいという欲求はリーナにとって同義に近くなっていた。もはや夜にお店へ遊びに行く目的の一つだと言っても過言ではない。そこまで好奇心旺盛であることは、他人には口が裂けても言えないけども。


「でも見慣れてくると特に何とも思わなくなりますよね!」

「僕も特にどうということはないかな。道端で見せつけられたら蹴り上げるけど」


 ヤトラもテフィルもそんなに気にしないものなのか。リーナは自分が特殊なのではと少し不安になったが、そもそも二人が進み過ぎているのだと気付いて考え直した。


「フーミナは見るの好きだよ~。同じようでみんなちょっとずつ違うしね~」

「自分にはないものだから、興味深いとは思うわね」


 そしてこの二人はリーナと同じ位置に立っているようだった。4つ下のフーミナは数歩先に行っているような気もするが、気にしないでおこう。


「じゃあ逆に見られるのはど~お?」

「見られるのはさすがに抵抗が強いな……」


 顔をのぞき込むフーミナにリーナは正直に答えた。実際、初めての時は見るよりも見られないことを優先したくらいだ。未だに恥ずかしがってるのかと、テフィル辺りにまたからかわれるかと思ったが……


「僕もガッツリ見られるのは無理かな」


 少し顔を赤らめて目線をそらしたのは予想外だった。


「私も明るい場所はNGですね! 必要な時は暗くします!」


 ヤトラも彼女に続く。


「淑女として最低限の恥じらいは持っておきたいわよね。私もじっくり観察されるのは御免よ」

「なぁんだ、その辺はみんな一緒なんだな」


 ようやく全員の共通項を見つけられたリーナはホッと胸をなでおろした。遊び慣れている人は見られるのも平気なのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


「え~、フーミナは見られるのも好きだよ~」


 とんでもない暴露に、サロン内の空気が凍り付いた。


「そ、それは……つまり……」


 ここまでハイテンションだったヤトラですら、顔を引きつらせて言葉を失う。


「ま、まぁ……8歳だと羞恥心がまだ薄いかもだし……」

「いや『平気』ならまだしも『好き』はおかしいだろ!」


 テフィルが必死にフォローするが、リーナが我慢できずにツッコミを入れた。


「フーミナ、それは良くないわ」


 真面目な顔をしたセレンがフーミナの肩に手を置き、優しく諭した。


「あなたが普段お店で見せているものは、本来は見られてはいけない、見られたら恥ずかしいものなのよ。その認識はしっかりもっていなきゃダメ。でないと踏み入れてはならない道に進んでしまうことになるわ」


 真剣な説得であったが、言葉が抽象的すぎるのかフーミナはキョトンとしていた。だがしばらくしていつもの愛くるしい笑顔を浮かべる。


「うん、わかった~」

「本当にわかってるのかしら……」


 少しの間セレンが悩むも、「ま、大丈夫よね!」と彼女の肩を叩いた。きちんと教育すべきではとも思ったが、その辺りは親の仕事だ。それに同じく子供であり、同じであるリーナ達が注意できる立場でもない。


「いやぁ、もう手遅れでしょ」


 テフィルが身も蓋もないことを言ったが、フーミナの健やかな成長を切に願いたい。

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