第7話 嫌なことから逃げさせて

 中級店も悪くないな……


 リーナはそんなことを考えながら、もはや日課となってしまったムジナ会のサロンへと向かっていた。セレンの紹介を受けてから一週間ほど経ったが、夜にお店で遊んだ帰りには毎回サロンまで足を伸ばしている。


 さすがに毎日というわけではないが、サロンに行けば大体セレンたちがいた。それぞれ思い思いにくつろいでいるか、トランプをしているか、もしくはちょっとした口喧嘩をしている中にリーナも自然と混ざっている。


「すっかり『同じ穴のムジナ』だ」


 再び呟いたが、リーナは悪い気持ちはしなかった。相変わらずテフィルはムカつくし、ヤトラは声がデカいし、フーミナは得体が知れないし、セレンはカリスマだが、同じ遊びにハマっているという共通点がある。それだけで友達としてつるむのが、何となく楽しかった。遠い地方のモンスターも、捨てたもんじゃない。


 サロンの前に到着し、扉に手をかけた。心地よいドアベルの音が鳴ると、中ではヤトラが一人、カウンター席に座っていた。


「よぉ、今日はまだ一人か?」


 いつも通り耳をつんざく挨拶が返ってくるものと思っていたが、なぜか反応がない。何かがおかしいと思いながらも、数秒経ってヤトラがようやくこちらを振り向いた。


「お疲れ……さま……です……」

「うわぁぁぁぁ!!」


 その顔は真っ青に血の気が引き、目は泣き腫らして真っ赤になり、涙と鼻水ですっかりビショビショになっていた。いつもとは正反対な様子にリーナは思わず悲鳴を上げてしまう。


「ど、どうした?! 何があった!」


 もしや遊んでいた男が嫌がるヤトラに無理やり……? リーナは最悪のケースを考えたが、そうではなかった。


「だ……大丈夫です……ちょっとエソリア君のことを思い出して……」

「エソリア君?」

「彼女の初恋の相手よ」


 振り返るといつの間にか来ていたセレンが、閉め忘れた扉にもたれかかっていた。


「そういや失恋したとか言ってたな……ここまでトラウマになるとか、どんなフラれ方したんだよ?」

「あうっ……あうっ……!」


 まるでセイウチのような嗚咽を漏らすヤトラに、セレンがハンカチを差し出して鼻をかませた。


「しかし発作が起きてからしばらく一人だったみたいね。ここまで悪化したのは久々だわ」

「はふっ……はふっ……!」

「焼きたてのステーキでも食ってんのかお前は」


 リーナはそう言いつつも、過呼吸になるヤトラの背中をさすってあげる。


「で、どうする? 医者でも呼ぶか?」

「そこまでは必要ないわ。悲しむ女の子を救えるのはただ一つ――」


 一拍置いて、セレンが声に力を込めた。


「男よ!」

「いや男に泣かされてんだろうが」


 さすがのリーナも騙されなかったが、セレンは至極真面目な表情で続ける。


「強烈なトラウマを上塗りできるような、過去一最高の体験をヤトラにさせてあげるの」

「一時しのぎだし根本的な解決になってねぇ」

「というわけでおごってあげなさい、リーナ」

「なんでだよ!!」


 リーナの大声にビクッとヤトラが震え、再び泣き出してしまった。


「お前も赤ちゃんじゃないんだから……」

「友達でしょう? 苦しむ彼女を救いたくはないの?」


 友達なのは否定しないが、まだ出会って一週間である。


「だったらお前がおごれよ」

「もちろん、私も一人分はおごるわ」

「二人分タダで遊ばせてやるのかよ!!」


 だって彼女の夢は逆ハーレムだもの、とセレンは続けるが、こちらにその夢を叶えてやる義理はない。


「仕方ないわね、薄情なリーナの代わりに私が二人分おごるわ」

「初めからそうしろ。公爵家はあたしらより金あるんだから」


 こうして泣きじゃくるヤトラを複数人で遊べるお店まで連れていくことになった。来たばかりだったが、そろってサロンを後にする。


 今から遊ぶと、ムジナ会で決められている帰宅時間の午後九時を過ぎそうだった。だがセレンは、ヤトラの家族に連絡して迎えに来させるという。悪魔かお前は。


「それにしても、二人以上と同時に遊ぶのっていいもんなのか?」


 この時間でもますます人の絶えない通りを歩きながら、リーナが尋ねた。


「あら、興味があるの? 沢山の男を侍らせるのはなかなか気分がいいわよ。私も時々やってるわ」

「あー……すげーイメージ通り」


 簡単に湧いてくる想像図に思わず笑ってしまう。


「ただきちんと全員と遊べなきゃもったいないわよ。一人相手にヘトヘトになっているようじゃまだ早いわ」

「べ、別にヘトヘトになんかなってねぇし!」

「誰もあなたのことだなんて言ってないけど」


 反論が思い浮かばないリーナは、むぐぐとうなることしかできなかった。


 やがて一軒のお店の前でセレンが立ち止まる。


「ここよヤトラ、行ってきなさい。この先に辛いことは何一つないわ」

「ほ……本当に……?」

「えぇ、あなたを待ち受けているのは天国よ」


 この部分だけ聞くとかなり物騒だな。リーナはそんなことを思いながら背中を丸めて入店するヤトラを見送った。



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「いやー! やっぱりイケメンに囲まれるのは最高ですね! 体中がポカポカしてとっても幸せになれます!」


 翌日、元気を取り戻したヤトラがいつもの大声をサロン内に響かせた。


「調子のいい奴だぜほんとに……」


 今度は先に来ていたリーナが呆れながら耳をふさいだ。


「嫌なことを思いだしたら昨日紹介したお店を頼りなさい。最大で4人まで同時に指名できるわ」

「なんと! こんな身近なところにパラダイスがあったとは! ご紹介ありがとうございます!」


 爛爛と目を輝かせているが、定期的に逆ハーレムを作るお小遣いはあるのだろうか。さすがに毎回おごるほどセレンは甘くはないぞ。


「ただ、その……」


 ヤトラが声のトーンを落とし、顔を赤くしながら体を丸めた。


「親に迎えに来させるのは、その……気まずいので勘弁してください……」

「だったら一人で何とかできるよう努力することね」


 珍しくしおらしい姿を見せたヤトラだった。

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