第二章 それぞれの夜
第6話 一人で行ってきました
日も沈み、独特な光を放つネオン看板に挟まれた通りを行く一人の少女。ここではさほど珍しいものでもないのか気に留める人も、ましてや注意する人もいない。
リーナはわずかに手に汗を流しながら、この辺りでは最も豪奢な店の扉をくぐった。
「あら、いらっしゃい。二日連続とは随分気に入って頂けたようで」
リラクリカ店内では昨日も対応してくれた受付嬢がカウンターの中で座っていた。
「もう少しその、高級店らしい対応の方がいいんじゃないか?」
緊張の解けきれないリーナが目線を合わせずに言った。
「これはこれで割と評判なのさ。アングラっぽくてイケナイことをしに来ているみたいだって。私は別に悪いことでも何でもないと思うんだけどねぇ」
そう言いつつも、さすがに新しい人連れてきた時は丁寧に対応するよ、と受付嬢は笑い飛ばした。他の店員のサービスは至極丁寧なので、これでバランスが取れているのかもしれない。
「で、ご予約は?」
リーナが首を横に振ると、すかさず目の前にパネルが並べられた。
「すぐに案内できるのはこの子たちだね。二回目だし安定を取ってもいいけど、昨日とは違うジャンルをオススメするよ。新たな発見がある方が、飽きが来ない」
当人は気付いてないみたいだが、パネルの眺めるリーナの息は荒くなっていた。どれも彼女にとっては非常に魅力的に感じられる。
「じゃあ、コイツで……」
「お客さんもお目が高い。この子は毎回ランキングの上位にいてね、今日はたまたま予約のキャンセルがあって空いてたのよ」
受付嬢はパネルを片付けながら、子どもが持つには不釣り合いな額の紙幣の束を受け取った。
「見た目は幼げだけど、ちゃんと立派だし腕もいい。期待して待ってなさい」
リーナはもじもじしながら頬を紅潮させ、案内に従って待合室の中へと入っていった。
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「はぁ~……最高だった……」
遊び終えてムジナ会のサロンにやってきたリーナは、未だに余韻が抜けきらないようだった。カウンター席に座って上向きがちに、どことも言えない場所を眺めている。
「連日リラクリカなんて気合入ってるじゃない」
ティーポットを抱えたセレンがリーナの隣の席に座った。
「もう認めるわ……あたしはこれ無しじゃ生きていけない……」
「自由がある内は欲望に素直になればいいわ。ただお金には気を付けなさい。毎日リラクリカに通えるほど、男爵家のお小遣いは高くないと思うけど」
はっと気づいたリーナが自分のブランド財布の中身を確認する。
「ま、まだ何とか……」
「次にお小遣いもらえるのはいつ? それまでリラクリカに何回行けるか計算してみた?」
う~んとうなりながら腕を組むリーナ。数十秒経ってセレンから紙とペンを差し出されると、暗算を諦めて計算式を書き連ねた。
「……もう少し価格帯の低いお店、紹介してもらえるか?」
「もちろんよ。ただ答えは間違っているわ」
上質な紙に書かれた数字を指でつつく。リーナは何とも言えない表情をしながらその紙をくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱に投げ捨てた。
「ざんねーん、大外れー」
壁に跳ね返ってあらぬ方向に転がった紙をテフィルが拾い上げ、広げて読み始めた。
「割り算もできないとか、小学校低学年からやり直したら?」
「うるせぇ! 漫画でも読んでろ!」
リーナの叫びを鼻で笑いながら長椅子に寝転ぶテフィル。投げつけようとペンを掴みかけた手を、セレンがさり気なく止めた。
「今日はどこで遊んできたの?」
「『ユネサルテ』だよ。あそこにいる子たちはイジメがいがある」
テフィルが八重歯をのぞかせながら、準上級店の名前を挙げた。どんな感じで遊んでいるのか、想像は容易い。
「あぁ~……何となく上に乗っかってそうなイメージだよな、テフィルって」
「そういうリーナは乙女らしくリードしてもらいたいタイプ?」
「いちいち鼻につく言い方するなお前は」
そんなやり取りをしていると、サロンの扉が前触れもなくすごい勢いで開かれた。
「皆さん、お疲れ様です! 今日も素敵な夜でした!」
テンションの高いヤトラがクルクル回りながら中へ入ると、ドサッとテフィルの隣に腰かける。
「危ないなぁ、もう」
「今宵一緒に遊んでくれた方は嫌なことを全て忘れさせてくれました! 身体だけでなく頭の中まで幸せに包まれるようで――」
はいはいと適当にあしらいながら、テフィルは長椅子を離れてカウンターの一番端の席に座った。
「ちょっと! 少しは話を聞いてくださいよ!」
「君のレビューは聞き飽きたよ。声の大きさなんとかならない?」
「私は声を我慢しないタイプなので!!」
えっへんと胸を張るヤトラだが、別に自慢することではない。むしろ声がデカすぎて相手は集中できないんじゃなかろうか。
「我慢せず自然に委ねるのはいいことよ」
論点がズレている気もしなくはないが、セレンが言うと説得力の塊だ。流れに任せてふむふむとうなずくリーナだったが、テフィルはいやいやと否定した。
「そういえばフーミナは?」
「パパと遊んでるんじゃないかしら」
尋ねたテフィルに対し、セレンが紅茶を飲みながら答えた。
「フーミナの父ちゃんは海軍だっけ? 水入らずで遊ぶとかやっぱ子供だな」
「ぶふっ!!」
ヤトラが飲んでいたコーラを吹き出し、慌てて近くの布巾でテーブルを拭いた。
「なんだよ、あたしだって子供だろって言いたいのか?」
「そういう意味じゃなくてね……」
笑いをこらえるテフィルへガンを飛ばすリーナ。言葉も続けようかというところでサロンの扉が開かれた。
「送ってくれてありがとね~、ばいば~い!」
笑顔で手を振るフーミナの先には、やや痩せ型の大人の男が手を振り返していた。二人が別れるとフーミナはサロンの中に入り、ふふっと笑いながら両手で頬を押さえた。
「あ~楽しかった~!」
「あれがフーミナのパパか?」
「? そうだよ~」
リーナの質問に若干首を傾げつつも、愛らしい笑顔を崩さないままフーミナは答えた。
「海軍なのに意外と華奢なんだな」
「あぁ~。違う違う。あの人はね~、今日のパパ!」
「今日のパパ」
オウムのように繰り返したリーナはようやくその意味を理解した。
「いや……改めて並んでるのを見たら……体格差……」
「親子にしか見えないでしょ~? 血はつながってなくても心と身体はつながったパパだよ~」
無邪気にほほ笑むフーミナだが、その小さな身体に抱えたものを想像すると目を覆いたくなる。
「できれば勘違いしたままでいたかった……」
「パパといってもお小遣いをあげてるのはフーミナの方よ」
「いや、そっちの勘違いじゃなくて……」
テフィルはついに我慢しきれず、腹を抱えて笑った。
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