第5話 会の掟

 セレンが用意したマドレーヌを前に、四人とも子供らしく目を輝かせた。


「このサロンは会員ならいつでも自由に出入りしてもらって構わないわ」


 上品な甘さを頬張りながら、リーナがふむふむと頷く。


「今日はおごりだけど基本的に飲食は有料。その代わりに――」


 数冊のファイルがドンとリーナの目の前に置かれた。どれもかなりの分厚さを誇っている。その内の一冊をパラパラとめくってみると、お店の地図や男の写真が評価と共にずらりと並んでいた。


「データベースは無料で閲覧可能よ」

「すげぇ! どうやってここまで集めたんだよ!」


 リーナが目を輝かせながら資料に見入る。高級店だけでなく中級店や格安店まで、この辺りのお店はほとんど網羅されているようだった。


「全て会員による情報提供でここまで完成させたのよ」

「ということは……たった4人で全店舗を……?」


 戸惑いながら他のメンバーたちと目を見合わせた。


「その通り! と言いたいところですが、さすがに無理です!」

「他にも会員がいてね~、いわゆる『えーちのけっしょー』だよ~」


 ヤトラとフーミナの話を聞き、こんな奴らがまだいるのかとリーナは苦笑いした。自分のことは棚に上げて。


「といっても、サロンに居座ってるのは大体この四人だけどね」


 漫画を持つ手を汚したくないのか、マドレーヌをフォークで刺して食べるテフィルが付け加えた。つまりこいつらがある意味「上」の奴らなんだなと、リーナは勝手に理解した。


「あなたは才能があるから、いずれ私たちと同じ域に達するわ」


 まるで心を読んだかのようにセレンがささやいた。そんな才能を認められても全く嬉しくない。


「それとこの会には三つの決まりがあるの。一つ目は情報提供に際し嘘をつかないこと。女の子の場合は失敗すると精神的ダメージが大きいし、下手すれば肉体的にも社会的にもダメージが入るわ」


 精神面や肉体面は当然ながら、「社会的」という面についてもリーナは子供ながら理解できた。貴族というのは裕福であっても、守らなければならないことが多いのだ。


「どんなに嫌な奴でも~、騙して地雷に突っ込ませるのは万死に値するよ~」


 フーミナから幼女らしからぬ言葉が出てきて、マドレーヌを取りこぼしそうになった。リーナは彼女の方を見るが、顔は笑っていても目が笑っていない。身体が小さくなければ本当に8歳なのかと疑わしくなるオーラを放っていた。


「もしやったら出禁じゃ済まないから覚悟しておきなさい」


 セレンが全く笑わずに言うのを見るに、ムジナ会では絶対に犯してはならない禁忌のようだった。


「だけど情報を隠すのはOKよ」

「嘘はダメだけど隠すのはいいのか?」

「誰しもお気に入りは独占したいですから!」


 ヤトラの言葉になるほどと膝を打った。確かに目の前にいる少女たちが、自分と同じ男の子と遊んだとなると複雑な気分になる。


「騙して飛び込ませるのは騙す方が悪いけど~、わかんないものに飛び込むのは自己責任だからね~」


 ようやくフーミナの笑顔が自然なものに変わったので、リーナもほっと息をつく。このタイミングで無邪気な笑顔を見せるのが良いことかどうかはさておいて。


「二つ目は売る側に回らないこと。私たちはあくまで選ぶ客側という誇りを失ってはならないわ。それにあくまでお店側が管理しているから安心して遊べるの。お小遣いがなくなったからって、リスクに手を突っ込んではいけないわ」


 さすがにリーナも貴族の娘としての矜持がある。お店を挟まずに遊ぶことは全く考えていなかった。


「突っ込むのは男の方だけどね」


 ニヤニヤ笑うテフィルのツッコミはあえて無視した。


「最後に三つ目なんだけど――」


 セレンも同様に無視して時計を指さした。今の時刻は午後八時を差している。


「午後九時までにはお家に帰ること。一部区域を除いて治安はいい方だけども、万が一のことも考えて深夜に出歩くべきじゃないわ」

「さすがに心配し過ぎだろ。何度も一人で出歩いてるけど、危ないことに巻き込まれたことはないぜ」


 首都近郊は街灯の設備が整っているし、警察も定期的に巡回している。そのため子供が一人でも安心して外で遊べる体制が整っていた。身分の高い家柄の子でも例外ではなかったが、それにはちゃんとした理由がある。


「あなた、本気でずっと一人だったと思ってるの?」

「へ?」

「貴族の娘なんだから、護衛がこっそり後を付けてるにきまってるじゃないの」


 思わぬ事実を突きつけられ、リーナの顔が一気に青ざめる。確かに日が沈んでから出かけても何も言われないのは大らかだなぁ、とは思っていたが……


「私も通りで家にいるはずのお付きと鉢合わせたことがありますねぇ! あの時はビックリしましたよ!」

「フーミナも毎回水兵さんの気配を感じるよ~」


 貴族ではないヤトラやフーミナすらさも当然のように同意した。後者はその歳にしてはやや敏感過ぎる気もするが。


「じゃあ……お店に入るのも……」

「お家の人にバッチリ見られてるわね」

「うわぁぁぁぁぁ!!」


 顔色が青から赤に一変したリーナは、頭をかきむしりながらカウンターに突っ伏した。


「今更なにいっちょ前に恥ずかしがってるのさ。そもそも夜に出かけてる時点で目的は一つでしょうに」


 やれやれといった表情で肩をすくめるテフィルに対し、リーナが顔を横に向けてキッと睨みつけた。


「それに対して僕は真の自由を謳歌してるけどね。本店が遠いからわざわざ首都まで人を寄越さないし」

「代わりに全寮制だから門限があるでしょ」


 胸を張っていたテフィルがさらりと口をはさんだセレンを睨む。一方の彼女は涼しい顔で話を続けた。


「とにかく護衛が付いてるとはいえ、不測の事態に100%対応できるわけじゃないわ。それに夜更かしは美容にも成長にも悪いからしっかり睡眠をとりなさい」

「寝る子は育つって言いますしね!」


 そういうヤトラは年上の割に、リーナと大して身長は変わらない。頻繁に夜に出かけているとこうなってしまうのか。


「身長だけは訓練しても伸びないないからね~」

「まるで他の部分は訓練すれば大きくなるとでも言いたげだな……」


 フーミナの言にリーナが反応するが、具体的にどの部分かは明言を避けた。


「後は基本的なマナーさえ守ってくれればムジナ会は自由よ。せっかくだし、次は誰と遊ぶか品定めしておきなさい」

「ありがと。でも今日遊んだ子にもう一回行こうかな~って」

「ダメですよリーナ! 一人の男に入れ込むのは!」


 ヤトラの鬼気迫る忠告に、「おう……」とやや引きながらうなずいた。説得力が重い分、何も言い返せない。


「確かにリーナは惚れっぽいから特定の男に偏るのは止めといた方がいいわね」


 貴族が平民と結ばれることはまず許されないのは知っているが、真剣な顔で「惚れっぽい」と指摘されるとちょっとムカツク。


「ほほぅ、つまりリーナはチョロイと……」

「チョロくなんかねーし!!」


 テフィルのからかいにはすかさず大声で反論した。


「お友達がい~っぱい増えるといいね~!」


 この子と一緒にいると、年下の発言が全部意味深に聞こえてきてしまうな……。そう思いながらリーナはフーミナの頭をなでた。なんだかんだで居心地が悪くないのは、やっぱり「同じ穴のムジナ」だからだろうか。


 リーナがサロンを出たのは午後九時までに家に着くギリギリの時間であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る