第4話 子供達の秘密基地

「こんばんはセレンさん! そちらの方ってもしかして……」

「えぇ、つい先ほど同類になった男爵家の娘さんよ」


 髪の毛を短く整え、紫紺の長いローブを身にまとった活発そうな少女が笑顔でリーナに手を差し出した。


「はじめまして! 私はメアーリス族族長の娘、ヤトラ・メアマルト! 将来の夢はイケメン逆ハーレムを築くこと!」

「お、おう。叶うといいな……リーナ・フェリエスだ。メアーリス族って確か先住民族だっけ?」


 メアーリス族はこの地に古くから住まう歴史ある民族だ。特徴的な長いローブは民族の伝統衣装であり、家族ごとに色と模様が異なるらしい。あとから来て為政者となった我々は、富国の礎を築いた民として敬意を払っているが――


「先住民族といってもとっくの昔に迎合して文明化してますけどね! いやぁ、ほんとこの国の文化は最高です! この歳であんな素敵な経験ができるんですから!」

「貴族の娘として罪悪感が湧いてくるから、その言い方はやめよ?」


 ちなみに彼女はリーナの一つ年上、13歳だそうだ。


「相変わらずヤトラはうるさいなぁ、集中して読書できないじゃん」


 声の方を振り向くと、本を抱えたツインテールの少女が長椅子のひじ掛けの陰から顔をのぞかせていた。


「あちらはアロキア商会会長の娘、テフィル・キシュトー。リーナの一つ下よ」

「商人もいるのか、ほんとに身分関係無しだな……この辺にそんな商会あったっけ?」


 テフィルが少しムッとしながら持っていた本を置く。


「本店は国境近くだけど、いつかこっちにも支店を出すから覚えておくといいよ」

「じゃあなんで首都にいるんだ?」

「姉様に拝み倒して、こっちの学校に通わせてもらってるんだ」


 テフィルは伸びをしながら立ち上がると、億劫そうにこちらに近づいてきた。リーナとは一つしか違わないが、背丈は一回り小さい。


「本を読むにしろ遊ぶにしろ、やっぱり都会じゃないと」

「あなたの言ってる本は漫画のことだけれどもね」


 セレンに指摘されてテーブルに置かれた書籍を改めて確認すると、確かに最近話題になっている漫画の最新刊であった。


「あたしより年下でここまで堕ちているのか。やっぱりここはヤバい場所なんじゃ……」

「貴族サマとはいえ、大概失礼だね君は。後半は否定しないけども」


 そういうテフィルは貴族の娘らに対して全く敬意を払っていない。子供のやることと言われれば仕方ないかもしれないが。


「でも僕よりもっとヤバイ奴なら後ろにいるよ」


 えっ、とリーナが振り向くと、テフィルよりも更に小さな少女がニコニコ顔でポニーテールをたなびかせていた。


「はじめまして~。フーミナ・エルドードってゆ~の~。よろしくね~」


 語尾が伸びる独特の喋り方には、見た目相応の幼さが垣間見えた。その可愛らしさに、まだ同じく子供であるはずのリーナでさえ目を細める。


「かわいいなぁ、誰かの妹さん?」

「海軍大将の娘さんよ。ここにいる時点で察しなさい」

「……嘘だろ?」


 リーナが顔を引きつらせながら、フーミナに目線を合わせる。


「君、いくつ?」

「はっさいだよ~!」

「いやいや……ダメだろ……一桁はないって……」


 気が遠くなりそうなのを必死にこらえた。


「因みに初めては6歳だそうよ」


 セレンの追撃でついに顔を覆う。


「いくらなんでも早すぎるだろ!」

「さすがの私もビビったわ。ムジナ会の構成員としても最年少ね」


 8歳で公爵家の娘をビビらせるとは、身体は一番小さいが大物確定である。フーミラはごく当たり前のことかのように笑顔を変えていない。


「軍人の子はほとんどは軍に入るそうですが、生き死にをかけた職業であることからデビューが早いと聞きますね!」

「それを加味しても早すぎでしょ……まだ士官学校に入る歳でもないのに」


 ヤトラとテフィルもテンションは違えど同様に呆れざるを得ないようだ。


「フーミナはね~、賢いから興味を持つのも早かったんだよ~。さすがに最初は辛かったけど、今は大人相手でも全然平気だよ~!」


 最後にとんでもないことを言った気がしたが、リーナは聞こえなかったふりをした。


「そんなことより~、リーナちゃんの初めてがどんなだったか聞きたいな~」

「はぁ!? いや、別に普通だよ普通……」


 自分より四つも年下の女の子とそういうお話をすることに、恥じらいというよりも戸惑いを隠しきれない。


「セレンさんが連れてきたってことは、お店もセレンさんに紹介してもらったんですよね? 普通なわけないじゃないでしょう!」


 ヤトラのデカイ声を聴いて、改めて自分は普通でない初体験をさせられたことを確信した。


「恥ずかしがらなくていいよ。僕らはリーナよりもっと凄いことを経験してきてるんだからね」


 年下にそんなフォローをされると、むしろ情けなくなってくる……


 リーナはそう考えながらも逃れられないことを悟り、諦めて口を開く。


「めっちゃ良かったです……」

「でしょー! 私も最初はセレンさんに紹介してもらったんですけどね! ほんっとに心から感謝してますよ! 女の子の初めては大抵辛い上に、失敗は即トラウマ逝きですからね!」


 ヤトラがまるで数年来の友人に再会したかのように両手をブンブンと振った。そのテンションに置いていかれつつも、リーナは同じ経験をした者同士と知って少し親近感を覚えた。


「でも後になって後悔が襲ってくるパターンもあるので油断しないでくださいね! 私も素敵な初めてだったんですが、元々卒業しようとしたキッカケが失恋したショックでの勢いだったんですよ! それで改めて初恋の人に捧げられなかった事実を……考えると……あっ……あっ……」


 話しながら見る見るうちに顔色が悪くなっていく。どうやら自分でトラウマを掘り起こしたらしい。


「あぁ、ヤトラがまたフラッシュバックしてるよ」


 そう言いながらいつの間にか手に取った漫画に目を落としている辺り、テフィルは全く心配していない。よくあることなのだろう。


「初めての遊びを思い出しなさい、ヤトラ。初恋の男があんな素敵な体験をさせてくれると思う?」


 見かねたセレンが、過呼吸の背中をさすりながら優しく問いかけた。


「思いません……」

「そうよ、だから開き直って思いっきり遊べばいいの。プロの技術は決して裏切らないわ」

「……そうですよ! 定期的に高いレベルの男を相手にしてれば、市井の男なんてマジでどうでもよくなってきますよね! ね!!」


 慰めを受けて急激に元気を取り戻したヤトラに同意を求められる。テンションの乱高下に加え、まだ一回しか経験したことがないリーナは言葉を続けられない。


「入りたてホヤホヤの新人に違いなんてわかるわけないじゃん」


 いつの間にかリーナの隣に座っていたテフィルが鼻で笑った。


「そもそも遊んだ話をするだけで照れてるようなウブだよ、もう少し手加減してあげなよ」


 イスに腰かけ足を組む姿は完全にこちらを見下していた。リーナはヤトラを振り払い、ズンと彼女の前に出る。


「平民の年下風情が調子乗んじゃねぇぞ」

「ここじゃ身分は関係ないってセレンに聞かなかった? むしろ経験たっぷりな先輩を敬ってよ」


 ふんぞり返る彼女に対し、青筋を立てて今にも手を挙げそうなリーナ。フーミナがおどおどしながら二人を見守っていたが、パンッと手を叩く音が響き渡る。


「はいはい、ケンカはそこまで。これからリーナの歓迎会やるんだから」


 セレンがそう言いながらカウンターの中へと入った。


「今日は特別に私が入れてあげるわ」


 冷蔵庫の中からサイダーの瓶を取り出し、いつの間にか並べられていたグラスに次々と注いでいく。12歳ながらなかなか様になっている姿に、リーナは少しの間見とれていた。

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