第2話 ハマっちゃいました
「はい、いらっしゃ……これはこれはエヴァニエル様、本日もご機嫌麗しゅう」
案内された店はこの辺りでも一番といえるくらい豪勢な装飾が施されていた。女性の黒服に扉を開けてもらうと、妙齢の女性が受付カウンターでうやうやしく頭を下げる。
「この子はただの友達よ、畏まらなくていいわ」
「ど、ども……」
外観に負けず劣らずの内装と、初めて夜にお店へ入った緊張感で歪んだ笑顔になってしまった。これから遊ぶのに冷や汗が臭わないかと気になってくる。
「あぁそう、なら遠慮なく。いらっしゃい、ようこそ癒しの楽園『リラクリカ』へ。ご予約は?」
「私はあるけど、この子は全部初めてだから良さそうなのいくつか見繕って」
常連らしいやり取りでさらっと未経験を暴露された。正直に言うべきなのはわかるが、ここまで明け透けに話されるのもなんか嫌だ。
「ほぅ、初めての子をここに連れてくるとは……とびっきりのを準備してくるからちょっと待ってなさい」
今、受付嬢の目が光ったような……
一抹の不安を感じるも、その他の店員の態度は高級店らしく非常に丁寧だった。誰もいない待合室に案内されると、サービスとして飲み物やお菓子まで出してくれた。
「ちなみにお金は大丈夫? ここ結構するわよ」
セレンはフカフカのソファで紅茶を片手にくつろいでいた。上品さは欠いていないが、まるで自宅にいるようだ。
「昨日誕生日で多めに持たせてくれたから全然足りるけど……」
「あら、おめでとう。素敵な誕生日プレゼントじゃない」
別にこの金で遊んでくるよう親から言われたわけじゃないのだが。よく考えると誕生祝に初体験というのは、今更ながらに気恥ずかしい。
そんな思いをかき消そうとリーナは高級ブランドのクッキーに手を伸ばした。
「ベアリットさんが選ぶならどの子もハズレはないけど、直接会って少しでも生理的嫌悪を感じたら、お金のことは忘れてすぐに部屋を出なさい。最悪トラウマになるわよ」
ベアリットとは先ほどの受付嬢のことだろう。名前で呼ぶあたり、かなりの信頼を置いているようだ。
「わーってるよ。小遣いならまたくれるだろうし、無理はしないって」
「貴族の娘には無用な心配だったわね」
セレンがくすりと笑うと、待合室の扉がノックされた。何枚かのパネルを持った受付嬢が二人の前に来て、膝をついた。
「はい、お待たせ。5、6人くらいに絞ってきたから好きな子を選びなさい」
リーナの目の前のテーブルにパネルが並べられた。
「おぉ!これは……見事に同年代ばっかりだな」
映っているのはタイプは違えど全員十代前半くらいの美少年ばかりだった。
「おじさん趣味なの? やめときなさい。初めてで大人のが入るのは創作の世界だけよ」
まるで『創作の世界』にも詳しいかのようにセレンが諭す。
「初めてが辛いだけってのは嫌でしょ。この店の子は若くても技術は一流だから楽しめるわよ」
「た、確かにサイズ感も大事だよな。年上じゃなきゃヤダってわけでもないし。それにしても選んでくれた写真……」
パネルを持ち上げたリーナは、一枚一枚食い入るように眺めていった。
「めちゃくちゃカッケェ! 全員好みドストライクなんだけど!」
「この店は一切修正がないから、本当に写真そのままが出てくるわよ」
「マジか!? えぇ~どうしよ、めっちゃ悩む……」
受付嬢は相変わらずニコニコしながらこちらの選択を待っている。悔いの残る初めてにならないようじっくり考えてほしいと、焦らせるようなことはしなかった。
「じゃあ……この子で……」
やがて意を決したリーナが一枚のパネルを指さした。
「へぇぇ~! 王子様系が好みなのね! 白馬に乗って現れるのに憧れるタイプ?」
「うるせぇ!! 乙女で悪かったな!!」
ここに来てイジりだしたセレンに身分の差も忘れて言い返す。声も抑えず笑う姿は公爵家の娘とは思えなかった。自分も貴族の娘だけれども。
「では準備させるから、二人ともこれから案内する部屋でもう少々お待ちを」
受付嬢が広げたパネルをまとめて立ち上がった。
「はぁ~い! 待っててね、私のダーリン♥」
「ダーリンって……」
臆面もなく欲望をさらけ出すセレンに多少引きつつも、店員に案内されカーテンの奥へと足を踏み入れた。
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薄くピンクがかった明かりに照らされた室内は、まるでホテルのスイートルームのようだった。おしゃれだが自己主張しすぎない照明に、天蓋付きのキングサイズベッド。待合室にあったものよりも大きなソファまで置かれていた。
「あたしの部屋より広いじゃん……」
ベッドに腰かけたリーナはその肌触りの良さに更に驚く。ここに一晩泊まるだけでお金を取られても文句ない。それほどまでに完成された一室だった。
高級ホテルとの違いを述べるとすれば、景色の見える窓が一切ないことと、シャワールームが全面ガラス張りになっていることぐらいだろうか。
「今日、このベッドの上で、私は……」
心地良いシーツの感触を必要以上に確かめながら、リーナは一人呟いた。
「大丈夫だよな? 写真と全然違う人来ないよな? もし無理やりされそうになったら大声出せばすぐ店の人が来るって言ってたし……」
抑えようのない緊張で思っていることがそのまま声に出てしまう。いても立ってもいられず、部屋の中をウロウロと歩き回る。
「先にシャワー浴びた方がいいのかな? いやでも全部丸見えだし……というか男みたいなしゃべり方で引かれたりとか……」
コンコンコン――
ドアがノックされる音が室内に響き渡り、リーナの全身が跳ね上がった。
「ひゃ、ひゃいぃ! どうぞぉ!」
声が裏返っていることを気にする余裕もない。固唾をのんで見守っていると、カチャリを軽い音を立ててドアが開かれた。
「あ……ど、ども……」
貴族の娘とは到底思えないような挨拶だったが、そんな些細なことは全て頭の中から吹き飛んだ。
(ま、マジで理想の王子様……!)
リーナはしばらくの間、現れた少年に見とれてしまっていた。何度か話しかけられて、ようやくその場を取り繕う。
(よし、第一印象は全然OK。コイツならいける……よな?)
完全に不安をぬぐいきれない中、彼との会話はどんどん進んでいく。
「えっと……どうすればいいんだ? その、初めてで……」
「そ、そうだな。確かに見られるのはまだ……」
「あ、部屋暗くしてくれるの? ありがと……優しいんだな、お前……」
「…………」
(やっとわかった……)
(あたしはコイツに初めてを捧げるために生まれてきたんだ……♥)
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