小さいけどハマっちゃいました!
一十木アルカ
第一章 はじめての夜
第1話 夜にお店へ
月明かりも霞むネオン街。妖艶な雰囲気を漂わせる通りに一人の少女が佇んでいた。
「ついに来ちまったよ……」
昨日12歳の誕生日を迎えたばかりの少女、リーナは今までに味わったことのない景色に気おされていた。なるべく目立たぬよう通りを歩いているつもりだが、どうも周りから視線を向けられているような気がしてならない。
「小遣いもらっていざ来てみたけど、どの店がいいのかさっぱりわからない……でもメイド同伴とか恥ずかしすぎて死ねるし……」
治安の問題で絶対に行ってはいけない区画は教えてもらっているが、それ以上のことは羞恥心が勝って聞けなかった。お金はあるのでとりあえず高い店に入れば安定だろうが、なかなか店に入る勇気も出ない。
品定めするふりをしながら、通りを三往復したところだった。
「君、かわいいね」
ぎょっとして振り向くと、金髪の少年がいやらしい笑みを浮かべていた。
「いくらなの?」
どうやら勘違いされているらしい。かわいいと言われたことにちょっとだけ照れながらも、商売人と勘違いされたことにムッとしながら声を荒げた。
「あたしは売り物じゃねぇ!」
「別に俺はどっちでも構わないよ、ちょっと遊んでかない?」
思ってたよりもしつこい野郎だった。一発殴って黙らせてやろうかと思ったが、場所が場所なだけに目立つ事態にはしたくない。金髪を睨みながら考えあぐねていると――
「その子は私の友達よ、さっさと離れなさい」
かなり上等な服を着た見知らぬ少女が二人の間に割って入ってきた。
「え、あんた誰……」
「さぁ、早く行くわよ。今宵も素敵な殿方が待ってるわ」
そう言うとリーナの右手を掴み、引っ張るようにして歩き始めた。何が何だかわからないまま、その少女の後をついていくことしかできなかった。
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「あの辺りは男の子がターゲットの店が集まるエリアよ。女の子が行く店はこっち」
少女に連れてこられた区画は明らかに通行人の男女比が違っていた。さっきの金髪も追ってきてはいない。ホッと息をついて彼女に向き直る。
「助けてくれてありがと。それであんたは?」
「セレン・レフラ・エヴァニエル。エヴァニエル家の長女、12歳よ」
「エヴァニエル?!」
往来の中にも関わらずリーナは驚愕の声を上げた。エヴァニエル家といえばこの国唯一の公爵家であり、王位継承順位まで与えられているほどの名家だ。
「あたしの歳でも知ってるくらいの超上級貴族じゃん! 生意気な口きいてすみませんでした!」
土下座しかねないほどの勢いで謝るリーナを、セレンは優しく抑えた。
「敬語を使う必要はないわ。公爵家といってもまだ子供だし、お互いこういう場所で遊ぶ者同士。身分なんて考えず普通に接してくれて構わないわ」
「そ、そう? ならいつも通りでいくけど……」
セレンをよく見てみると歳相応のかわいらしさを残しつつ、人形のような整った顔立ちと長く美しい銀髪を携えていた。服装も相まって良家の娘というオーラがとめどなくあふれ出している。
「あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」
見惚れていたリーナは声をかけられてはっと我に返った。
「リーナ・フェリエス、12歳だ」
「あら、フェリエス家なら男爵じゃないの。それに同い年だなんて奇遇ね」
下級貴族の家名まで覚えているとは、見た目だけでなく頭の方も聡明なようだ。成績があまり芳しくなく、赤い癖毛である自分とは対極の存在に、リーナは少し気後れしていた。
「ところで迷っていたようだったけど、こういうとこは初めてかしら?」
「うぇ?! ま、まぁ……そうだけど……」
いきなり図星を突かれ、赤面しながらうつむいた。同性とはいえ、初対面の人に打ち明けるのはやっぱり抵抗が強い。
「だったら先輩としてアドバイスするわ。ただの興味本位でお店に入るのはやめときなさい」
だがセレンの口から出てきたのはからかいや茶化しではなく、至って真面目な警告だった。
「わかってるだろうけど、男の子と違って女の子には失うものがあるの。いい加減な気持ちだと将来必ず後悔するわよ」
真剣な眼差しを向けるセレンを見る。ただの説教ではなく、本気で心配してくれているのだとわかった。だがリーナは踵を返すつもりはなかった。
「そりゃ最初は好きな人と……ってのはわかるけど、あたしは男っぽい性格だから恋愛は難しいだろうし、そもそも貴族の娘だと結婚相手は自由に選べないだろ?」
この国の慣習として貴族は上級下級、男女問わずほとんどが政略結婚だった。加えて一夫一妻制なので望む相手とパートナーになることはまずありえない。だからこそ結婚相手が決まっていない子供の内に、好きな相手と遊ぶことは珍しくないのだ。
「だから最初くらい、後悔がないようにしたいじゃん」
セレンはしばらくリーナの目を見つめてみたが、ふっと息を漏らすと表情を緩めた。
「うん、ちゃんとそれっぽい理由を並べられるなら大丈夫!」
どうして大丈夫なのかはさっぱりわからないが、彼女の頭脳は問題ないと判断したらしい。
「因みに私は親に決められた許嫁なんかじゃなく、自分で選んだイケメンに捧げたかったのがキッカケね!」
「理由が思ってたより俗だった……」
「夜にお店へ行こうとしてる時点で貴族だろうが低俗なのよ」
確かにこの国では慣習として認められているが、快く思わない大人も少なくない。そもそも男の子はともかく、女の子だときちんと貞操観念を持っている方が多数派だ。
「因みに初めてお店で遊んだのは10歳だったわ」
「今のあたしより年下じゃん! やっぱここにはよく来るの?」
「えぇ、それはもう頻繁に」
しかし目の前にいる公爵家の娘は、見た目と地位に反してかなりの遊び人のようだった。上級貴族としてのストレスがたまっているからか、それとも毎日通えるほどの金があるからか。
「だから最高の初体験ができるいい店を紹介できるわよ」
ニヤリと笑ったセレンの言葉に、リーナは唾を飲み込んだ。正直彼女が本当に公爵家の娘かどうか確信はないが……いや、こんな上等な服を着てるなら上級貴族で間違いない! そう思い込むことにした。
「教えてほしい?」
羞恥心も遠慮も忘れ、間髪置かずにうなずいた。
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