第30話
あたしが誠陵館に来たときと同じように、あたしが戻ってきてから夏輝さん、友喜音さん、翔子の順番でみんなが戻ってきた。
みんなが揃ったと言うことで彩也子さんがお帰りなさい会をしましょうと言ったので、お盆明けから豪勢な夕飯に舌鼓を打ちつつ、楽しい時間を過ごした。
当然と言うか何と言うか……。
静音さんは約束どおりあたしの隣の席に陣取って、パーティが終わった後も一緒にお風呂に入ったり、その後はあたしの部屋で勉強をしたりして、本当にあたしにべったりだったのでそれを見た翔子に白い目で見られた。
やむにやまれぬ事情があった……わけじゃないけど、そんなふうにして1週間を過ごしたあたしを翔子は不機嫌そうに見ていて、まるで翔子のことを思い出す前に戻ったかのように感じた。
でもその千鶴成分補給週間も終わって、やっと解放されたころ、息抜きも兼ねて羽衣ちゃんと遊びに行く約束をしていたので朝早くに誠陵館を出た。
バスに揺られて街に出て、約束の9時半に待ち合わせ場所になっている駅前のオブジェの前に到着すると、ショートパンツにキャミソール、ベースボールキャップと言うラフなスタイルの羽衣ちゃんがもう来ていた。
「羽衣ちゃーん!」
「お、来たな、千鶴」
「ごめんごめん、待った?」
「当然。10時間は待ったぞ」
「10分なら許容範囲じゃない」
「ちっ、バレたか」
「バレバレだよ」
そう言いながら笑い合う。
「どこから攻める?」
「んー、あたしはノープランなんだよねぇ。羽衣ちゃんは?」
「わたしもノープランだ!」
「威張って言うことじゃないでしょ」
「まぁ適当に歩いて、目についたとこに入って遊んでれば十分でしょ」
「そだね」
「東西南北どこへ行く?」
「んー、遊ぶとなればやっぱ北でしょ」
「OK、じゃぁ行こうか」
「うん」
駅から見て北方面が繁華街に続いていて、南側は住宅街になっている。東側は商店街のアーケードが並んでいる通りがあって、西側は現在再開発の真っ最中。
そうなると必然的に北方面になるのだけど、誠陵館では味わえないこういう何でもない会話が楽しい。
夏休みにあった出来事を話しながら歩いて繁華街方面に向かう。
羽衣ちゃんも、この街にある護国神社の夏祭りに出掛けたり、姉妹揃って海に泳ぎに行ったり、はたまた同じ花火大会を見に行ってたりしてたようで、夏休みを満喫していた模様。
ときどき会ってたし、LINEでやりとりをしてたとは言ってもそこはそれ、話すことはいくらでもあって会話が途切れることがない。
その合間に開き始めた店に入って冷やかしたり、暑いのでコーヒーショップで涼んだり、はたまた久しぶりに食べるハンバーガーのチープな味を懐かしんだりと羽衣ちゃんと過ごす時間はあっという間に過ぎていってしまう。
「8月も終われば寮生活も5ヶ月だ。もう慣れた?」
3時過ぎなんて一番暑い時間に外を歩くなんてやりたくもないので、再びコーヒーショップでアイスカフェオレを飲みながら羽衣ちゃんが尋ねてきた。
「うん、さすがにね。最初は部屋に鍵がないってことでどうなるかと思ったけど、寮母さんはいい人だし、案外住もうと思えば住めるもんだなぁって思ってるよ」
「陣内さんは?」
「舞子さん? なんでそこで舞子さんだけ出てくるの?」
「そりゃぁ千鶴が道ならぬ道に踏み外すかもしれないからじゃないか」
にやにやしながら言われてちょっとムッとする。
「そんなことないやい。それに舞子さん、暑いのがとことん苦手だからエアコンのある彩也子さんの部屋に籠ったっきり出てこないことがほとんどだからちょっかいかけられること自体がないもん」
「なんだ、つまんないの」
「つまんなくないよ。夏輝さんはあたしのどこが気に入ったのか知らないけど、何かにつけてスキンシップしてくるし、静音さんはたいていドジに人を巻き込んだりするし」
「飽きなさそうでいいじゃん」
「静音さんはともかく、夏輝さんは学校に大勢のファンがいるからなぁ。前も話したけど、クラスで堂々と『大好きだ』って言われてすごい視線が痛くていたたまれなかったんだからね」
「そう言えばそうだったな」
くっくっくっと意地の悪い笑い声を上げながら羽衣ちゃんはカフェオレを一口。
「でもまだいいじゃないか。今の噂じゃ千鶴は月宮先輩の手下ってことになってるんだから。これが彼女だなんてことになってみろ。学校にいられなくなるぞ」
「怖いこと言わないでよ。しかもそれシャレになってないし」
「でもぽっと出の寮生が月宮先輩のお気に入りだってのは結構嫉妬を買ってるみたいだな。1学期も終わって受験モードに入ったから表立ってはないけど、付き合いの長い3年生を中心に千鶴のあまりよくない噂は耳にするな」
「うえぇ……聞きたくない……」
夏輝さんをおんぶして教室まで連れていったときのあの棘のある声と突き刺さる視線を思い出してエアコンの寒さ以外でぶるっとする。
「まぁそこは大丈夫だろうな。3年生はもうそれどころじゃない。月宮先輩のことにかまけてるより自分の受験のほうが大事だ」
「そうだといいんだけど」
噂と言うのはいったいどういうふうに伝わるかわかったもんじゃない。
それに夏輝さんのファンは下級生の中にもたくさんいるから、そういうのが下級生のファンに伝わってあたしの立場が悪くなるようなことは避けたい。
「でも困らせられる相手もいるけど、翔子や友喜音さんみたいな人もいるからまだやっていけてるんだろうなぁってのは思うな」
「福井さんと鍵谷先輩か。福井さんとは仲直りできてから順調そうだな」
「うん、まぁね。ときどきやっぱり不機嫌なときがあって、なんでだろう? って思うことはあるけど、概ね仲のいい友達に戻れてよかったよ」
「幼馴染みだしな。そこは昔取った杵柄ってヤツだろう」
「ことわざの使い方間違ってる気がする……」
「細かいことは気にするな。それよりわたしが唯一羨ましいのは鍵谷先輩がいるってことだな」
「友喜音さん? どうして?」
「1年のときからあらゆる試験で学園トップを譲ったことのない天才。現時点での最難関と言われる東大文化Ⅰ類ですら余裕で合格できるとの噂だ。宿題とか勉強とかわかんないとこがどうしてもあったとして、そんなレベルの人が身近にいてみろ。どれだけ勉強の助けになると思ってる」
「まぁ確かに友喜音さんにはお世話になってるなぁ。勉強もそうだけど、友喜音さん、彩也子さんとは違った意味で穏和で優しい人だから、何かあると頼りがちになっちゃうんだよね」
「勉強もできて人柄もいい。表立って口にする生徒は少ないけど、陰で言われてるあだ名はケルビム」
「何それ」
「天使の階級で智天使の名称だよ。知識があって勉強もできるのにそれをひけらかすことなく、教えてほしいって言ってきた生徒には分け隔てなく教える。だからその学力と人柄を讃えてケルビムって呼ばれてるの」
「あー、なんかわかるわぁ。翔子も成績が伸び悩んでたときに友喜音さんに勉強のコツを教えてもらってから今の成績があるみたいだし」
「誠陵館で一番羨ましいことって言ったら鍵谷先輩がいることだなぁ、やっぱり」
「友喜音さんだったら教えてって言ったら丁寧に教えてくれるんじゃないの?」
「今のこの時期に? 受験モードでピリピリしてる3年生の教室に行って2年生の勉強教えてくださいって言える猛者は少ないわよ。だからそういうの関係なしに同じ寮生として気軽に聞ける千鶴が羨ましいんじゃない」
「そういうもんかなぁ」
「千鶴は近くにいすぎて慣れちゃっただけだよ」
「かもね」
ずずーっと残りのカフェオレを飲み干す。
ふと気になって店内の時計を探してみるともう4時を過ぎていた。
「あ、やべ、もうこんな時間だ」
「まだ早いじゃん」
「夕飯は食べるって彩也子さんに言ってるんだよぉ。バスの本数なくなるからそろそろ帰らないと」
「話したりないけどまぁしょうがないか。また時間見つけて会おうよ」
「うん。羽衣ちゃんはどうするの?」
「もうちょっとここで涼んで、気温が落ち着いたら帰るよ」
「わかった。じゃぁまたね」
「おう」
今から駅まで歩く時間を考えて、バスの時刻を思い起こしながらあたしはショルダーバッグを持って席を立った。
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