第31話
夏休み最後の週。
明けてからの実力テストのためにあたしたちは勉強に勤しんでいた。
……のはあたし、翔子、友喜音さん、静音さんの4人で、夏輝さん、舞子さんのふたりは最後の最後までやらなかった宿題をやっつけていた。
涼しい学校の図書室の4人掛けの席をふたつ取って、あたし、翔子、静音さん、そんで宿題を見てる友喜音さんに夏輝さん、舞子さんで座って勉強をしていた。
「友喜音ちゃーん、ここがわかんなーい」
「はいはい、どこ?」
宿題のプリントを見せながら舞子さんが友喜音さんに泣きついてる。
と言うか、さっきからずっとこの調子。
1問解くたんびに舞子さんはわかんないと言って友喜音さんに泣きついて、それに友喜音さんが答える、と言うことを繰り返してる。
まるっきり宿題をやる気がなくて始めから答えを友喜音さんに教えてもらう気満々だ。
こんなんで夏休み明けの実力テストは大丈夫なんだろうかと思うけれど、勉強しないのは自業自得だし、そもそも宿題をこんな時期まで持ち越す時点で実力テストなんて眼中にないのかもしれない。
その点夏輝さんは頑張ってる。
宿題を持ち越したのは同じだけど、自力で解けそうな問題は解いて、どうしてもわかんないとこは友喜音さんに教えてもらっている。
うんうん唸りながら解けそうな問題だと顔が明るくなり、解けない問題だと『友喜音~』なんて泣きついてるのは見た目と相俟ってなんか微笑ましい。
なんて夏輝さんを見て和んでる場合じゃない。
あたしだって実力テストに向けて頑張らないといけないのだ。
友喜音さんは夏輝さんと舞子さんにかかりっきりだから頼れるのは翔子だ。
何せ友喜音さん式勉強法を実践して、1学期の期末は平均90点以上を叩き出したのだからあたしなんかよりもずっと勉強ができる。
静音さんも加わって、教科書の問題をあーでもないこーでもないと唸りながら勉強をして、ときどき休憩を挟みながらお昼まで勉強を続ける。
「やっと昼だー」
舞子さんが机に突っ伏していかにも疲れましたって感じにしてる。
いやいや、宿題をほとんど友喜音さんに教えてもらってた舞子さんが疲れるはずがないだろうに。
あたしの白い目を気にすることなく、鞄の中からコンビニで買ってきたサンドウィッチを取り出す舞子さん。
「ここで食うのか!?」
「夏輝ちゃーん、この暑い中、外で食べるなんて苦行、すると思う?」
「それもそうだな! どれ、あたいも!」
夏輝さんもコンビニで買ってきたお弁当ふたつを取り出し、机に置いて早くも食べ始める。
ホントは彩也子さんがみんなで勉強するならとお弁当を用意してくれると言ったのだけど、出る間際だったし、慌てて作らせるのも悪かったのでみんなコンビニでお昼は買っていた。
あたしや翔子、静音さん、友喜音さんもサンドウィッチを買っていて、大食漢の夏輝さんだけはお弁当ふたつ。
図書室なのであまり大きな声では喋れないけど、お昼を食べながらも話すのは勉強のこと。
普段から無表情で口数の少ない静音さんは黙ってあたしと翔子がサンドウィッチを食べながら話すのを聞いている。
「手応えはありそう?」
「うーん、わかんない。この実力テストで期末よりいい点が取れたら夏休みの間、頑張ってきた証明ができるかなぁって思う」
「取れるわよ。あたしだって同じ方法やってきてここまで来れたんだし。努力は裏切らないわ」
「そうだといいんだけど」
「懐疑的ね」
「まだ躓くとこが多いからね。翔子みたいにすらすら解けるようにならないと、平均90なんて夢のまた夢だよ」
「あたしだってここまで来るのに1年以上かかったのよ。そんなにすぐ結果が出るわけじゃないわ」
「翔子もそうだったん?」
「うん。友喜音さんに教えてもらって、それからじわじわ上がっていったわね。今くらいの平均が取れるようになったのは2年の中間くらいからよ」
「そっかぁ。じゃぁあんまり焦ってもしょうがないってことかな」
「そうね。少なくとも期末は上がったんでしょ? だったらこのまま続けていれば来年の今ごろはあたしくらいの点が取れるようになるわよ」
「うん、そうだね」
なんか希望が見えてきた。
実力テストで微増だったとしても、上がったのならばやってきたことは無駄じゃない。
むしろきちんと結果は出ていると言うことに他ならないので翔子の言うとおり、地道に努力していくしか方法はない。
お昼のサンドウィッチを食べ終わって、ペットボトルのミルクティーで喉を潤すと同時に糖分も補給して勉強再開。
舞子さんや夏輝さんの『友喜音(ちゃーん)』と言うのを聞きながら勉強していると友喜音さんがやんわりと言った。
「舞子ちゃん、自分で解かないと勉強にならないよ」
「えー、めんどくさい」
「夏輝ちゃんだって頑張ってるんだし、少しは頑張ろう?」
「じゃぁ……、1問解くごとに友喜音ちゃんがちゅーしてくれるなら頑張る」
「えぇ!? そ、それは……」
「可愛い後輩にご褒美ってことで」
「は、恥ずかしいよ……」
「じゃぁ見られても恥ずかしくないとこでならいいの?」
「そ、それもちょっと……」
にやにやしながら舞子さんが困り顔の友喜音さんに迫ってる。
舞子さんったら友喜音さんの人がいいからって無理難題を言って、どう足掻いても自力で宿題をやらない気だな。
「ちょっと、舞子さん、友喜音さんを困らせるのはそこまでにしといてよね」
「お? じゃぁ千鶴が友喜音ちゃんの代わりにちゅーしてくれるのか?」
「しないよ! だいたい宿題なんだから自力で解くのが当たり前でしょうに。それでご褒美ってどんだけ厚かましいの」
「ふぅん……、千鶴も言うようになったじゃん」
にやりと笑って舞子さんが立ち上がるとあたしのところにやってきて、背中からあたしを抱き締めた。
大きな胸がふにゅっと背中に当たってドギマギする。
「じゃぁ千鶴が教えてくれよ。手取り足取り、口取り……。いや、身体全部で教えてくれたっていいんだぜ?」
「身体全部!?」
「保健体育だよ」
「そんなの宿題にないよね!?」
「千鶴が教えてくれる代わりにうちもなんか教えてやろうと思ってな」
「そんな勉強いらないよ!」
「遠慮することはないぜ? 千鶴がバージンだからって痛くはしないから」
「ひゃんっ」
ふぅっと耳に息を吹きかけられて素っ頓狂な声が出てしまう。
「お、耳が弱いのか。いいことを知った」
ぞわっと背筋が寒くなる。
なんかとんでもない弱みを握られた気がして逃れようとするも、舞子さんはがっちりあたしの首に腕を回していて逃がしてくれない。
「ちょっと、舞子! 宿題教えてもらえないからって千鶴に絡むのやめなさいよね!」
「うるさい小姑が出てきた」
「誰が小姑よ!」
「翔子以外に誰がいるんだ? こと千鶴のこととなったらすぐにしゃしゃり出て邪魔してくれちゃって」
「別に千鶴だけじゃないでしょ!」
「そうかぁ? 千鶴が来てからと言うもの、あたしがちょっかい出すごとに邪魔してきたのは翔子じゃん」
「そ、そんなことないわよ!」
翔子が顔を真っ赤にして怒ってる。
でもなんか想像できるなぁ。
友喜音さん辺りに舞子さんが絡んで、それに助け船を出す翔子。
夏輝さんや静音さんはスキンシップに寛容だから、からかって楽しいのはあたしが来るまでは友喜音さんだったんだろうな。
今までの舞子さんの行状を思い起こして友喜音さんに同情しながらも、翔子に加勢して舞子さんの説得をする。
しばらく押し問答みたいにしていたら、舞子さんは飽きたのか、翔子に対しては強く出れないのか、しばらくしたら元いた席に戻っていった。
「あーあ、つまんない。友喜音ちゃん、身体で払うから宿題教えて」
「払わなくていいよ……。もうしょうがないから教えてあげるわ」
「やりっ」
自力でやる、と言うことを翻意させるのが難しいとわかったからか、友喜音さんは諦めの吐息をして舞子さんの宿題を見てあげるのを再開した。
ここまで計算してたら相当強かだと思うけど、舞子さんに限ってそれはないだろう。
どうにもならないなとあたしも大きく吐息してから自分の勉強に戻った。
あたしだって実力テストでいい点を取るために舞子さんなんかにいつまでもかかずらっていられるわけじゃないのだ。
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