第28話
あれからことあるごとに夏輝さんはあたしとお風呂に入りたがった。
頑として断ろうとすれば落ち込んで、怯える小動物みたいになってしまう夏輝さんに根負けして一緒に水風呂に入ってはあれこれされると言うのを繰り返していた。
別に夏輝さん、と言うか、同じ寮に暮らす寮生と仲良くできるのはイヤじゃない。
むしろ同じ屋根の下で暮らす仲間として、関係がギスギスするよりは円滑なほうが何かと都合がいい。
それでも夏輝さんは『もう少し育ったほうが好みだな!』なんて言いながらあれこれと身体を触ってくるのに辟易していた。
これをどうにかして回避したい気持ちもあるし、こう毎日のように誘われては胸やらお尻やらを触られる不健全な状態を何とかしたい。
夏輝さんは裏表がなくて、言葉をそのまま受け取ってしまう素直な性格だし、忘れるのも早い。
お盆で帰省している間に一緒に入りたい欲が薄れてしまえば夏休みの後半は平穏無事に過ごせるのではないかと思えた。
それまでの間どうするべきか考えて、一番付き合いの長い友喜音さんに相談することにした。
朝ご飯を食べて、お腹を休めてから友喜音さんの部屋に行くと友喜音さんはトートバッグに勉強道具を入れている最中だった。
「あら、千鶴ちゃん、どうしたの?」
「どうしたの? って友喜音さん、お出かけですか?」
「えぇ。夏だから暑いでしょう? 寮にいたら勉強も捗らないから学校に行くのよ」
「何故に?」
「だって学校の図書室は冷房が効いてるもの。翔子ちゃんだって勉強したいときは一緒に学校の図書館に行って勉強してるのよ」
それは知らなかった。
だいたい去年は実家だったからエアコンの効いた部屋で涼しく勉強してたし、学校が夏休みの間も図書室だけは稼働してるなんて知らなかった。
どおりで先日翔子や友喜音さんが不在だったのか。
「じゃ、じゃぁあたしもついてっていいですか?」
「いいわよ。たぶん翔子ちゃんも来るだろうし、3人で一緒に勉強しましょう」
「はい」
いいことを聞いた。
これで寮にいなければ夏輝さんに絡まれることもないし、涼しい場所で勉強ができる。
一石二鳥だと言うことで友喜音さんに待ってもらうように言ってから自分の部屋に戻って勉強道具をショルダーバッグに詰め込む。
すぐに用意をして友喜音さんの部屋に戻ってから一緒に学校に向かう。
寮を出てからつい口に出たのはやっぱりここ最近の出来事、つまり夏輝さんのことだった。
「仲良くしてくれるのはありがたいんですけど、夏輝さん、スキンシップ過多なんですよね」
「あはは……、千鶴ちゃんも夏輝ちゃんの押せ押せに負けてるのね」
「もってことは友喜音さんもだったんですか?」
「うん。最初にここに入ったときに同じ学年だから仲良くしようって一緒にお風呂に入ったり、お弁当食べたり、結構一緒にいたわよ」
「やっぱりそのころからスキンシップ過多だったんですか?」
「そうね。先輩にも物怖じせずに触ってたわね」
「勇気あるなぁ」
「でもあの性格でしょ? 1年生のころから先輩には可愛がられてて、少々のスキンシップは大目に見てもらってたみたいね」
「なんて得な性格なんだ……」
いや、得なんてことはないか。
あたしは別段他の人の胸やらお尻やらを好んで触りたいとは思わない。
「あ、でもあの話ってホントなんでしょうか?」
「あの話って?」
「夏輝さんに揉んでもらえば発育がよくなるって話ですよ」
「あぁ…。どうかしらね。でもそういう噂は学校中に知れ渡ってるわよ。もちろん、夏輝ちゃんの性格のおかげもあるだろうけど、その噂のおかげで夏輝ちゃんは同級生、後輩問わず、スキンシップが過剰でも許されてるとこはあると思う」
「友喜音さんもさんざん餌食になったんですよね? 大きくなりました?」
「なった……のかなぁ。高1のときに比べて2センチほど大きくなったくらいだから、成長期ってことを考えると私にはあいにくと効果がなかったんじゃないかって思うわよ」
「でも前に舞子さんや静音さんは育ったって言ってましたよね」
「舞子ちゃんもスキンシップが好きだから夏輝ちゃんとは気が合うんでしょうね。寮に来たときからじゃれ合って遊んでたわよ。静音ちゃんはどうかしらね。成長期で片付けられるかもしれないし、夏輝ちゃんのおかげかもしれないし。静音ちゃんはあんまり表情に出ないからよくわからないわ」
「そうですか……」
やっぱり眉唾なのだろうか。
ただ噂になるくらいだから実際に育ったと吹聴してる人がいることは確かだ。
吹聴してるってことはホントに育ったってことにもなるし、判断が難しいところだ。
「千鶴ちゃんももっと育ってほしいの?」
「え? あ、はい。もう2、3センチくらいは育ってほしいなぁって思いますよ」
「ふふ、年頃だものね」
柔和に微笑む友喜音さんを見ているとホッとする。
そうこうしているうちに学校に到着して、一緒に図書室に向かう。
エアコンが効いてるのは図書室なので、学校内は昼間の熱気に当てられてむわっとした空気で満たされている。
それも束の間、図書室に到着するなり涼しい空気が身体を包み込んだ。
「気持ちいい」
「でしょう? さすがにお盆はついてないみたいだけど、それ以外の日はエアコンが入ってるから暑い昼間はほとんど毎日ここで勉強してるのよ」
「もっと早くそれを知ってればあたしもここで勉強したのになぁ」
友喜音さんと一緒なのでふたりで座れる席を探していると翔子の姿があった。
ちょうど翔子は4人掛けの席にひとりで座っていて、いい具合に友喜音さんとふたりで座れば3人で一緒に勉強ができる。
他にもちらほらと私服姿の生徒がいて、家でエアコンをつけて電気代を喰うより、ここで電気代を気にせず、なおかつ静かな環境で勉強ができると言うことで来ているんだろうと思った。
翔子に声をかけて4人掛けの席に友喜音さんと一緒に座る。
そういえば翔子も夏輝さんに揉んでもらって胸が大きくなった、と当の夏輝さんが言っていたことを思い出して勉強道具を取り出しながらそれを尋ねてみた。
すると翔子は『確かに』と前置きしてから続けた。
「1年生のときに夏輝さんのスキンシップの餌食になったことは確かね」
「それで何センチ大きくなったの?」
「3センチ」
「いくつからいくつまで?」
「85のDから88のD」
「1年で3センチ……。揉まれるべきかどうか悩ましいところだ……」
「揉まれなくても大きくなるわよ」
「でも静音さんが身体測定のときに夏輝さんに揉まれたおかげだって言ってたって夏輝さんが」
「あぁ、あれは半分冗談よ。あたしだって信じてるわけじゃないんだし」
「そうなの?」
「うん。揉んで大きくなるなんて迷信よ。ただ、たまたま夏輝さんのスキンシップが多かった人の発育がちょっとよかっただけであたし自身は眉唾だと思ってるわ」
「そっかぁ」
「千鶴はいま何センチなの?」
「82のC……」
「ちょうどいいサイズじゃない。大きすぎもせず、小さすぎもせず。夏輝さんだって形のいい胸だって言ってたじゃない」
「それはそうだけど、せめて85くらいは欲しいよ」
「なるほどね。それで揉まれて大きくなるかが気になってた、と」
「まぁね」
「千鶴がイヤじゃなかったら揉んでもらえばいいじゃない。それで大きくなればめっけもんってくらいの気持ちでいればいいんじゃない? 夏輝さんだって千鶴のことは気に入ってるみたいだし、断らなければ勝手に揉んでくるわよ」
「断ろうにも断れないんだよぉ。夏輝さんが落ち込んでるとこ見てるとすごい罪悪感なんだから」
「それはわかるわ。私も一度だけ夏輝ちゃんに酷く怒ったことがあったんだけど、『友喜音はあたいが嫌いなのか?』って上目遣いで見られると怒るに怒れないものね」
「そうなんですよぉ。まぁ、だからこうして逃げられるとこができて、しかも勉強に最適な場所だってわかって万々歳なんだけですけどね」
「ま、夏輝さんのことだからお盆を挟めばスキンシップも少なくなるわよ。きっとお盆で帰省して楽しいことがあれば忘れてしまうでしょうしね」
「うん、そうだね」
翔子もあたしと同じ考えみたいだし、友喜音さんも同意してくれた。
なら毎日のように絡まれるのもお盆までの我慢と思えば気は楽だ。
胸が育つかどうかもわからないし、どっちにせよ夏輝さんのスキンシップが止むことはないだろうから噂が真実だとしたら育つだろうし、そうでなくても成長期だから望みはまだある。
そう思えば一気に気分的に楽になったので、あたしは勉強道具を広げて気合いを入れた。
「よぉし、今までお昼はだらけてたぶん、取り戻すぞぉ」
そんなあたしを翔子と友喜音さんは小さく笑って見てからそれぞれの勉強に取り掛かった。
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