第20話
静音さんの言葉を信じて、舞子さんはあたしで遊んでる、と思うことにした。
あたしの気が弱くてはっきりと断れないことをいいことに、迫るフリをしてからかったり、翔子の反応を見て楽しんでるんだと思うようにした。
まぁだからと言ってあんな美人に迫られて平静でいられるかと言われると自信がないのも事実ではあったけど。
でも心構えをしておくのと、してないのとではたぶん違うと思うので遊ばれてるんだと言う気持ちを持つことで何とか対応しようと考えた。
……のだけど、その舞子さんはこのごろ元気がなかった。
ショーツ1枚でうろうろするのはいつものことだからだいぶ慣れたけど、そうして歩いてるときでも、朝ご飯や晩ご飯のときでも何だかだるそうにしている。
なんでそうなってるのかを翔子に聞いてみると、暑くなってきたからだろうと言うことだった。
確かに梅雨入りしてじめじめと湿度が高くて、ときには気温も上がって不快指数は上昇傾向にあった。
でも翔子の話だと舞子さんはとにかく暑いのがダメだと言う。
重度の暑がりで、エアコンのない部屋では過ごせないと言うことで夏になると唯一エアコンがある彩也子さんの部屋である101号室に入り浸って出てこないこともよくあるらしい。
何だか覚悟を決めた途端、その対象がこんな調子だったから拍子抜けしたけれど、迫られないのはありがたかった。
あと1週間もすれば期末試験の1週間前になる。部活も休みになって全校生徒が試験モードに突入する時期だから、舞子さんにからかわれて調子を崩す心配がないこともちょうどよかった。
それと友喜音さんに教わった勉強法をずっとやっていて、その成果がこの期末試験で出るかもしれないと思うと自然と気合いも入った。
宿題を終えて、期末試験へ向けた勉強をしていると静音さんが訪ねてきた。
「千鶴、宿題終わった?」
「うん、終わったよ。今は期末に向けての勉強中」
「じゃぁちょうどいい。宿題教えて」
「うん、いいよ」
翔子や友喜音さんに聞いたほうがいいとは思うものの、静音さんも何か思うところがあるのだろうからあたしのところに来たんだろう。
部屋の隅に畳んでおいてあったテーブルを出して、宿題のペーパーと筆記用具を広げた静音さんの向かい側に座る。
「どれ?」
「数学のこれ」
「えーっと、これはね……」
そんなふうに言いながら宿題の解説をする。
自力で解いた問題だし、教科書や参考書を見ても答えが間違ってるわけじゃなかったから、すらすらと言葉が出てくる。
これも友喜音さんに教わった勉強法の成果だろうか。
これなら期末試験も翔子や羽衣ちゃんまでとは行かなくてもいつもよりはいい点で取れるかもしれないと淡い期待を持った。
20分くらいわからなかったと言う問題の解説をして、静音さんの宿題も片付く。
「ありがとう、千鶴。助かった」
「ううん、いいよ。あたしでよければいつでも聞きに来て」
「うん」
静音さんは宿題のペーパーを畳んで筆記用具もしまう。
あたしが勉強机に戻ろうとしたときに、静音さんが気付いたらしくとことこと寄ってきた。
「飲み物がない。取ってきてあげる」
「え? いいよ、自分でやるし」
「宿題手伝ってくれたお礼」
「じゃぁお願いしようかな」
そう言うと静音さんは空になったコップを持って部屋を出ていこうとする。
……のはいいんだけど、つるんと足を滑らせて転んでしまった。
「痛い……」
「あー、もう大丈夫?」
翔子も言ってたけど、こう何もないところで転ぶのはホントにある種の特技だと思う。
手を引いて助け起こすと、勢い余って抱きとめる形になってしまった。
おまけに額に柔らかいものが当たった感触があった。
何だろうと思ってあたしより10センチ近く高い静音さんの顔を見上げると、静音さんは唇に人差し指を当てていた。
どうやらあの柔らかい感触は静音さんの唇だとわかった。
わかったのだけど……。
「千鶴も舞子みたいにわたしとキスしたいの?」
「は!? ち、違うよ!?」
相変わらず突拍子もないことを言ってくる静音さんに慌てて否定する。
「そう? 残念」
「何が残念なの!?」
「千鶴がわたしにキスしたいならウェルカム」
「しないし!」
「じゃぁ……」
そう呟いて静音さんは少し離れたあたしを引き寄せると形のいい豊かな胸にあたしの顔を埋めた。
「し、静音さん!?」
「千鶴はいい人。だから千鶴になら抱かれてもいい」
「いやいやいやいや、そんなことしないし!」
「どうして? 舞子なら喜んでセックスしようとしてくるのに」
「どうしてって言われても……」
だって女の子同士だよ?
変じゃない。
でもふと思い出す。
以前中間試験の勉強をしてるときに静音さんが言っていたことを。
触れてはいけないことだと思ってあのときは話題にしなかったけれど、この突拍子もない言葉はそのことと何か関係があるのではないかと思った。
聞いてはいけないと思いつつも、どうしてあたしならいいのか気になって、つい尋ねてしまった。
「ん? わたしのこと?」
「うん。言いたくなければ言わなくていいけど、なんであたしなら大丈夫なのかなって思って」
「前も言ったけど、千鶴はいやらしい匂いがしない。だから触られても平気だし、千鶴が望むならわたしの身体を好きにしていい」
「そんなことしないよ。でもなんでそんなにあたしならいいわけ?」
「それは……」
淡々と静音さんは自分の過去を簡潔に語った。
幼いころから可愛かった静音さんはキッズモデルとして活躍していたらしい。
でもそれはとんでもないことをもたらした。
性的虐待だった。
わけもわからず裸にされ、触られたり、抱き締められたり、キスを迫られたり。
それは男に限らず、マネージャーだった大人の女性も同じように着替えの最中に入ってきて、その……、女の子の大事なところを触ったり、いじったりしたと言う。
まだセックスなんてわからない子供のころにそんなことがあって、それがどういうものかを理解する歳になったころには、そうした行為をする大人たちを冷めた目で見るようになったと言う。
それが終わったのはそれを目撃した母親が静音さんからそういうことをした相手を聞き出して警察に被害届を出したからだった。
でも幼いころからそんなことをされていて、感情を失ったらしい静音さんは男性にも女性にも興味をなくしてしまったとのこと。
だから『わたしにとっては相手が男でも女でも同じ。ただセックスがしたいだけの獣』なんて言葉が出てきたのだろう。
それを聞いてあたしは猛烈に後悔した。
静音さんの過去の傷をえぐるようなことを聞いてしまって、静音さんを傷付けたんじゃないかと思った。
でも静音さんは抱き締めていたあたしを離すと、後悔に歪むあたしの顔を見て、いつもの無表情から少しだけ、ほんの少しだけど淡く微笑んだ。
「千鶴は優しいね」
「そんなことないよ……。こんなこと話させちゃって……」
「千鶴がそんな顔することない。わたしは平気」
「でも!」
「そういうところが、千鶴になら抱かれても平気だと思う理由。こんなわたしでもこうして思いやってくれて、聞いたことを後悔してる千鶴だからわたしは千鶴が好き。だからそんなにつらそうな顔しないで」
つらいのは静音さんのほうだろう。
そう思ったけど言葉にならなかった。
「ねぇ静音さん、このことは……」
「千鶴に話したのが初めて。他にも薄々何かあったんだろうって気付いてるのはたぶん翔子や友喜音ちゃん、彩也子さんくらいだと思う」
「そっか……。でもあたし、誰にも言わないよ?」
「うん、わかってる。優しい千鶴なら言いふらすようなことはしないって思うから話した」
信用……してくれてるんだ。
それが何だか嬉しくてあたしはようやくちょっとだけ笑みを浮かべて静音さんを見上げた。
「それに転んだときに下敷きになってくれる相手がいないとわたしがいつか怪我をする」
その言葉でなんかいろいろ台無しになった気がした……。
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