第15話
ゴールデンウィークが終わって2週間を過ぎるころに中間試験がある。
夕飯の席でだいたいみんながどれくらいの学力があるのかを何気なく尋ねてみたところ、友喜音さんは言うに及ばずだったけれど、夏輝さんは毎回理数系に赤点があるとのこと。
よくうちの学校に入れたなぁと思うくらいだったけれど、その赤点も友喜音さんに教えてもらってたいていは1回で回避できるらしいので、基礎学力はきちんとある、ということなのだろう。
至って平凡なあたしと違って翔子さんは羽衣ちゃんよりも成績がいいらしく、1学期が始まったときの実力テストでは90点くらいの平均を叩き出したとのこと。静音さんはだいたいあたしと似たり寄ったりらしく、舞子さんは中の下。勉強すればそれなりにいい点を取れると豪語していたけれど、たいていしないので平均点を下回る程度で赤点はないとのこと。
さすがに中間試験のときには勉強はするらしいので、始業式後の実力テストのときのようにはならないらしいのだけど、めんどくさいから頑張る気はないらしい。
曰く、『赤点で追試にならなけりゃ平気だ』そうだ。
とは言え、あたしは日ごろから勉強していないとすぐに点数が落ちてしまう。羽衣ちゃんや翔子さんも毎日机に向かっているとのことだったけれど、それでもこれだけの点差がついてしまうのだから何か勉強法に違いがあるのかもしれない。
友喜音さんに聞けば丁寧にわかりやすく教えてくれるだろうけど、友喜音さんは友喜音さんで勉強に忙しいだろうし、そもそも2年生の授業を教えるとなると自分の勉強にはならない。
友喜音さんに聞くのは最後の手段にしようと思って、どうせやるならあたしよりも点数のいい翔子さんと一緒に勉強したほうが捗るのではないかと思った。
でも翔子さんはなぁ……。
この前舞子さんに迫られたときもこってり怒られたし、翔子さんと一緒に勉強したいと言っても断られるかもしれない。
そう思うとどうしても翔子さんと一緒にと言うのは躊躇してしまう。
夕飯も食べ終わって、お風呂もすませてから机に向かっていたあたしが溜息をついたときに声がした。
「千鶴、いい?」
静音さんだ。
「うん、いいけど」
そう返事をすると教科書やノート、ペンケースを持った静音さんが部屋に入ってきた。
「ひとりで勉強してると飽きる。一緒にしない?」
「うん、いいよ。あたしもひとりより誰かと一緒のほうが捗ると思うし」
立ち上がって部屋の隅に足を畳んで立てかけておいた小さなテーブルを出して静音さんの勉強スペースを作る。あたしはいつもの勉強机だ。
静音さんがテーブルの前に正座して勉強道具を広げたときに尋ねてきた。
「千鶴は何が得意?」
「うーん、これと言って突出したものはないんだよねぇ。強いて言うなら文系のほうが点がよくないかな」
「わたしは文系のほうが得意」
「じゃぁ理数系が苦手なの?」
「どちらかと言うと」
「じゃぁ教え合いっこしようよ。どうしてもわからないのは友喜音さんに助けてもらうとして」
「それでいい」
相変わらず抑揚のない口調で無表情な静音さんだけど、こと勉強に関しては普通っぽかった。
しばらくカリカリとシャーペンの音が響いて、たまに静音さんが『ここがわからない』とか、『ここ教えて』とか言ってくるのを助けたり、またその逆があったりしながら1時間半くらい勉強をした。
ちょうど持ってきた麦茶もなくなったことだし、休憩しようと言うことになってあたしは自分の分と静音さんの分の麦茶を持って部屋に戻る。
静音さんも正座から足を崩してあたしが持ってきた麦茶を飲んで人心地。
あたしも麦茶を飲んで一息ついたところで静音さんがとんでもないことを聞いてきた。
「千鶴、舞子に襲われたって聞いた」
「ぶっ!」
「気持ちよかった?」
「未遂! 未遂だから!」
「そうなの?」
「福井さんが助けてくれたから襲われてないよ!」
「そうなんだ」
どこかつまらなさそうに麦茶を一口飲む静音さん。
「いったい誰から聞いたの、それ」
「舞子」
舞子さんめ、あらぬ噂を流しおって。
「ったく、舞子さんも舞子さんだよ。何もこんなあたしみたいなのを相手にしなくても、あんなに美人なんだから引く手あまただと思うのに」
「そういうわけにもいかない。あんまり手を出し過ぎると学校辞めさせられる可能性がある」
「え? どういうこと?」
「舞子のことだから話しても気にしないと思うけど、なんで舞子が寮にいると思う?」
「学校が近いからじゃないの?」
「違う」
「え?」
「舞子は受験でほとんど軟禁されて勉強させられてた。その反動で合格してからは遊び呆けてた」
そう言えばそんなことを言ってた気もする。
「遊んでばっかりで勉強しない親が見かねてここに入れた。ここは学校が近いけど、街と違って遊ぶ場所がない。だから舞子は同じ寮生をからかって遊んでる」
「からかってるのかなぁ、あれは」
キスしようとしてきたり、胸を揉んできたり。
羽衣ちゃんの話だとバイセクシャルだと言う話もあるし、からかってる側面がないわけじゃないだろうけど、半分は本気な気がする。
「スキンシップは舞子が好きなだけ」
「キスしようとしてくるのをスキンシップとは言わないと思うけど。夏輝さんみたいなのはスキンシップって言っていいと思うけど」
「キスもスキンシップ。舞子にはあれが普通」
「普通って言われてもなぁ」
「舞子はよく女同士だから挨拶みたいなものだと言ってる」
「でもキスはキスだよ?」
「舞子の中ではあれはカウントされない」
「そういうもんじゃないと思うけどなぁ」
そう言いながらふと『寮生をからかって遊んでる』ってのが気になった。
「ねぇ静音さん、もしかして静音さんは去年から舞子さんとキスしたりしてたの?」
「してた」
「イヤじゃなかったの?」
「挨拶みたいなもの」
「じゃぁ襲われたりは?」
「した」
「マジで!?」
「舞子はテクニシャン。胸を揉まれただけで乳首が立って濡れそうになった」
「いやいやいやいや、静音さん、そこは抵抗しようよ!」
「なんで?」
「なんでって言われても……」
だって女の子同士だよ?
静音さんだって舞子さんとは違った意味で美少女だし、プロポーションだっていい。学校の男子が放っておくとは思えない。
「所詮は遊び。遊んでるのに付き合うのは別に気にしない」
「そこは気にしようよ!」
静音さんもどこか感覚がズレてる。
「はぁ……、静音さんは男子に興味がないわけ?」
「男にも女にも興味ない」
「どういうこと?」
「わたしにとっては相手が男でも女でも同じ。ただセックスがしたいだけの獣」
どういう意味だろう?
確かに男子となればそういうエッチなことを考えることは多分にあると思う。だいたい年頃なんだし、逆にそういう感情がないほうが不自然だろう。
でも何だかこのことは深く突っ込んではいけない気がしてそれ以上その話題には触れられなかった。
あれ? でも待てよ?
静音さん、あたしには結構触ってもいいみたいなことを言ってくるような……。
触れてはいけない気はしたけれど、どうしてあたしにはそういうことが平気なのかが気になって、つい聞いてしまった。
「じゃぁあたしは?」
「千鶴からはいやらしい匂いがしない。だから触られてもイヤじゃない」
「それはどうも……」
喜んでいいのかどうなのか困る返事だった。
何だか静音さんも舞子さんと同じように何かあってこの寮にやってきたのかもしれない。
でもそれは聞いてはいけないことのような気がしてあたしはそれ以上言葉を発することができずに黙るしかなかった。
ずずっと麦茶を啜る音だけが部屋に響いていた中、不意に静音さんが言った。
「舞子に襲われるのがイヤなら先にわたしが襲ってあげようか?」
「ぶっ! どういう話の飛躍の仕方をすればそうなるかな!?」
「何か変なこと言った?」
「変すぎだよ!」
「そう? じゃぁ勉強の続きする?」
「うん! そうしよう!」
やっぱり何を考えてるのかわかんない。
でもここで勉強するかどうかに乗っからないと危険な気がしたので3分の1ほど残った麦茶を勉強机に置いてあたしは教科書に向き直った。
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