第16話

 友喜音さんにも泣きつきながら勉強をした結果、中間試験は……相変わらずだった。

 猛勉強とまでは行かないまでもそれなりに勉強したつもりなのに、いつも通りの結果でちょっと凹んだ。

 羽衣ちゃんは頑張ったようでいつもよりもいい点数を取っていたし、いったい何が違うんだろうと思った。

 毎日少ないながらも出る宿題はきちんとやっているし、それ以外にも勉強の時間は毎日取っている。あんまり友喜音さんに頼るのも何なので自力で解こうとするし、それでもどうにもならなければ友喜音さんに泣きつく。

 そうして勉強をしてきたと言うのにこの体たらく。

 そのことが頭から離れなくて学校帰りに羽衣ちゃんとコンビニで雑談をしているときも溜息が多くて、羽衣ちゃんにそのことを指摘されたりもした。

 何かブレイクスルーがないとずっとこのまんまなんじゃないかと思えてきて、どうしようと言う気持ちが湧き上がってくる。

 うちの学校は難関校として有名だから、あたしレベルの成績でも国公立くらいは十分合格圏内だとは言っても現状に満足していたらこれ以上の成長は望めない。

 羽衣ちゃんだってあたしより点数はいいんだし、翔子さんも実力テストの点数しか聞いてないけどあたしより成績はいい。

 同じ2年生だし、翔子さんに聞いてみるのが一番なのはわかってるんだけど、翔子さんはなぁ……。

 よく怒られたりするし、何かの拍子に不機嫌になったりするしでちょっと苦手意識があるから翔子さんに聞く、と言う選択肢はちょっと取りづらい。

 となるとやっぱり友喜音さんに頼らざるを得ないわけで……。

 バスの時間が来るからと羽衣ちゃんと別れて、しとしとと雨が降る中誠陵館に帰ったあたしはそんなに暗い顔をしていたのだろうか? 彩也子さんに出迎えられたときに心配そうにされた。

「どうかした?」

「あ、いえ、何でもないです」

「お姉さんには言えない話なの?」

「そうじゃないですけど、勉強の話なので」

「そっか。それじゃお姉さんは相談に乗れないわね」

「気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございます、彩也子さん」

「でも何か困ったことがあったらいつでもお姉さんに言ってくれていいんだからね」

 そう言って彩也子さんはあたしの頭を抱いて、その大きな胸に顔を埋めさせた。いつもなら慌てるところだけど彩也子さんは彩也子さんなりに励ましてくれてるんだろうし、こうして優しい彩也子さんの心臓の鼓動を聞いていると安心してくる気がして、しばらくされるがままになっていた。

「元気出た?」

「はい、ありがとうございます」

「ううん、いいのよ。私はみんなのお姉さんなんだから」

 にっこりと微笑まれてあたしも笑みを返す。

 そうだ。うじうじ悩んでも仕方がない。苦手だからと言って翔子さんに頼らないと言うのも情けない話だし、優しい友喜音さんなら相談に乗ってくれると思う。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うじゃない。

 そう思えば翔子さんに教えを請うことへの抵抗も薄らいできたので、あたしは部屋に戻って着替えると翔子さんの部屋に向かった。

 103号室の扉をノックしてみるけれど返事がない。中間試験が終わって疲れて寝てしまったのだろうかと思ってそぉっと扉を開けて覗いてみると姿が見えない。

 まだ帰ってなかったかと思って、仕方なく友喜音さんのところに行くことにする。

 201号室の前に立って扉をノックすると、すぐに『はい?』と返事があった。

「千鶴です。今いいですか?」

「うん、いいよ。どうぞ入って」

「じゃぁお邪魔します」

 扉を開けて入ると友喜音さんは勉強机に座ってペーパーと教科書を開いているところだった。

 たぶん中間試験の答案を見ながら復習でもしていたのだろう。

「勉強中だったんです?」

「うん、復習の途中」

「邪魔じゃなかったですか?」

「大丈夫だよ。おさらいしてただけだから。それで今日はどうしたの?」

 座るように促されたので、畳の上に正座して友喜音さんを見上げる。

「中間試験の答案が返ってきたんですけど、結構勉強したつもりなのにぜんぜん成績が上がらなくて。どうやったらもっと成績が上がるようになるのか、そのコツでもあれば聞きたくて」

「あぁ、なるほど」

 あたしのほうに身体を向けた友喜音さんはワンピースから伸びるほっそりとした足を揃えて両肘を置くと手に顎を乗せた。

「参考になるかどうかはわからないけど、私の勉強法なら教えてあげられるよ。それでもいい?」

「はい。お願いします」

「じゃぁひとつ聞くけど、千鶴ちゃんはどれくらい教科書を見てる?」

「教科書、ですか? うーん、教科書より参考書のほうが情報が多いからあんまり……」

「それが原因かもしれないね」

「え? どうしてですか?」

「教科書って確かに参考書に比べて情報量は少ないかもしれないけど、過不足なく必要な情報が詰め込まれてるの。だから教科書に書いてあることが理解できれば、それだけ実力もつくんだよ。参考書は文字通り、参考にするためのものだしね」

「じゃぁ友喜音さんは参考書読まないんですか?」

「ううん。読むけど、わからないときに参考になることが書いてあればと思って読んでるよ。基本は教科書。それに試験の問題だって教科書から出題されるわけでしょう? 教科書に書いてあることが理解できなければ試験の問題だって理解できないよ」

「なるほど……」

 確かにそのとおりだ。

「じゃぁ友喜音さんは教科書をどう使ってるんですか?」

「理解できるまでとにかく読んで、書いて、覚えるよ。うちの学校のカリキュラムは3年生の1学期までに高校の授業を全部終わらせて、2学期からは受験勉強に充てられるから、もうほとんど教科書のことは理解してるし、覚えてるよ。そうしたことがあるから私はずっと学年トップでいられるんだと思う」

 なるほどなぁ。

 そもそもうちの学校で学年トップをずっと維持してるってこと自体すごいことだから頭の出来が違うのだろうと思ってたけど、友喜音さんは友喜音さんなりのやり方でトップを維持してるってことか。

「わかりました。あたしももっと教科書を活用してみます」

「うん、そうしてみて。そうすればきっと翔子ちゃんくらいにはなれると思うよ」

「福井さんがどうしてそこで出てくるんですか?」

「去年同じことを聞かれたからだよ。翔子ちゃんも成績が伸び悩んでて、私にどうやればいいかって聞いてきたことがあるのよ。それで同じことを翔子ちゃんにも言ったわ。それでどうなかったかは千鶴ちゃんもわかるでしょう?」

「はい」

 確かに翔子さんはあたしよりもずっと成績はいい。

 でもそれが友喜音さんが今あたしに教えてくれた助言に基づくものであるならば、あたしだってこの助言に従って勉強すれば今よりも成績が上向くかもしれない。

 何せ翔子さんと言う実例があるのだから。

「ありがとうございます、友喜音さん。何だか光明が見えた気がします」

「それならよかったわ」

 眼鏡の奥で目を細めて微笑む友喜音さんにあたしも微笑み返す。

 よぉし、やる気出てきたー!

 でも何だか友喜音さんにはお世話になりっぱなしで申し訳ない気持ちも湧いてくる。

「友喜音さん」

「何?」

「なんかいつもお世話になりっぱなしなのも申し訳ないので何かお礼がしたいんですけど、何がいいですか?」

「お礼なんていいよ。教えるのもいい復習になって私の勉強にもなるしね」

「それじゃあたしの気がすみません」

「うーん、それじゃぁ……千鶴ちゃん、マンガとか小説とか読むよね?」

「小説はあんまりですけど、マンガなら」

「じゃぁ気分転換したいときにマンガ貸してちょうだい。それでチャラね」

「そんなんでいいんですか?」

「うん」

 にっこりと言われて、その笑顔に嘘はないように思えたのであたしは頷いた。

「じゃぁいつでも言ってください。いなかったら勝手に持ってってくれてもいいので」

「うん、わかった。じゃぁそうさせてもらうね」

「はい」

 やっぱり友喜音さんは頼りになるなぁ。

 常識人で舞子さんみたいに迫ってきたり、静音さんみたいに突拍子もないことを言ってきたりしない。

 ある意味この寮のオアシスのようだと思いつつ、あたしはお礼をもう一度言ってから自分の部屋に戻った。

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