第14話

 後日あたしの誕生日プレゼントに選んでくれたのはシルバーのネックレスだった。

 マシューマークと言うブランドで、星形のシルバーネックレスでなんか高そうな印象だったけれど、値段を聞いてみるとこれで4000円くらいなのだそう。

 これくらいなら寮生5人で割り勘すればひとり800円くらいなのでお財布にも優しい。

 あんまり高いものだと遠慮したいくらいだったけれど、これくらいならばとありがたくいただくことにした。

 ちなみに選んだのは舞子さんらしい。

 こういうジュエリーやランジェリー、服の類は舞子さんが一番よく知っているらしく、値段とデザイン、それとあたしに似合うかどうかを勘案して、このネックレスを選んでくれたとのこと。

 さすがに学校に着けていけないけど、嬉しかったのでつい学校に持ってきて羽衣ちゃんに自慢してしまった。

「へぇ、可愛いじゃない」

「でしょう? でもこれで4000円しないなんてすごいよね。舞子さんもみんなのお財布事情とか考えてこれを選んでくれたみたいだし、舞子さんのこと見直しちゃった」

「舞子さんって2組の陣内さん?」

「うん、そうだよ」

「ふぅん……」

「何そのいやらしい笑みは」

「べっつにぃ」

「そんなふうに言われたら気になるじゃない。舞子さんがどうかしたの?」

「わたしも詳しくは知らないんだけど、陣内さんってバイだって噂よ」

「バイ? 何それ?」

「バイセクシャル。男でも女でもどちらも行けるってこと」

「男でも女でも……」

 それを聞いてさっと顔色が変わった。

 心当たりがありすぎる。

「その様子だと心当たりがありそうね」

「なな、ないよ!?」

「どもるところが怪しい」

 にやにやと笑いながら羽衣ちゃんは『ほれ、吐け、吐いて楽になるんだ』なんて言ってくる。

「な、何にもないよぉ!」

「あくまでシラを切り通したいと。まぁ千鶴が言いたくないなら無理には聞かないけど、そういう噂があるってのは知っといたほうがいいかもね」

「そ、そうだね」

 頷いてはみたものの、これまでの舞子さんから迫られた思い出の数々が脳裏をよぎる。

 確かにバイセクシャルならば舞子さんがあたしに迫ってくるのも理解できる。

 台所で迫られたときは翔子さんが助けてくれたけど、あのときは本当に危なかった。あのとき翔子さんは『女の子を見れば』と言っていたし、実は寮生のみんなは知っていて、知らなかったのはあたしだけなのかもしれない。

 今後舞子さんと接するときは気を付けておかないといけないのかもしれないと思っていると、授業開始を知らせるチャイムが鳴ったので羽衣ちゃんは自分の席に戻った。


 放課後、もう羽衣ちゃんは舞子さんの話題をしなかったけれど、あたしと羽衣ちゃんはコンビニに寄って店先で他の生徒たちに交じって他愛ない雑談をしてから誠陵館に帰った。

 ただいまを言うと、ちょうど夕飯の準備の最中なのか、台所からおかえりなさいと言う彩也子さんの声だけが聞こえた。

 いったん自分の部屋に戻って着替えをすませてから、夕飯ができるまでの時間をひとつ出た宿題をする時間に充てる。わからないところがあれば、後で友喜音さんに聞こうと思いつつ、宿題をして何とか全部終わったちょうどいい頃合いに、彩也子さんが夕飯の支度ができたと声をかけてくれた。

 食堂で夕飯を食べながら、学校で羽衣ちゃんに言われたことが気になってちらちらと舞子さんのほうを窺ってみるものの、舞子さんは至って普通に夏輝さんや静音さんと会話をしながらご飯を食べている。

 そう言えば舞子さんが夏輝さんや静音さんに迫った、と言うところを見たことも聞いたこともない。

 はっ! まさか、もう手を出して籠絡済みだから新しく来たあたしにターゲットを移したとか!?

 悶々とそんなことを考えながら夕飯を食べていたからか、舞子さんがちらりとあたしのほうを見てにやりと笑ったのを見過ごしてしまった。

 夕飯を食べてからは少し部屋でお腹を休める意味も込めてゆっくりしてからお風呂に向かう。

 お風呂の順番はその日によってまちまちだけど、たいてい最後のほうに入るのは友喜音さんだった。それもそうで、友喜音さんは毎日遅くまで勉強をしてからなので、勉強がひと段落してからお風呂に入る。だからいつも遅い時間になる。

 舞子さんや静音さん、翔子さんはこだわりがないのかそのときどきによって順番が違うけど、一番風呂を好むのは夏輝さんだった。その理由は単純で、よく色んな運動部の練習に付き合う夏輝さんはよく汗を掻いて帰ってくる。だから早くお風呂に入ってさっぱりしたい、との理由からだった。

 今日も誰から入るか、と言う話になって他のみんながいいなら一番がいいと夏輝さんが言ったので、一番風呂は夏輝さんに譲る。

 その後あたしが入って、お風呂を上がってからパジャマに着替えて、髪もブローしてから翔子さんの部屋に向かった。

 ノックしてから翔子さんにお風呂が空いたと伝えると、今宿題をしている途中だから後で入るとのことだったので、次は隣の舞子さんの部屋に行った。

 ノックはしなくていいとは言われているものの、ノックをしないといったいどんな格好をしているかの心構えができないのでノックをしてからどんな格好でも驚かないぞと気持ちを引き締めて扉を開ける。

「舞子さん、あたし、あがったのでお風呂どうする?」

 そう言うと何かの雑誌を読んでいたらしい舞子さんは黒のシースルーの総レースのショーツとブラだけの半裸でいた。

 相変わらず出ているところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるグラビアモデル体型の舞子さんがこんな下着をつけていると同じ女同士でも目を逸らしたくなるくらい目に毒だ。

 その舞子さんは雑誌を開いたまま立ち上がるとあたしのほうにやってきた。

「伝言ご苦労さん。今日は千鶴が2番目か?」

「うん、そうだよ」

「ふぅん……」

 半眼になって舞子さんはいきなりあたしの腕を掴んで引き寄せた。

「うわっ!」

 ふにょっと柔らかい感触が顔いっぱいに広がる。すぐにそれは舞子さんの豊かに胸に顔を抱かれたからだとわかった。

「身綺麗にしてうちの前に出てくるなんて期待してたのか?」

「な、何言って……」

「晩飯のとき、うちのほうをちらちら見てただろ? やっとうちのものになる決心がついたのかと思ってな」

 嫣然と言われてさっと顔が蒼くなる。

 羽衣ちゃんが言ってた『舞子さんはバイセクシャル』と言う言葉が思い起こされた。

「ああ、あたしは……」

「うちに任せていればいいんだよ」

 舞子さんはあたしの頭を抱いていた腕の片方を離して、あたしの胸に手を当てた。

 そしてやわやわと胸を揉まれてしまう。

「んっ」

「いい声で鳴くじゃないか」

「い、今のはちが……!」

「身体は正直なんだ。そのうち……」

 そのうち、の後を言いかけて舞子さんは舌打ちした。

 何? と思ったらどすどすと廊下を明らかに怒りに満ちた足音で歩いてくる音が聞こえた。

「舞子!」

「また翔子か」

「またじゃないわ! 部屋の壁が薄いから丸聞こえなのよ! 千鶴に手を出すくらいなら街に出てナンパでもしてればいいじゃないの!」

「それができれば寮生なんかに手を出さねぇよ」

「とにかく! 千鶴を変な道に引き込むのはやめてよね!」

「やけに千鶴を気にするな。もしかしてやきもちか?」

「んなっ! ち、違うわよ!」

 助かったと思って翔子さんを振り返ると顔を真っ赤にしている。

 これは相当怒ってるなぁ。

「あーあ、せっかく千鶴を籠絡できるチャンスだったのに邪魔が入って興が冷めた。風呂は後でいいぞ。静音辺りに先に入ってもらえ」

「え? あ、うん」

「行くわよっ、千鶴!」

「う、うん」

 翔子さんに手を引かれて舞子さんの部屋を後にする。

 この後、翔子さんにもこっぴどく叱られるんだろうなぁと思うと、舞子さんの誘惑といい、翔子さんのお叱りといい、今日は厄日かもしれないと思って落ち込んだ。

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