第6話:リュンヌ=ノワール
ソルは軽く息を吐いた。
「それにしても、随分とお相手の候補がいるものね。まあ、選択肢が多いというのは、悪くはありませんけれど」
「そうですね。何しろ、百人近い攻略相手がいるというのが、この世界の元となった遊戯のセールスポイントだそうですから」
しかも、そのどれもが少しずつタイプは違うものの、いい男なのだ。この遊戯を作った者は、よくもまあそれだけ考えたものだと、ある種感心する。
決して、自分はのめり込む気は無いが。このような遊戯に惹かれる者が出る理由も理解出来る。
「ただ、残念ながら同時攻略というのは出来ないようです。なので、二股をするような真似をすると、意中の人と結ばれなかったり、そもそも出会えなかったりするそうです。その分、完全攻略には何度も繰り返す必要があって、やり込み甲斐を感じるプレイヤーも多いらしいですが」
「なるほど」
ふと、気付く。
「この一覧。リュンヌ? あなたはいませんのね?」
「僕ですか? まさか、ソル様が僕にそんな感情を?」
ソルは鼻で嗤う。
「そんな訳無いでしょう? 手っ取り早く、この遊戯をクリアする方法として使えないかと考えたまでのことでしてよ」
ただまあ、リュンヌの見てくれは許容範囲内である。そんな前提があるからこそ、選択肢に入った。本人に告げるつもりは無いが。
「それはまた、愛の無い話ですね。でも残念ですが。僕はただのナビキャラですから。あくまでも、ソル様を支える役に徹することになります」
「ああ、そう」
しかし、そう告げたリュンヌの顔が、思いの外寂しげに見えたのは、気のせいだったのだろうか。
些末なことに過ぎないが。それが妙に、少し引っ掛かった。
「それと、僕も実は色々とあって、"裁定を下す者"との約束があってこの役を与えられた人間です。なので、さっさとソル様には誰かと結ばれて欲しいんですよ」
「つまり、私達の利害は一致しているということですのね?」
「そうなります。まあ、だから神は僕達が早々に結託するという方法で、この遊戯をクリアするという真似はさせないようにした。という事ではないでしょうか?」
「有り得そうな話ですわね」
ソルは嘆息した。
「ちなみに、僕がソル様にこうして世界設定のような話が出来るのは、こうして二人きりでいるときだけです。それ以外のときは、ただの側仕えとしか振る舞えません。僕は小さい頃にこの屋敷で拾われて育ち、歳が近いことから、こういう形で働いているという設定となります」
「この歳にもなって、異性の側仕えなど、間違いを警戒されないかと思いますけれど? そういうのは、無いんですの?」
リュンヌは肩を竦めた。
「物語のご都合で、無いんじゃないですか? 何しろ、遊戯を元にした世界ですから。それに――」
「それに?」
「僕も、ソル様がどなたかと結ばれたら、この屋敷を出て行くことになっています。強いて挙げれば、それが、ソル様とはそれ以上の関係はあり得ないということなのでしょうね」
結婚後までも、くっついてくるとなれば、それこそ特別な関係を疑われても仕方が無い。
「あと、周囲に人がいないときに限りますが。呼びつけて頂ければ、いつどんなときでもお側に馳せ参じることが出来ます。また逆に、いつでも姿を消すことも出来ます。何か、ご相談したいときにでもお呼び下さい」
「そういえば、私が目を覚ましたとき、あなたの姿は見えませんでしたけど。それはつまり、そういうことでしたの? 呼んだつもりはありませんが」
「その通りです。ソル様が転生されてから、こうしてこの世界についてなど、色々と説明しなければいけませんからね。そういう、『特別な役』を持つ人間だと認識して貰うためにも、あのように登場致しました」
ソルは納得した。
起き抜けだったとは言え、見ず知らずの相手にあれこれと説明されて、それを素直に信じる理由がだ。
死後の世界の出来事を知っていたと言う事もそうだが、初めから『普通ではない』と説明してくれていた訳だ。
よくよく考えれば、突然訳の分からないことを話してくる怪しいヤツ以外の何者でもないというのに。
だが、一貫した行動と発言から、一定の信用は出来そうに思える。
しかし、あと一つ、信用するためにも確認したい。自分達は何故、同じ利害を共有するに至ったのかを。
「ねえ? リュンヌ?」
「何でしょうか?」
「あなた、さっき"裁定を下す者"と約束があって、この世界で私の世話をすることになったと言いましたわよね?」
「はい」
「その約束、理由について教えなさい。どうせ、私が前世で何をやって来たのかは知っているのでしょう? なら、私にも知る権利は有るのではなくて?」
そう訊くと、リュンヌは顔をしかめた。
「申し訳ありませんが。それについては、"裁定を下す者"との約束のため、詳しいことは答えられません。ですが――」
一つ、大きく息を吸って、リュンヌは続けた。
「僕には、前世で大きな悔いがあります。それを雪ぐために、この役を果たす必要があるんですよ」
「どれはどんなものですの?」
「すみませんが、それは話せません」
「それが、"約束"だから?」
「その通りです」
乾いた笑みをリュンヌは浮かべた。
「ご丁寧に、呪い付きで、です。それについて説明しようとすると、声が出ないようになっています」
ソルは冷静に、リュンヌを見る。
嘘を言っている気配は無い。確認する方法も無いが。少なくとも、話せる限りは話そうという誠実さは見て取れた。
だから、完全にとは言わなくても、こいつに対しては、その程度には信じてもいいのかも知れない。
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