第4話:お遊戯の世界
肩で息をしながら、ソルは寝台に腰掛けた。
リュンヌを睨む。忌々しい。この少年は振り下ろした鉄拳をすべて回避した。
当たらない攻撃を繰り広げ続けること数分。疲れた結果、こうして座って休むことしか出来ない。
「少しは、話を聞く気になりましたか?」
ぷいっとソルは顔を背ける。
しかし、リュンヌは苦笑を浮かべるだけだった。
「順を追って説明しましょう。ソル様。前世の貴女は亡くなられ、こちらの世界でソル=フランシアという名の少女として転生しました」
「地獄では、ないんですのね?」
「はい。違います」
「では、ここはどこですの?」
「『ソル=フランシア恋愛譚 -貴方に想いをときめかせて-』という遊戯を模した簡易的な世界です」
ソルは沈黙した。
リュンヌへと視線を戻す。
「あなた、何を言っているんですの?」
「ですから、『ソル=フランシア恋愛譚 -貴方に想いをときめかせて-』という遊戯を模した簡易的な世界です。と申し上げました」
「巫山戯ているんですの?」
「いえ、巫山戯ているわけではありません」
そう言ってくるリュンヌは、大真面目な顔をしていた。
ソルは大きく息を吐く。
駄目だこれ。ある意味では地獄行きより非道いかも知れない。意味が分からない。
「なっ!?」
突然、訳の分からないイメージが浮かび上がった。
数多くに枝分かれした図。枝分かれの図には、何かの絵を描き込むかのような空欄もあちこちにある。というか、図の根元には今のこの光景が映し出されていた。
「あなた、一体私に何をしたんですのっ!?」
目の前? いや、頭の中? に、こんなイメージが突然湧き上がるとか、まるで魔法ではないか。
「今見て頂いているものは、これからソル様が経験するかもしれない出来事を回想するための記録となります。生憎と、転生したばかりですので、回想記録はほぼ空欄となりますが。こういったものを直に経験して頂いた方が、信じて貰いやすいかと思い、ご覧になって頂きました」
しかし、いきなりこんなものを見せられても、唖然とするしか無い。
色々と、常識外れな事が起きていることだけは理解したが。
「要するにここは、神々が創った世界の一つなのですよ」
ソルは額に手を当てた。大きく息を吸う。
落ち着いて考えよう。そりゃあ、神々だ。世界を創ることくらいは出来るだろう。
ソルはうろんな視線をリュンヌに向けた。
「その、神々が創った世界の一つだというのは、分かりましたわ。でも、さっきの意味の分からないものは何ですの? ときめきがどうのこうのと」
「『ソル=フランシア恋愛譚 -貴方に想いをときめかせて-』ですか?」
「ええ、それよ」
そんな聞くだけでも恥ずかしい言葉、口に出せるかと。
「乙女ゲーです」
「おとめげぇ? 何ですの? それは?」
「乙女ゲーとは、女性向けの恋愛ノベルゲームのことです。ソル様が今おられるこの世界や、前世での世界とはまた違った世界で流通している遊戯になります。例えるなら、恋愛物語を読み進めていく形式で、その物語に出てくる理想的な男性に対し、会話などで様々な選択をすることで、その攻略男性と恋に落ちる。といったものになります。ファンも結構、いるんですよ?」
ソルは舌打ちした。
「何ですの? その、如何にも現実の殿方に愛されることも無い根暗で不細工な何事も消極的で引き籠もっていることをを奥ゆかしいと勘違いしているような輩が、暗い部屋で一人寂しく自分を慰めるためにあるような遊戯は? そんな世界に、神はこの私を送り込んだという訳ですの?」
「あぁん?」
ドスの利いた声。リュンヌの目が据わっていた。
その鋭い目付きに、一瞬気圧されそうになるが、ソルは直ぐに睨み返す。
「その言葉、撤回して貰いましょうか? ノベルゲーは断じて、現実逃避の為の退廃的娯楽なんかじゃないんです。理想的な異性との恋愛を美麗なイラストと情緒溢れるテキストで描き、深いストーリーを美しいBGMが盛り上げる。言わば総合芸術作品なんですっ!」
「はんっ! 根暗な引きこもりらしい言い訳ですわね。そうやって、何も現実で掴めないまま惨めな一生を送る人間が言いそうなことですこと」
「ンだとこの貧乳っ!」
「て、撤回なさい。このおおおおぉぉぉっ!!」
ソルは立ち上がり、再びリュンヌへと殴りかかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
激しく咳き込みながら、ソルは床に四つん這いになった。あまりの屈辱と怒りに、目がくらむ。
またもや、リュンヌには一発も攻撃が当たらず。彼はひらひらと蝶のようにソルの拳を避け続けたのであった。
「というか、なんでこの私が。ぜぇ。そんな遊戯の世界。はあ。ぜぇ。送り込まれなければいけませんの?」
「それなのですけどね。ちょっと事情があって僕も詳しいことは話せないのですが。神々は色々な世界を創造し、それらの世界を管理しています。そして、生を終えた魂は浄化され、再び世界で生きることになります。それが、元いた世界とは限りませんが」
「それが、何だというんですの?」
リュンヌは、深く哀れむような目を向けてきた。ついさっきまで、ノベルゲームとやらについて激しく語っていた男の目とは思えない。
「ソル様。あなたは、そう。前世で少しやり過ぎました。実を言うと、神々もあの世界の歴史に必要なことだと、あなたの人生に不運を与え、言わば悪役を演じさせた部分はあります。しかし、それでも本来あってはならないところまで、あなたの魂は堕ちてしまわれました。神々の責任が二割、あなたの責任が八割といったところでしょうか」
「それで?」
「その罪を悔い、反省する魂であれば、地獄で罰を与えて浄化します。しかし、あなたの魂はもはや、そのような罰は意味を成しません。罰を与えるほどに頑なになり、魂は歪み、汚れていきます。それでは、いつまで経っても魂が再利用出来ませんし。浄化にも手間が掛かります」
「ははっ! この私の魂は地獄に送ることすら、出来ないという訳ですのね」
余計なお世話だ。神々め。人の魂を何だと思っているのかと。いや、その傲慢さ故に神なのか。
だが、これが思い通りにならない結果だというのなら、ある種痛快ではある。
「なので、地獄とは別の方法であなたの魂を浄化します」
「どうしようというのかしら?」
「愛を与えます」
「何故そこで愛っ!?」
ソルは四つん這いを止め、座り込んだ。
「結局のところ、ソル様の魂が歪んだのは、愛が不足していたからです。なので、乙女ゲーの主人公。ソル=フランシア様として転生して頂き、愛というものがどのようなものか、この世界で経験してもらうことになったと。まあ、そういう訳です。一種の行動認知療法だとか言われましたけど。ともあれ、ある世界の人気乙女ゲーを模した世界なので、選択肢さえ間違えなければ、ここではイケメンに愛されまくり人生間違い無しの一生を送ることになります」
げんなりと、ソルは肩を落とした。
「馬鹿馬鹿しい。そんなお遊戯に付き合っている暇なんて、私にはありませんでしてよ」
「でも、地獄行きよりはマシだと思いますが。また、あの責め苦を味わいたいですか? あれが、ずっと続くことになるんですよ?」
ソルは顔をしかめた。それはそれで、確かに嫌だ。責め苦に耐え切る自信はあるが、被虐を悦ぶマゾヒストでは、断じてない。
神に手の平の上で踊らされているようで癪だが、それなら、さっさと踊りきってやるのも、一つの手かも知れない。
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