第3話:目覚めた先

 瞼を開けると、色彩が戻っていた。

 木板の天上。

 ついさっきまで感じていたはずの、死を通り越した痛みは、嘘のように消えている。


「何ですの? これは」

 あいつ、一体何をした? そうだ、私は確か地獄に送られたはずだ。


「ベッドの上?」

 それが、何故寝台の上にいる? 自室の寝所に比べれば粗末極まりないが、それでも寝台と毛布は柔らかく、こんな状況でなければ、再び眠りに落ちる誘惑に抗すのは難しかっただろう。

 彼女は上半身を起こした。周囲を見渡す。窓の外は猛吹雪が荒れていた。


「どこですの? ここは?」

 窓の側に置かれたこの寝台から出入り口までは、十歩足らずほどの距離。大凡、一辺がそのくらいの正方形に近い長方形の部屋のようだ。生前、彼女が使っていた自室の半分にも満たない。

 寝台と同じく、それほど装飾の無い箪笥や鏡台、机といった家具が置かれているのが見えた。


「お目覚めになられたようですね」

「なっ!?」

 突然声を掛けられ、彼女はビクリと体を震わせた。

 声の方を見る。


「あ、あなた一体どこから。というか、いつからっ!?」

 窓の前に、若い男が立っていた。歳は十代半ばから後半くらいだろうか? 執事然とした黒服に身を包んでいる。こんな男、さっきはいなかったはずだ。

 彼女は慌てて毛布を胸の前に抱いた。


「疾く立ち去りなさいっ! 女の寝込みに破廉恥な。万死に値しましてよ」

 睨み付ける。しかし、少年は穏やかな笑みを浮かべて、その場に佇むのみだった。

 彼は恭しく胸の前に手を当て、一礼する。


「初めまして。ソル=フランシア様。僕の名前はリュンヌ=ノワール。これから、この世界であなたを手助けさせて頂く者です」

「はあっ?」

 彼女は当惑の声を上げた。こんな間抜けな声、記憶を掘り起こしても見つからない。ひょっとしたら、これが初めてかも知れない。


「あなた。一体、何を言っているんですの? 公爵令嬢にして、王妃となる私をどこ馬の骨と間違えているのか知りませんが。無礼に無礼を重ねる狼藉。もはや許せません。覚悟しておきなさい」

「いいえ、ソル様。それはあなた様の前世のお立場となります」


「前世?」

 ぴくりと、彼女の眉が跳ね上がった。

 思い出す。そうだ。確かに自分は死んだはずだった。"裁定を下す者"とのやり取りは夢だったとしても、あの最後までもが夢だとは考えにくい。あれで助かるはずが無い。


「あなた、前世と言いましたわね? ということは、まさか"裁定を下す者"に通じる者ですの?」

「いいえ。少し違います。まあ、仕事を引き継いだ形にはなりますが。そうですね。多分、ご自身の目で見て頂いた方が早いかと思います」

「どういう意味ですの?」


「失礼。ベッドから降りて、あちらの鏡台の前に立って頂けますか?」

 憮然とした表情で、彼女は彼の言葉に従った。リュンヌも後に続く。

 鏡台の前に来る。


「な、何ですのこれはああああぁぁぁぁ~~っ!?」

 鏡の中には、見たことの無い少女が立っていた。

 自慢だった漆黒で癖の無い髪は、代わりに少し癖のある金髪へと代わり。深紅の瞳も深緑となっていた。顔立ちも全然違う。というか、十代半ばくらいに若返っている? 自分は確か、二十代前半だったはずだ。


 思わず胸に手を当てた。苦労して育てた、たゆんとした感触も、谷間も消えていた。

「大丈夫です。きっとまた、育ちますから」

 彼女の顔が熱くなる。

 思わず拳を握りしめ、後ろに立つリュンヌの顔面目掛けて振りかぶった。

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