入院生活、十日目と十一日目。
一週間前にした精密検査の結果が、伝えられた。
全て正常の範囲内で、重大な疾患の可能性が無かったことも知らされて、明日は退院準備の猶予として、明後日に退院することになった。
そして、今日、点滴を外された。
入院してから六日目辺りに、お父さんとお母さんが来てくれて、やっと、自分のお小遣いで、何かしら病院内で買えるようになった。
健康体ってわかったから、病院の中のコンビニでお菓子を買って病室で食べても、看護師さんに怒られないだろう。
自分の手首に刺さっていた点滴も一々持っていきながら移動しなくても良くなったから、楽になった。
病院で多分、皆喜多美鶴さんと言う、新しい友達ができた。まさか、十五年前の童子村事件に巻き込まれた女性と多分友達になれるとは思わなかった。自分の生活圏外に完全にいる人だと思っていたから。
今日も、美鶴さんと同じ場所で会って、話すだろう。明後日、退院することも伝えなきゃ。
今日もあの病院の中にある、コンビニへ向かう。そして、コンビニの前にある椅子にしばらく私は座る。
やはり、美鶴さんはいた。いつも頭ボサボサでパジャマっぽい服を着て。そう言えば、美鶴さんがいつも向かう場所の方向をよくよく見たら、精神病棟と言うパネルがあった。
美鶴さん、なんの精神疾患だったんだろう。
ただ、童子村と呼ばれているけど単なる無人神社でお参りしただけなのに、こんなことに巻き込まれて、それで村八分で自分の人生を潰されるなんて。
生きているから、まだそこまでは潰されてはいないのだろうけど、可能性をこんなにむごく剥ぎ取られるなんて。
彼女に対する偏見は彼女が生きている限り、付きまとってしまうのかな。
「有紗ちゃん、こんにちは。」
「美鶴さん、こんにちは。」
「あれ?点滴は?」
「精密検査の結果、異常が無かったから、今日、点滴を抜いてもらって、明後日、退院することになったよ。」
「そうなんだ。退院することになるんだ。」
美鶴さんは寂しそうに遠目で目の前にあるコンビニを見て呟いた。
そうか。私が退院したら、美鶴さん、また独りになっちゃうのか。
「せっかくだし、美鶴さん、私と連絡交換しない?それか、今と同じ時間帯にこのコンビニの前の椅子に座っていたら、私、できる限り退院した後、ここにまた来て、美鶴さんのお見舞いしに行くから。」
私は、美鶴さんが寂しくならないように、笑顔で誘ってみた。
「私も今、スマホもパソコンも持っていないし、そうしてくれると助かるわ。」
その後、私が芸術大学で特殊造形を専攻していて、特殊メイクについて学んでいることや、童子村と呼ばれる無人神社が実はパワースポットであったことを美鶴さんが話してくれて、色々、お互いのこともこの病院のことも話していた。
お互い話のネタが尽きると、美鶴さんは、私に別れを告げて、立って歩いて精神病棟の方へ向かって歩いて行った。
夕方になり、病室にあるテレビにテレビカードを差し込み、どうでも良いワイドショーと夕方の情報番組を見ていた。
私が目覚めた後、童子村事件の変死体は上がっていないようだ。
このテレビ番組自体、私にはどうでも良いことだったから、私は流し見でうとうとしながら、テレビを見ていたら、いつの間にか、眠りに落ちてしまった。
これは、童子村の敷地内の風景かな?何故か見た事がある風景が広がっていた。
かわいいタンポポとかシロツメクサの植物や色んな花が咲いていて、神社の建物もあって、空も虹が出ていて、まるで雨上がりの晴れた天気のようで、ヒイラギとヒサギとエノキとツバキと思われる木も、生えている。
そこに、一人の身に覚えがある少女と鬼が賽銭箱の前に立って、朱色の大きい鳥居を潜り抜けている私を見つめていた。
その身に覚えがある少女と言うのは、美鶴さんに似ていた。そして、鬼は見た事もない鬼だった。私が病院で目覚めた日に何故か突拍子もなく思いついていた、あのギリシャ神話に出てくるサイクロプスみたいな、額に一本角が生えているあの一つ目鬼ではなく、一つ目の全身赤い体をした鬼だった。
その十五歳くらいの少女は、私に話しかけてきた。
「また、この無人神社に来てくれることを、鬼が出なくなっても、来てくれることを信じてるよ。この神社にお参りしてね。毎日じゃなくても良いから。」
私は、いきなりこんなことを言われても意味がわからなかったので、黙って首をかしげて、その少女を見つめた。
「今までありがとう。少しだけ生きる希望をくれて。そして、ごめんね。諦めちゃって。」
十五歳ぐらいの少女は寂しそうな顔して、私を見つめながら言い、彼女の隣にいた鬼の手を繋いで、
「じゃあ、行こっか。」
とその鬼に声をかけて、神社の本殿の中へとその女の子と鬼の体が向かいつつ、彼女たちの体が透明になってやがては消えていってしまった。
すっかり二、三時間は寝てしまったであろう、目が覚めると、夜の九時だった。
そして、何故かパトカーの音が聞こえる。
病院の近所に住んでいる人達がそのパトカーを囲って集まっていた。
どうしたんだろう…?
私は何か直感で何か危険な事が起こっていると思い、ベッドから飛び起き上がって、窓の風景を見つめていた。
そして、何故か私は虚無感や喪失感に襲われて、ベッドの上に寝転がり、つけっぱなしだったテレビも消して、目を閉じ、仰向けで眠りに落ちた。
入院生活、十一日目。
朝起きて、洗面台に立ち、顔を洗って歯を磨いて、ドライシャンプーをして、濡れタオルで体を拭いて、新しいパジャマに着替えた。
少しさっぱりしたら、若い男の看護師さんが、注射器と体温計と血圧測定器と朝ご飯を持ってきてくれた。
…あれ?注射器??
「おはよう、東雲さん。ごめんね。明日で退院だけど、念のためにまた血液検査することになったから、注射するね。あと、検査結果は、東雲さんの実家へ送るから。」
と言われて、注射の針に少し恐怖を感じながらも血を抜かれた後、検温中にその看護師さんに、昨日のパトカーが何台かサイレンを鳴らしながら、病院の前で止まっていたのを見た話しをふった。
「あの、昨日、パトカーが来ていたのを見たんですけど、何か起こったのでしょうか?」
「あー、何か、飛び降り自殺があったみたい。」
「そうですか…。」
誰が自殺したのだろうと気になった。
そして、何故か美鶴さんの顔が思いついた。
「それじゃ、また取りに行くから。明日で退院だね。おめでとう、東雲さん。でも、お大事にしてね。」
「あ、ありがとうございます。」
いつも美鶴さんがいる時間帯に、コンビニの前にある椅子に一時間ぐらい座っていても、今日は美鶴さん、来なかった。
明日の朝、私、退院するのに。入院生活の最後の別れを告げたかったのになぁ。
私は悲しく思いながら私の病室に戻り、退院の準備をして片付けをし始めた。
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