入院生活、三日目。

昨日は、看護師さんが病院食を持ってきてくれたり検温してくれたりしたけど、看護師さん以外の人間には会わなかった。孤独な時間だった。

 会ったこともないあの美青年の笑顔や微笑みがやけに記憶に残っている。あの青年のことを思い浮かべるたびに出てくるのは、朱色の大きい鳥居と神社、それに沢山の木と、かわいいタンポポとかシロツメクサの植物。

肝試しの為に童子村へ行ったのに、どうしてこんな平和なイメージばかり思い浮かぶのだろう?

 中年の女性の看護師さんが部屋に入ってきて、検温をさせられて血圧も計らされた。

「東雲さん、ちょっと低血圧気味ねえ。でも、まだ正常な範囲だから、大丈夫よ。今日は、精密検査するのから朝食はないの。ごめんねえ。」

看護師さんは、私の体温と血圧の結果を紙に書いて、私の部屋から出て行った。




 精密検査は、ちょっと精神的に疲れた。胃カメラとか無かったし、血液検査と尿検査に、心電図。あとは聴力と視力検査もさせられた。体重と身長も計らされた。

もう身長伸びなくなって良かった。これ以上背が高くなりたくないし。体重は、記憶がないけど、恐らく飲まず食わずだったからか、少し減っていたけど激やせしたほどってでもなかった。

色々検査が終わって、病院の中にある小さいコンビニの前にある椅子に座って休憩していたら、見知らぬアラサーぐらいの暗い雰囲気を醸し出した女性が私の隣に座ってきた。

ちょっと、私は、その人のことを警戒してしまったけど、わざわざ立って移動する気力もなかったので、座っていた。

話しかけるなオーラも出していたけど、多分、今の弱った私ではそのオーラは強く出せてない。でも、言われたことあるなぁ。彩華ちゃんに「有紗ちゃんって黙っていると怖い。威圧感がある。」って。

話しかけるなオーラを出している私に構わず、そのアラサーの女性は、私に話しかけてきた。

「あの…、貴女はもしかして、童子村で発見された女子大生なのでしょうか…?」

「え、あ、え?童子村での記憶が無いですし、肝試しの為に童子村へ行ったんですが、その童子村にいる時の記憶が無くて…。まだ、病院で目が覚めたばかりですし、あんまりわからないんですけど、多分、私の事かもしれないですね。私、今、大学生なので…」

え、もう、童子村の事と私の事、噂になっているの…?

話しかけられたくなかったのに、隣に座って私に話しかけてきた女の人がもっと私に話しかけてきた。

「十五年前の私と同じなんですね。私も童子村と呼ばれている、ただの山奥にある無人神社にお参りをしに行こうと、敷地内に入った後の記憶、無いんですよ。その当時、私は、高校生だったのですが…。」

女性は切なそうに私の目を見て話していると、私に質問してきた。この人、ちょっと距離感おかしい。

「誰かが死んだ後でもその死んだ人の幸せを祈っても、その人の魂か思念体にその想いは届くと思いますか?」

「絶対にその想いは、死んだってその人に届いていると思います!なんなら、祈ってくれたかたの幸せをものすごく願っていると思いますよ!」

私は何故かわからないけど、その隣に座ってきた女性の手を握って、勢いよくそして熱く言った。そしたら、女性は驚いた顔をしつつ、涙を流した。

どうして私、こんなことを知っていて、口から出まかせで熱く語ってしまったのだろう…?

「たとえ、それが嘘や貴女の思い込みだったとしても、そう言ってもらえてありがたいです…。ごめんなさい。目の前でこんな無様な姿を見せてしまって…。」

「いえいえ、私もつい熱くなってがっついてあんなことを言ってしまって申し訳ありません。」

「私が誰かの為に祈ったことで、たとえそれで自分自身が不幸になって耐えられなくなったとしても、私は私がやったことに間違いは無かったと確信させてくれて、ありがとうございます。」

この人も、色々辛いことあったのだろう…、ん?この人、もしかして、以前ネットで調べたことがある、十五年前の童子村で行方不明だったのに発見された、あの皆喜多美鶴さんなのかな…?

 その女性は、私にお礼を言った後、立ち上がって歩いて別の病棟に向かって行った。




 検査とあの皆喜多美鶴と思われる女性との会話の後、財布もないので何も買えずにお腹空いたままで、ジュースも飲みたかったけど、無料で提供されている紙コップの水で我慢した。

夕飯の病院食が配られるまでの時間、私は病院の窓から見える夕焼けの景色を眺めていた。ん?アレ?何か、窓に傘っぽいものが飾られている…?

でも、あれ、傘って言うより、からかさおばけって言う妖怪に似ているような。

「久シブリ…、人間ノ雌。」

しゃ、しゃべった…?

幻覚見ているのかな?私。

「恐怖ヲ感ジタラ固マッテ黙リコムノハ、相変ワラズ。」

なんでそんなこと知っているんだろ?このからかさおばけみたいな話す物体は。

幻覚と幻聴かと自分自身を疑ったので、私はあの話す傘のような物体の存在を無視することに決め込んだ。

「無視スルノカ?人間ノ雌。キサマガ感ジテイル時ノ顔ハ、露骨ニヨガッテイテ、可愛ラシイ顔ト声ヲ隠セキレナカッタクセニナ。」

え…?私がいつよがって感じていたの…?童子村でナニをしていたの?私。

そんな記憶がないはずなのに、なぜか私は自分の顔が熱く感じたけど、それでも無視をした。多分、これ、一種のセクハラなんだろうけど、それでも無視を貫いた。

「無視ヲスルノカ。成程。ナラ、話聞カナクテモ話スゾ。キサマノ血、美味カッタ。全員デハナイガ、幸セニナッテ成仏シタ。アリガトウ。サヨウナラ。」

そのからかさおばけだと思われる物体は、風が吹いてカーテンが揺れてからかさおばけの姿が隠れて、風がおさまってカーテンも揺れなくなったら、そのからかさおばけだと思われる物体はいなくなっていた。

なんで、あの傘の妖怪みたいな生き物が、私にお礼を言ってきたのかよくわからなかったけど、私が疲れに疲れ切っていたからか、疲れていることを理由にあんまり深く考えないでおこうと思って仰向けで寝転んだ。




 若い男性の看護師さんが、夕飯の病院食を持ってきてくれた後、私に検温して血圧を測って、紙にその結果の数字を書き込んでいた。

「今日の検査の結果が出るのに、一週間ぐらいかかるんだ。待たせてごめんねえ。」

「いえいえ、大丈夫です。まだ夏休みですし。」

一週間もこんな退屈で寝転んでいるだけの生活を送らなきゃいけないのかぁ。嫌だなぁ。暇だなぁ。

「アレ?東雲さん、大学生なの?」

「そうなんですよ。芸術大学に通っていて、今大学一年生です。」

「へえ。芸術大学かぁ。何か僕の学生時代も思い出すなぁ。じゃあ、また明日の朝も、検温と血圧計りに来るからね。」

その男性の看護師さんは、私の病室へ出て行った。

 やっぱり、病院食は味気がないなぁ。色んな病気の人がいるから、その人達の健康を考えて敢えてこんな味なんだろうけど。

こういうのずっと食べていたらまた痩せちゃうよね。少し痩せても気にしないけど…。それに、私、背が高いから多少痩せったって見た目に変動が出るわけでもないし。

それにしても、一週間もこんな生活かぁ。一週間も彩華ちゃん達が生き延びたかどうか、不安になりながら生活しなきゃいけないのかぁって、がっかりした。

 体もあんまり動けないし、お風呂も入れないし、ベッドの上で寝転ぶしかできなくて退屈だったから、今日の検査の後、いきなり話しかけてきた女性との会話を思い出していた。

童子村かぁ。どうしてこんなに記憶が曖昧なんだろう。

でも、少しだけその時に動いたであろう感情とかは、残っているのに。どうして怖く感じたのかとか、鬼のこととか妖怪のことすら思い出せなかった。あと、どうやって、この村から出て行けたかとか。

お父さんとお母さんが行方不明届を出したから、警察の人達と話さなきゃいけないのに、どうやって証言しようか悩む。

あ!私の精密検査の結果も警察の人達に知られるのかなぁ。恥ずかしいなぁ。体重、知られたくないなぁ。

 右の首筋にできていた歯形の傷跡も段々薄くなっていることに気が付いた。

お風呂も入れないから、毎晩ドライシャンプーと濡れタオルで体をキレイにしているし、私の病室には洗面台とトイレがついてあったから、毎食後、歯磨きとフロストはできるけど、やはり体臭が気になった。

今まで検温と血圧を測りに来てくれた看護師さんたちの顔の表情は変わったことないし、大丈夫だろうと、思い込みをすることに私は決めた。


 今日は疲れたし、明日は病室から一日中出ないで寝ようと思って、今日のことを思い出しながら、すべての電気機器を消してから、私は眠りについた。




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