童子村、滞在四日目。
昨日の夜は何もしなかったし、何もされなかった。
一つ目鬼は、私の体から背けるように、涙を流しながら寝てしまったからだ。
もしかして、これが鬼の成仏って言う現象なのかな。私は童子村から生き延びて帰れるのだろうか。
目を開けて一つ目鬼を見ると、何もその鬼の見た目等は変わっていなかった。でも、顔つきが柔らかくなったような気がする。
一つ目鬼はまだ寝ていてけど、寝返りを打って私にその体を向けた後、鬼は目を開けて起きた。
「おはよう。」
「うん。おはよう。」
え?あれ?何かこの一つ目鬼、少し全体的に小さくなってない?私と鬼の身長差が少し無くなったような気がする。
あと、若干顔つきと口調も変わっているような気が…
私は、突拍子もなくこんなことを言ってみたら、そんな反応するのだろうかと思い、可愛らしい感情を言い現わしてみようと、先日までとはまた変わった雰囲気の一つ目鬼に、話しかけてみた。
「このまま、何も起こらずに私が童子村から出て行くことになったら、私、寂しくなるかも。」
一つ目鬼は、驚いた顔をした後、突然、その鬼の体が光って、その一つ目鬼自身も動揺して鬼は自分のを見つめていた様子だった。
そして、頭を抱えながら苦しそうにもがきながら、一つ目鬼の体が段々砂となって散っていく。
鬼が死んでいる様子を見ているのかと思って、私は声が出ないまま口を開けて驚いたけど、鬼の体がすべて砂となって散り去った後、上下無地の黒の長袖の服と長ズボンを着た、鵜飼椿と思われる青年が目を閉じたまま私の目の前に現れて、私の体に寄りかかるように彼は倒れた。
これが、あの一つ目の鬼の本性なの…?
私は一生懸命体勢を変えて、鬼から出てきた美青年に膝枕をして寝かした。
青年が目を覚まし、私を見上げる。私は、彼を見下げて口角を上げて少し微笑んだように挨拶をした。
「おはようございます。」
青年は顔と耳を少し赤らめながら、「おはよう」と私に挨拶し返して、膝枕の体勢を維持したまま、私に語りかけた。
「有紗ちゃんだっけ…?ありがとうね。久しぶりだよ。こんな気持ち。爽やかな気持ちなんだけど、穏やか気持ちだよ。」
「どういたしまして。あの、他の男性の魂はどうなったの…?」
「恨み辛みに固執している魂はまた怨霊や妖怪になって、有紗ちゃんの言動によって許せる気持ちになったり嬉しくなったりした魂は、成仏して、本来いるべき場所に戻っただけだよ。」
彼はそう言って手を伸ばして、私の頬を撫でた。
「僕を助けてくれてありがとう。」
優しそうな微笑みが印象的だった。そして、鵜飼椿と思われる青年は、寂しく悲しそうな表情をした。
「ごめんね。巻き込んで。有紗ちゃん、そろそろ童子村から出ないと君は死んでしまう。僕が案内するし、その前に有紗ちゃんの服を蔵から持ってくるから、待っていてね。」
彼はそう言い、起き上がって歩いてふすまを開けて、今私がいる部屋から出て行った。
一つ目鬼の体から出てきた青年が部屋の外へ出て、私の服を私に返す為に持ってきてくれた。
「ありがとうございます。あのー、鵜飼椿さんでよろしかったでしょうか?」
私は一言お礼を言って改めて、あの一つ目鬼だった美青年が若くして死んだ画家の鵜飼椿なのかと確認した。もしかしたら違う人かもしれないし。
「そうだよ。改めて初めまして、有紗ちゃん。でも、もうサヨナラを言わなきゃ。」
どうしてこんな人が、と改めて思う。
「後ろ髪を引かれる気分。私、もっと貴方のことを知りたかったのに。」
「何かごめんね。」
「ううん。こちらこそ、鵜飼さんのことをもっと早く知れていたら、何かが変わっていたかもしれないのに。」
私が謝り返すと、鵜飼さんは切なそうな微笑みを私に向けて頭を撫でてきた。
「あの子も僕も、もっと人を信じられて頼れていればよかったのかな。」
この一言は、これからもこの世を生きる者としての私に対する、人生のアドバイスかと思って、黙ってその言葉を飲み込むかのうように何も言わないでいたら、私は鵜飼さんに頭を撫でられていた。
頭を撫でられたのは、いつぶりだろうか。
私は着ていた白い浴衣を脱いで、童子村に入った時の服に着替えた。
私は、鵜飼さんに歩きながら手を繋いでもらい、童子村の神社の本殿から外に出た。
童子村の景色は、初めて入ってきた時のあの恐ろしくも禍々しい雰囲気で、空も真っ暗だったのに、今では妖怪もおらず、色んな花が咲いていて、神社の建物もあって、空も虹が出ていて、まるで雨上がりの晴れた天気のようだった。
童子村に入ってきた時にみた、ヒイラギとヒサギとエノキとツバキと思われる木も、敷地内にあることも見られるようになっていた。
私たちは歩きながらも、童子村の鳥居に着くまでいろんな話をしていた。
「ねえ、どうして、鵜飼さんは童子村に行ったの?」
「行ったというか、導かれたから行ってしまったって感じかな。怨霊たちの圧力と威力に負けたというか。あと、怨霊達の鬼になってまでこの世の者を復讐したいという願望に飲み込まれてしまった。」
鵜飼さんは苦笑いしながら、童子村のことをわかる範囲で教えてくれた。
「あの、十五年前の鬼になってしまった男の子の魂はどうなってしまったの?本当に成仏したの?」
「残念だけど、成仏していないと思う。当時十五歳だった皆喜多美鶴さんが一時的に彼の心を救ったけれど、その後、皆喜多美鶴さんがものすごく辛い思いで生きているのを僕も魂となってから見たし、この世に恨みが残っているから、怨霊として未だに彷徨っていると思う。僕も皆喜多美鶴さんを助けたいけど、僕の魂だけでは限界があるし、僕には助けなきゃいけない人がすでにいるから。」
「どうしたら、助けられるかな…?」
私は首をかしげて、鵜飼さんの顔を覗き込んで聞いてみた。
「すべての鬼になった魂や鬼になり損ねた怨霊、鬼の一部となってまた戻ってきた怨霊や妖怪を、一人の人間だけが助けられるのに限界があるから、そんな無理してまで助けようとしなくて良いよ。有紗ちゃん。有紗ちゃんはおもいやりがあって優しい子だね。」
「私、おもいやりもないし優しくないよ。それに本当は他人にそこまで興味なくて自分のやりたいことしか興味なかったから。私自身が悲しいって思ってしまったから、助けたいって思っただけで、別に普段から思いやる心も人に優しくする心もあるわけじゃないよ。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
鵜飼さんが、優しく私を見て微笑んでいると、童子村に入った時にあった朱色の大きい鳥居に着いた。
「さて、ここでお別れだ。有紗ちゃん、ごめんね。そしてありがとう。何か思い残すことってない?」
「私はとくに、鵜飼さんのことをもっと知りたかったことぐらいしか心残りはないよ。鵜飼さんは?」
「あー、僕は、僕が好きだった子のことが気がかりかな。でも、あの子がもし未だに生霊として彷徨っているならば、導いて君たちがいる、この世と呼ばれる場所に連れ戻しに行けるように頑張るよ。」
「そうか。私、鵜飼さんを知れて、鵜飼さんが生前、一生懸命生きていたことを知って、良かったよ。」
「僕も、あの子のような女の子がまだいると知れて良かった。」
それが、私が鵜飼さんにかけた最後の言葉に、鵜飼さんが私に返した言葉だった。そして、鵜飼さんは立ち止まり、私は、鳥居の外へ歩いて出た。
寂しくて後ろを振りかえろうとしたけれど、それをしたら絶対に後悔すると思ったので、後ろを振り返らないように涙を流しながら鳥居の外へ一歩足を出し、自分の足で歩いて一人で童子村の外へ出た。
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