童子村、滞在三日目。
一つ目鬼が起きる前、私は一足先に起きて昨日この部屋で見つけた本を取りに行って、布団の中で、十五年前の童子村の事件の鬼が綴っていたであろう本に見える日記帳を読んでいた。
「皆喜多美鶴さんが僕の為に祈ってくれたから、僕の魂は鬼の体からはじき出された。僕の為に祈ってくれる人なんて初めて見た。嬉しい。どうして僕は耐えられなかったのだろう。生き返って彼女に会いたい。」
この十五年前の鬼は、あの一つ目鬼の話し方と違って何故か幼い少年のような語り口で驚いた。
朝から少し、気分が悪いものを読んでしまった。
十五年前の鬼であった少年の魂が生前に起ったことまとめられていた日記みたいな本だったけど、これは、いじめの域じゃなくて暴行と殺人事件の域に入るだろうと、怒りを感じながら、十五年前の鬼が綴ったものを読んでいた。
皆喜多美鶴さんに祈られただけで嬉しくなったとは、この鬼になった少年の生涯はどうだったんだろうか、もっと両方とも幸せにできる方法はないのかと、涙ぐみながらこの少年のことを考えていたら、一つ目鬼が目を覚ました。
せっかくなので一つ目鬼にこの少年の魂のことを聞いてみる。
「おはようございます。」
「あぁ。」
「あの、十五年前の鬼の主格となった男の子の魂って本当に成仏したのでしょうか?」
「成仏したはずだが、人間がいる物質世界に対する恨み辛みが強くて、悪影響を与えてしまっている場合もあるな。」
「そうですか…。」
私は少し切なくなった。理不尽と言うか。悪影響って、もしかして皆喜多美鶴さんが偏見や差別で生涯悩み続けるってことなのか。ネットで得た情報だから本当は、皆喜多美鶴さんはピンピンして生きているかもしれないけど、このネットの情報が事実ならば、後味が悪く誰も幸せになっていないというか。悲しくて、寂しいという気持ちになった。
でも、先に自分が生き残れるか、目の前の鬼の主格となる魂が成仏できるか優先しないと、今の私には諦めなければならなかった。
一昨日と昨日と一つ目鬼の言動を思い出していた。思い出して気づいたことだけど、あの一つ目の鬼、愛情とかそういう感情をどんどん思い出しているのかな。口調や言っていることはかなり偉そうで上から目線なんだけど。
一つ目鬼は、布団を片付けるためにふすまを開けて歩いて外へ出た。
童子村に彷徨ってあと何日以内に村の外へ出ないと変死体となって出るんだっけ。
時間の猶予がないなぁ。一週間だっけ。なんとかしないと。
また、一つ目鬼をどう成仏させるか頭の中でグルグル考えていた。
あぁ、そう言えば、もう鬼の主格の魂は、あの画家だってわかっている。画家関連のことや芸術大学のこと、あとは生前好きだった女の子のことを質問すれば良いのかと閃いた。
鬼が戻ってきて部屋に入ってきた。
「あの、すみません、昨日話していたことを知りたいのですが、もっと聞かせて欲しいです。」
「昨日の話とはなんだ?」
「貴方の主格の魂のことです。画家だったとか、自分の好みじゃない外見の女の子に恋をしていたとか。」
「あまり詳しくは、我は覚えていない。我の場合、体は主格の魂の生前と同じ体だが、我の人格自体は、悲惨な死に方をした人間の雄の魂の寄せ集めである。だが、貴様と関わっていくことで、その怨霊となった魂は成仏していっているがな」
「そうですか。話していたら思い出すって、昨日言っていたじゃないですか。私と恋愛の話をしませんか。」
「恋愛の話?あぁ、よくわからないし、我は別に成仏せんでも困らぬが、付き合ってやろうぞ。人間の雌の戯けを。」
一つ目鬼は呆れながら私の顔を見ていた。まるで呆れて子供の相手をしている近所のお兄さんみたいな表情で。
「画家ってことは、誰かをモデルにして何か絵を描いていたんですか?」
「そうだな。色んな絵を描いていた。そしていつも一人でいる可愛らしい人間の雌に惹かれていた。一人でいるから、なんとなく危うい。そしてその人間の雌はいつも色んな人間から軽んじられていた。我の主格となった魂は若くして画家として生計を立てていたが、それだけじゃ良くないと思ったので、想像力を養う為に芸術大学へ入学したんだ。」
「え?私も今、芸術大学で、特殊造形を専攻に特殊メイクを学んでいます。」
一つ目鬼と意外な、芸術大学に入学していたという、共通点を聞き出せて、私は嬉しかった。もしかしたら、これがヒントになるかもしれない。
「その人間の雌が、運命の女性だと感じ取っていたが、我は諦めなければならなかった。当時、彼女は別の人間の雄に好意を持っていたからな。」
「ちなみに死因は失恋による自殺とか…ですか?」
「それも一因であって、それだけが原因ではない。」
あ、自殺で死んじゃったんだ。そのイケメンの画家は。
「生い立ちが複雑でな。一応、母親と絶縁したのだが、我の主格の魂が生前、若くして売れてしまったが為に金目当てで集るようになり、元々、他の人間の雄と結婚して離婚して、家庭の事情も複雑で、抑圧していた幼少期から抱えていた心の闇とも向き合わなければならなかった。それと売れなくなってしまったらどうしようと言う不安の圧も、かなり強くてな。描いた絵を売る為に、良い人であろうとも強迫的だった。」
「そうですか。貴方はそれでも、弱音も吐かずに頑張ってきたんですか?」
「あぁ、そうだな。」
気まずい雰囲気だ。と、とりあえず、慰めれば良いのかな?
「弱音も吐かずに頑張ってきたんですね。すごいですね。その好きな女の子のことは、もう気になっていないのですか?」
「今も気にかけている。この青年が主格の魂として鬼になる前、彼女の夢に出て、実は彼女のことが生前好きだったと告げに挨拶をしにいった数か月後、また彼女の様子を見にいったら、飛び降りで自殺を試みたようだが、その後、彼女は昏睡状態となった。今も病院にいる。そして生霊となって彷徨っているか、この鬼の状態である我ではわからぬ。」
好きだった女の子が気がかりなんだ…。
「えーと、ごめんなさい。気持ちはわからないこともないですが生意気なことを言ってしまいますが、もっと自分のことを優先した方が良いんじゃないでしょうか。今は鬼とはいえ、元は人間で、人間はそこまで強くないですし、自分を死ぬまで蔑ろにしてまで他人の心配や尽くす必要はないと思いますよ。」
そう自分の思いを告げた後、一つ目鬼は驚いた顔して、
「生前の我がそんな人間に見えるのか?」
と聞いてきた。
「えぇ。それに少しぐらい心の中だけでも他人に八つ当たりしたり、ちょっと人に対して自分を追い込まない為に、好き嫌いをつけたりしても良かったと思いますよ。」
一つ目鬼は、私から顔を背けるようにこの部屋の窓を見ていた。
よく見ると、鬼から一筋の涙が流れている。
「もっと、他人を頼れば良かったと後悔している。そして、あの子に対して、守ってあげたいとか労わってあげるという感情だけじゃなくて、あの子に弱音を吐いてみれば良かったと後悔している。」
アレ?一つ目鬼の口調が変わった…?
「実は、童子村へ行く前、童子村のことや鬼と妖怪のことを図書館に寄って調べていた時、鵜飼椿さん、貴方の絵画を個展として開くという、お知らせのポスターを見かけました。貴方のことを今でも思って、貴方の意思を受け継ごうとして奮闘している人達もいます。」
「そうか。」
一つ目鬼は私の目を一切合わせず、静かに起き上がって歩いて、ふすまを開けて外へ出ていってしまった。
こんなに愛されていたのに、どうして誰にも相談できなかったのだろうか。
どうして童子村の鬼になってしまったのだろう?
こんなに世の中は不条理なのかなって、少し私は生きる気力が無くなってしまった。
憂鬱な気分になったので、私は少し床に寝転ぶ。
そして、そのまま、私はいつの間にか眠りに落ちてしまった。
あの背が低くて前髪があってボブのショートヘアの女の子は誰なんだろうか。その子は別の方向に目線を向けて、微笑んでいる。微笑んだ彼女の口元には小さなえくぼが出来ていた。これはあの、一つ目鬼の記憶なんだろうか。
あの子は、今、どうしているのだろう。
目が覚めると私は布団の上にいて、一つ目鬼が隣で寝転んで寝ていた。一昨日と昨日感じていた鬼や妖怪、童子村に対する恐怖も無くなってきている。このまま家に帰れないまま、こうやってこれからも鬼と過ごすことになるのだろうか。
また鬼の顔をまじまじと見つめ、彼の輪郭、鼻、頬、唇、やっぱり人間そのものだなぁ、角と尖がっている耳の感触も人間のものと同じだと思いつつ、鬼の顔を触っていたら、一つ目鬼が起きてしまい、私は彼を起こしてしまった。
「何だ?また我の体を触っているのか。なぜそれほど我の体に興味があるのだ?貴様は、欲求不満なのか?それとも、人間の雌には発情期でもあるのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!人間の体にそっくりで興味が沸いて…あ、布団のこと、ありがとうございました。わざわざ私の体を運んで布団の上に寝かせて頂いて。」
相変わらず、無神経なことをズバズバと指摘してくる。
「人間の体とそっくりだけど、違うところもあって。人間とは確実に違う存在なのに。」
私は一つ目鬼の一つしかない瞳を見つめながら首をかしげて、伝えた。
「全然違うように見えて実は似ている場合もあると、我は思うぞ。」
「だから、今まで好きになった女の子と違う女の子を好きになったの?」
一つ目鬼はハッと何かを思い出したかのように、より目を開けて丸くしていた。
「ねえ、どうして私を食べなかったの?」
「貴様が他の人間と違って、我に積極的に、知的好奇心だけで近づいてきたからだ。他の人間は邪な気持ち、嘲笑目的やおこぼれをもらう為、我を使って周りに努力しないで我の手柄を横取りするように自慢する為だけに、我に近づいてきた人間じゃなかった。」
「生前、好きだった女の子と私、同じタイプの人間だったってこと?」
私が一言さりげなく質問した直後、一つ目鬼は大粒の涙を流し始め、私を見つめて独り言を言った。
「俗世に惑わされない処女(おとめ)よ。」
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