第6話 少尉の話 1

◇◇◇◇


「この、きらきらしたものも、食べられるのかな?」


 ショーケースに額を押しつけそうなほど見つめていた青年は顔を上げ、ソフィアに尋ねた。


「もちろんです」

 ソフィアは頷き、微笑んだ。


 青年が見つめていたのは、ブラウニーだ。


 バー状に切り出され、箱に5つ、並んでいる。ひとつひとつ、綺麗な紙レースに包まれており、繊細な紙細工の花が商品に添えられている。その紙細工だけでも、十分女子ウケしそうだ。


「きらきらしているのは、岩塩のトッピングです。美しいばかりでなく、食べたときのアクセントにもなります」

 ソフィアの説明に青年は納得し、それから上半身をすっくと伸ばした。


「では、これを……。そうだな。ふたつ、あるかい?」

 青年は言いながら、こつこつとショーケースを指先で叩く。


「ございます」


 応じて、ジョイスティックを操作する。

 座面をくるりと背後に回した。棚から同じ商品を見つけ出し、腕を伸ばす。少し高い位置にあるようだ。ソフィアは精一杯右手を伸ばした。


「大丈夫か?」

 心配げな声が背中から聞こえ、ソフィアは笑みを浮かべて首だけねじる。


「ありがとうございます。大丈夫です」


 ソフィアは左手でいすの肘掛けを掴み、ぐいと上半身を浮かせて右手をさらに伸ばした。ブラウニーの箱詰めをなんなく掴むと、再び座面を回して青年に向かい合う。


「ラッピングを宜しく頼むよ。なるだけ、可愛らしく」


 青年が身分証をショーケースに滑らす。

 ちらりと見遣ると、階級は少尉だ。


 なるほど、士官学校を出たてのまだまだ新米さんだったらしい。どうりで、他の飛行兵とは違って制服に新しさが残っているはずだ。


「かしこまりました」


ソフィアは返事をし、右腕に取り付けたホルスターから読み取り器を引き出した。素早く身分証の上にかざし、決済を処理する。


「こちらも……。その」

 ソフィアはショーケースからも商品を取り出しながら首を傾げた。


持衰じさい、さん、へのお礼でしょうか?」


 なんとなく、持衰、と呼び捨てにすることははばかられ、思わず「さん」づけをしたが、青年少尉は特に違和感を覚えなかったらしい。


「そうだ」

 どこか、重々しく頷いた。


「少尉さんも、その……」

 ソフィアはラッピング用紙をショーケースの上に広げ、ちらりと上目遣いに見る。


「なにか、あったんでしょうか」


 今日のラッピングは『箱物』だから簡単だ。包装紙で包んだ後、フレンチボウに結んだリボンを結わえよう。


「あった」

 青年少尉は厳かに告げる。


 なんだろう。とてもきまじめなその様子に、ソフィアは思わず頬が緩みかける。

 一生懸命威厳をつけようとしているのだが、その思惑自体が透けて見えて、随分と可愛らしい。


 だが、そんなことを悟られることほど恥ずかしいことはないだろう。慌てて表情をひきしめたソフィアに、青年少尉は、ほう、と息を吐いた。


「とんでもない目にあったんだ……」


 聞いてくれるかい、と彼は眉根を寄せた。





 少尉は、その個室を見たとき、なにか嫌な予感がしたのだそうだ。


 その気持ちを言語化するのは大変難しい。

 イグアナを見たときのようだ、といっても、きっとイグアナが死ぬほど苦手でなければ、この気持ちは伝わらないだろう。あの、ごつごつした皮膚の重なりや、湿気た瞳と目があったときの怖気とか。時折見せる、二股の舌とか。


 生物でありながら、無機質な艶めきをもったあの、薄ら寒さ。


 それに似ているのだが、どう表現したら良いのか、少尉にはわからない。


 とにかく。

 見た途端、背筋に寒気が起ったことは確かだ。


 居心地が悪い、というか、この場にいたくない気持ち、というか。

 無理矢理にひとことで表現すると、それは「嫌な予感」としか言いようがない。


「どうかしましたか」

 部屋に案内をしてくれた下士官は、いつまで経っても入ってこない少尉に声をかけた。


「ああ、いえ……」

 少尉は慌てて首を横に振る。


 怖じけている、などと思われるのは絶対に避けなければ、と咄嗟に気を引き締めた。


 見たところ、部屋に案内してくれた下士官は自分よりも随分年上の飛行兵だ。だが、襟についた徽章を見る限り、階級は下。そんな部下の前で、「この部屋、なんだか気味が悪いですね」などと言えるはずが無い。


「ここを、ひとりで使えるなんて、と思って」

 即座に頭を巡らせ、少尉は下士官にそう言った。


「贅沢だな」

 荷物を入れた軍指定バックの持ち手を改めて握り直し、強引に笑みを作ってみせる。下士官は、応じるように陽気に笑った。


「本当に。少尉殿は幸運です」

 下士官の言う通りだ。


 少尉は、今回、戦闘機の飛行実践のために『白童丸』号に乗船を命じられた。


 宇宙艦勤務自体は士官学校を卒業後、すぐに別の補給艦で体験をしている。というより、この『白童丸』号での体験が済めば、またその補給艦に戻る予定だ。


 自分にとってはこの『白童丸』は、我が家ではない。


 あくまで「体験のためにやってきた間借り家」にすぎなかった。今回は経験を積むための乗船だ。長居するつもりは無い。


 その艦には。

 自分と同室になれる士官がいなかったらしい。


 本来は2人で使用する部屋を、今回の派遣期間に限っては、ひとりで使用することになりそうだ。


「そう、ですね」

 少尉は頬にこわばりを残したまま、「幸運だ」と頷き、部屋に入った。

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