第240話「私も、もっと強い相手と戦いたい。最高顧問がドラゴンを討伐したみたいに」

俺は所属登録証を魔導感知器へかざし、正門を開けた。


革兜につけた魔導灯が、辺りを照らす。


夜目が利く俺には分かる。


風景は変わらない。

遠くに山々があり、正面には、山中を水源とする浅い川が流れていて、川の周囲は絶好の採集、採掘ポイントとなっている。


雨が降り、水量が増えると山から、いろいろな鉱石が流され、川底や周囲の河原に残るのだ。


そんな風景を懐かしむ暇もなく、俺は魔獣ケルベロスとともに猛ダッシュ。


索敵……魔力感知で捉えたエヴラールさんの下へ、急ぐ。


居る場所がはっきり分かっているから、真っすぐ一直線だ。


ああ、居た!


エヴラールさんだ!


闇の中、ただひとり、剣を持ち立っていた。


やったあ!

無事だった!


どうやら……大きなけがもないみたいだ。


安堵した。

ほっとした。


よし!

と心の中でガッツポーズ。


これで、俺を頼って来たクロエさんに報いる事が出来る。

エヴラールさんの無事な帰還を喜ぶ、

嬉しそうなクロエさんの笑顔を思い浮かべ、俺の心は温かくなる。


剣を持ち立つ、エヴラールさんの周囲には、オーガ、オーガ、オーガ、オーガ……

累累るいるいと横たわるオーガどもの死屍ししがあった。


ざっくりと見ても、死屍ししの数は100体をくだらない

エヴラールさんが「ばっさばっさ」と、斬り捨てたのだろう。

さすがはランクAの剣聖だ。


こちらへ背を向けるエヴラールさんは遠くから分かるくらい、肩で息をしている。


相当疲れたようだ。


索敵……魔力感知に他の敵の反応はない。


声をかけても、大丈夫だ。


「おお~いっ、エヴラールさあん!!」


オーガどもを倒すのに夢中になっていたに違いない。

魔導灯に照らされても、エヴラールさんは、気づいてはいなかった。


俺が声をかけると、エヴラールさんは「誰だ!!??」というように、

「びくっ」と驚き、ハッとして振り返る。


しかし、ケルベロスを連れた俺をすぐ認識出来たようだ。


「お、おおおっ!!?? ロ、ロ、ロ、ロイク顧問!? いえ!! 最高顧問!! ど、ど、どうして!? こ、こちらへ!?


いきなり現れた俺を見て、戸惑うエヴラールさん。

わけが分からないという感じで、すっごく嚙んでいた。


なので、俺は単刀直入に言う。


「はい、秘書のクロエさんに頼まれて来たんですよ」


「ク、クロエに!? た、頼まれたあ!?」


「はい! 無事で安心しました。エヴラールさんの帰還予定日がだいぶ過ぎて、心配していましたから、俺が迎えに来ました」


「ええええ!? 自分の帰還予定日がだいぶ過ぎていたあ!? あ、ああ! そ、そうかああ!!」


俺に言われ、改めて気づくエヴラールさん。


「はい、今、そっちへ行って大丈夫ですか?」


「あ、ああ……大丈夫です。出現したオーガは全て、倒しました」


「分かりました。それと安心してください。こいつは俺の使い魔です」


俺がそう言えば、傍らに居るケルベロスから、俺は使い魔じゃねえ!という意思の念話が伝わって来る。


苦笑し、念話でケルベロスへ謝った俺は、

エヴラールさんが居る場所へ歩いて行ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


……30分後。


俺とエヴラールさんは、石造りで簡素だが丈夫なロッジに居た。

既述したが、ここが、トレゾール公地の宿泊場所。

採集、採掘者の安全地帯となっている。


周囲を破邪の魔法でガードしてあり、オーガ以下、中位以下の魔物は入って来れない構造となっている。


ケルベルスは表で番というか、見張り役を務める。


まずは回復を!

という事で、俺はその場で、まずエヴラールさんへ、

次に俺自身、ケルベロスの順番に回復魔法をかけてから、ロッジへ来たのだ。


エヴラールさんは、小刻みに仮眠を取りながら戦っていたという。

俺の回復魔法で、だるいと言っていた体調も復活。

万全となったようだ。


道すがら話したから、これまでの経緯を知り、

エヴラールさんは素直に、深く頭を下げ、謝罪する。


「修行につい夢中となり過ぎて、思い切りスケジュールを失念しました。クロエに心配をかけた上、最高顧問にまでご足労頂き、恐縮です。申し訳ありませんでした」


改めて補足しよう。


エヴラール・バシュレさんはランクAの魔法剣士で、

ふたつの属性魔法を使いこなす複数属性魔法使用者マルチプル


剣聖とうたわれるくらい剣技も凄い。

また、普段クールな割に義理と人情に厚い。


と思えば、とんでもなく負けず嫌いで、

このように少し、おっちょこちょいなところもある。


ロッジ内には、エヴラールさんの荷物他、残り少なくなった食料品、水、

回復ポーション等が置いてあった。


でも、採集すべき、金他、鉱石類はちょっとだけ、殆どなかった。


やはりと俺は思った。


今回エヴラールさんは、トレゾール公地の依頼を受け、

金、宝石の採集はほんのついで。

出現する魔物どもと戦い、倒し、腕を磨く目的で来たようだ。


トレゾール公地のことわりを、冒険者ギルドサブマスターたるエヴラールさんは当然、知っている。


自分の現レベルに合わせ、敵となる魔物が出る事を。

なので、大いに悔しかったらしい。


「仕方ありません。これで引き上げますが……悔しいですよ、最高顧問。……残念ながら、さっきのようにオーガしか出て来ないのです。私も、もっと強い相手と戦いたい。最高顧問がドラゴンを討伐したみたいにです」


「まあ、いずれ、チャンスは来ると思います。一緒に王都へ戻りましょう」


と慰める俺であったが……


その時!


ケルベロスから、念話で連絡が入った。


あるじ! 敵襲だ! またもドラゴンが10体出たぞ!』


俺も、もっと強い相手と戦いたい。最高顧問がドラゴンを討伐したみたいに。


一念いちねん岩をも通す。


エヴラールさんの希望は、土壇場で叶ったのである。

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