第238話「状況が分からないのに、軽々しく、「絶対に助けます」とか、確約するのは危険だ」

「さ、最高顧問の退勤時間間際に、……誠に申し訳ございません」


サブマスター、エヴラール・バシュレさんの秘書、クロエ・オリオルさんは、

肩を落とし、力なくそう言った。


何かがあった。

それは間違いない。


まずは、話を聞こう。


俺はクロエさんへ、尋ねる。


「一体、どうしたんですか?」


「は、はい。……実は、バシュレ、サブマスターが、帰還予定日を過ぎても戻らないのです。連絡も一切ありません」


「帰還予定日を過ぎても戻らない? 連絡も一切ない? どういう事でしょうか? クロエさん、詳しく話して頂けますか?」


「は、はい……以前、最高顧問へ、お話ししましたよね? バシュレ、サブマスターが最高顧問へ対抗心を持ち、修行へ出たと」


「はい、お聞きしましたね」


「その後、大破壊発生の連絡とともに、バシュレ、サブマスターを含めランカーの方々へ出撃命令がくだりました。しかし……」


この物語をお読みの方はご存じだろう。


グレゴワール様から「緊急事態だ!」と、大破壊の発生を知らされた俺は、

「王国の危機だ。騎士隊と王国軍が、都合3万名出動するが、王国執行官たるロイク君にも出撃して貰う」と、フレデリク・バシュラール将軍率いる連合軍の先駆けを命じられた。


徹夜で、隣国イークレス王国国境までの街道約1,000kmを駆けた俺は、

オーガ5千体強に攻められるボドワン・ブルデュー辺境伯の苦境を見過ごせず、突撃。オーガを討ち果たした。


結果、連合軍、そして召集がかかったランカー冒険者の出撃はとりやめとなった。


俺が単独で、オーガ5千体を討伐した事を聞いたエヴラールさんは、

えらくライバル意識を燃やしていたという。


そして、


「よし! 俺だって、修行の成果を見せてやる!」


と、俺がオーガを討伐し、出撃中止命令が出た直後、

エヴラールさんは、クロエさん他の制止を振り切り、

トレゾール公地へ出発してしまったらしい。


そして日にちが経ち、昨日帰還の予定が、3日も過ぎているというのだ。


成る程。


事情は良く分かった。


エヴラールさんは、冷静沈着だが、大変な負けず嫌いでもある。


多分、ギルドランク判定試験の模擬試合で、俺に負けた事が尾を引いて、

熱くなっているのだろう。


で、あれば責任の一端は俺にある。


だから俺は、即座に決めた。

トレゾール公地へ出撃しようと。


「分かりました。俺もトレゾール公地へ行って来ます」


アレクサンドル陛下とグレゴワール様の確認待ちだが、トレゾール公地は、

俺ロイク・アルシェ伯爵の領地となる。


そんな兼ね合いもある。


俺の決断を聞き、


「さ、最高顧問!! あ、ありがとうございます!!」


とクロエさんは声を震わせた。


一方、秘書達……ウチの嫁ズだが、意外にも𠮟咤激励してくれたのは、

大破壊収束の際、一番おろおろして俺の事を心配してくれたシルヴェーヌさんである。


「ロイク様! エヴラール・バシュレ様は剣聖と称されるほどの剣の達人、我がファルコ王国にとって貴重な人材です。このまま放ってはおけません。ご尽力すべきですわ!」


そんなシルヴェーヌさんに煽られ?

シャルロットさん、そしてトリッシュさんも、俺の出撃を後押ししてくれたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


……ギルドマスターのテオドールさんは、ギルドマスター室に在室していた。


俺達5人で訪問。


クロエさんが事情を話し、俺と秘書達も同意したと伝えたら、

テオドールさんは、大いに心配をしていた。


そして、俺がトレゾール公地へ赴くと告げれば、他のサブマスター他、

ランカーも応援につけると言ったが、俺は断った。


何故なら、時間、手間もかかるし、俺がひとりで行った方が早い。


施錠されたトレゾール公地へ入れるよう、

俺が依頼を受ける形にしてほしいとだけ頼む。


快諾したテオドールさんは苦笑し、言う。


「ロイク最高顧問、申し訳ございません。世話をおかけします。本来なら私が自ら行き、ひっ捕まえて連れ戻すべきですが、俊足の最高顧問にご足労頂ければ、話が早い。今回はお言葉に甘えます」


「いえいえ」


「絶対に無理はしないでください。最悪……確認だけで結構です。もしも最高顧問に何かあったら、陛下やグレゴワール様、そして皆様に顔向け出来ませんからな」


「分かりました」


「エヴラールがロイク最高顧問に対抗心を燃やしている事は知っておりました。今回奴を連れ戻しましたら、マスター命令で、最高顧問直属の部下と致します。もし嫌だなどと言ったら、ギルドを永久追放にしてやります」


「いえいえ、そんな」


「まあ、冒険者は無鉄砲の権化のようなものです。無茶をして、どこで野垂死にしても不思議ではない。しかし、今回のエヴラールの行動は本当に短慮だ」


少ししかめっ面をしたテオドールさんはそう言うと、クロエさんへ向き直る。


「エヴラールに、もし万が一の事があっても、最高顧問を恨んではいかんぞ、クロエ君」


「は、はい! 当然です! 最高顧問にご足労、ご尽力頂くだけでありがたいです」


テオドールさんがフォローしてくれてありがたい。


トレゾール公地において、エヴラールさんがどのような状況に置かれているのか全く分からない。


状況が分からないのに、軽々しく、「絶対に助けます」とか、確約するのは危険だ。


だから、こう言うしかない。


「大破壊の時同様、今回も全力を尽くします。頑張りますよ」


「は、はい、何卒宜しくお願い致します」


優しいクロエさんを、こんなに心配させちゃあダメだろ! エヴラールさん!

と思いつつ、俺も大破壊収束の際、嫁ズ達を散々心配させた事を思い出す。


人の事は言えないな……頼むから、エヴラールさん、無事でいてくれよ。


願った俺は、秘書達と馬車でリヴァロル公爵家邸へ戻り、手早く支度をすると、

ジョルジエット様、アメリー様へも事情を説明し、何とか説得。


まだ王宮から戻らないグレゴワール様へ『伝言』を残し、

俺はトレゾール公地へ出発したのである。

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