第232話「何か言われたら、改めれば良い。 最初は礼儀正しく行こう」

……そうこうしているうち、目的地へ。

トリッシュさんの実家、居酒屋ビストロ邂逅亭かいこうていへ、到着した。


ちなみに、邂逅亭の場所は王都中央広場から少し離れた通りの角にある。


無骨な丸太を割った看板を掲げた路面店で、

石造り、木造りが混在した、店舗兼住宅の家屋である。


現在の時刻は午前11時過ぎ。


店舗前にリヴァロル公爵家の馬車を止めて貰い、全員降りる。

このまま駐車は出来ないので、御者さんには一旦、公爵邸へ戻って貰い、

再び午後1時に迎えに来て貰う事に。


……この後、午後2時のアポイントで、冒険者ギルドにおいて、

運営責任者の業務部イベント課のエリク・ベイロン課長に会う予定だ。


王立闘技場のトーナメント、ファルコ王国王家主催武術大会参加の打ち合わせをする為である。


本日、トリッシュさんのご両親は、邂逅亭の特製ランチでもてなしてくれるという。

6人で、楽しくわいわい会食しながら、懇親を深めるという趣旨だ。


俺がアラン・モーリアでプレイしていた頃は、邂逅亭かいこうていを利用した事はなかった。


だから行くのは初めて。


トリッシュさんから聞いた話では、

邂逅亭の料理は庶民が気軽に食べられるメニューで、料金もリーズナブルだとか。


今日のランチ会、俺と秘書は、本当に楽しみにしていた。

やはり一緒に食事を摂ると、心の距離が縮まる。


それに加え、楽しい雰囲気の中、プレッシャーを受けずに、

トリッシュさんのご両親へ、儀式を行えるのも嬉しい。


「パトリシアさんを、絶対幸せにします! 僕にください!」


ってね。


あ、念の為、パトリシアさんは、トリッシュさんの本名だ。

さすがにこういう時、結婚する彼女を愛称で呼ぶのはいかがなものかだろう。


さてさて!

馬車は去り、俺と秘書達は邂逅亭の出入り口前へ。


出入り口には大きな木札がかかっていた。


『本日ランチ貸し切り!』と記されている。


そう……俺達との会食の為、トリッシュさんのご両親が貸し切りにしてくれたのだ。


俺達4人の先頭を切って歩くのは、当然トリッシュさんである。


扉を開け、店内をのぞき、開口一番。


「パパあ、ママあ、たっだいまあ!」


声を張り上げ、店内へ手を振るトリッシュさん。


対して、


「あらあ! トリッシュ! 待っていたのよお! お帰りなさあい! 旦那様はあ? 皆さんもご一緒なのお?」


トリッシュさんによく似た声が、応えて来た。


すると、トリッシュさんも再び手を振りつつ応え、


「はあ~いっ! 一緒よ~っ!!」


と返事をし、にっこり微笑んだ。


「さあ! ロイク様! 姉達ねえたち! どうぞ! 私が育った家へ!」


トリッシュさんへいざなわれた俺達は、邂逅亭の店内へ入ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


……邂逅亭の店内は、結構な広さである。


普段は、メイド服姿の女子従業員が居るが、本日は夜勤担当のみで、姿は見えない。


現在居るのはトリッシュさんのご両親のみという事。


頑丈な板張りの床。

壁には、ファルコ王国の風景画が何枚も飾られていた。


年季の入った渋い円卓のテーブル席、バーカウンターの如く渋い木造のカウンター席を合わせると、100人少しが収容可能なキャパだとか。


ランチは勿論、夕方から夜半は大混雑するのだろうなあと想像出来る。


お母さんが、ニコニコして、こちらへ歩いて来た。

トリッシュさんが、40代の大人になったという感じで、結構な美人さんだ。


そして先ほど、トリッシュさんに応えたお母さんの声を聞きつけ、

身長180cm越え、筋骨隆々なお父さんも厨房から現れた。

50歳を過ぎたお父さんだが、元戦士だけあってごつい。

顔は強面だが、笑ってる。


むむむ、アメリー様同様、結婚を決めた彼女の両親と初めて会う時は、やはり緊張するなあ。


「は、初めまして!」


と、俺があいさつすると、お父さんが開いた右手をすっと突き出した。


ストップ。


あいさつは、こちらからするぞ、という意思表示であろう。


了解した俺が一礼すると、お父さんはにっこりし、あいさつする。


「ロイク様! 皆様! 初めまして、パトリシアの父ロジェ・ラクルテルでございます。いつもウチの娘がお世話になっております」


「ロイク様! 皆様! 初めまして、パトリシアの母リディアーヌでございます。

いつもウチの娘がお世話になっております」


トリッシュさんのご両親があいさつしたので、次は俺だ。


「初めまして! ロジェ・ラクルテル様! 初めまして! リディアーヌ・ラクルテル様! ロイク・アルシェと申します!」


平民ではあるが、目上で義両親になるおふたりである。


伯爵になりたての俺が威張るのはいかがなものか。


ここは爵位、役職は抜きで名乗ろう。


何か言われたら、改めれば良い。

最初は礼儀正しく行こう。


俺は、はきはきとあいさつし、再び一礼していたのである。

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