第224話「まるで速射砲のようにしゃべるサニエ子爵夫妻」

サニエ子爵家家令のラシェルさんは大きな声で返事をすると、

ゆっくりと特別客室の扉を開けた。


「どうぞ、お入りください。すぐにお茶をお持ちします。もしも御用があればお呼びくださいませ」


ラシェルさんは大きく一礼して、引き下がった。


どうやら中には入らないようだ。


「さあ! ロイク様! 入りましょう!」


にっこり笑ったアメリー様が、ぐいっと俺を引っ張り、特別客室の中へ。


「はい!」


覚悟を決めた俺もアメリー様と一緒に中へ。


ここで、アメリー様が「そっ」とささやいて来る。


「ロイク様、心配する事は全くございません。ウチの両親へ話は通してありますわ」


ウチの両親へ話を通してある?

どういう事だろう?


部屋の中には、ふたりの男女。

応接の長椅子に座っていたのを立ち上がったらしい、


ひとりは先日王立闘技場で会ったアメリー様のお父上アルセーヌ・サニエ子爵と、

もうひとりは初めて会うサニエ子爵の奥方……アメリー様のお母上、イザベル様だ。


サニエ子爵は相変わらず、メンズモデルのようなイケメンダンディ。

イザベル様はアメリー様似の端麗な顔立ちで栗色髪。

色白で清楚な良妻賢母って雰囲気だ。


アメリー様は、〇〇年後、こんな感じの奥様になるんだろうか?

……楽しみかも。


と少し浮き浮きした俺だが、サニエ子爵とイザベル様は俺をじ~っと凝視。

そして愛娘のアメリー様を見てにっこり。


ええっと、どういう事でしょう?

俺に対し、凄く好意的な波動は感じるけど。


まあ、良いや。

俺はいつも通り、元気よくあいさつしよう。


「改めまして! アルセーヌ・サニエ子爵様! 初めまして! イザベル・サニエ様! ロイク・アルシェです!」


対して、サニエ子爵夫妻は再び俺をまじまじと見た後、

俺にくっついたアメリー様を見て、開口一番。


「でかしたぞ、アメリー! 大当たりだ!」

「ええ! 本当に! 大当たりですわ!」


「でしょう! お父様! お母様!」


俺をよそに、盛り上がる親子3人。


大当たり?


何なんだ?


それに、あいさつしたのに、思い切りスルーされちまった。


でも、堅苦しい雰囲気よりは全然マシか。


ここで、とんとんとん! と扉がノックされた。


気配は……さっき使用人出迎えメンバーの中に居た若いメイドさんだ。


多分、家令のラシェルさんに命じられ、お茶を持って来たのだろう。


「失礼致します! お茶をお持ち致しました!」


対して、サニエ子爵が、


「ああ、ご苦労さん、入りなさい」


と言い、俺へ再び視線を向ける。


「先ほどは失礼した! 闘技場以来ですな、ロイク・アルシェ伯爵! いや! 改めまして! 婿殿! アメリーの父、アルセーヌ・サニエです」


「先ほどは失礼致しました! 初めまして! ロイク・アルシェ伯爵様! アメリーの母、イザベル・サニエでございます!」


「こちらこそ、何卒宜しくお願い致します」


俺はサニエ子爵夫妻へ一礼。


その間、メイドさんがお茶を淹れ……

俺達4人はようやく座って話をする事となったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


こういう場合、会った最初から、アメリーさんを、僕にください!

という、セリフにはならない。


前世でケン・アキヤマだった頃、既婚の先輩数人から『経験談』を聞いた事がある。


彼女の家へ行き、少しの間、彼女のご両親と世間話的な雑談をし、

話の内容が彼女との結婚の方向となってから、頃合いを見て、

おもむろに切り出す……というのが王道らしい。


しかし、そんな王道は、今回全く通用しなかった。


何故ならサニエ子爵夫妻が、主導権を握り、ず~っと、しゃべりっぱなしなのである。


それも凄く喜んでしゃべっているので、無理やり中断させるのは難しい。


アメリー様はにこにこして、ず~っと、くっついたままだし。


ウチの両親へ話を通してあるって、この事か?


「婿殿! 今更だが、ジョルジエット様と、ウチのアメリーを助けてくれたお礼を述べたい。本当に本当にありがとうございました。深く感謝致しますぞ」


「ロイク・アルシェ伯爵様! 私からもお礼を申し上げます! 本当に本当にありがとうございました。夫とともに深く感謝致しますわ!」


「いえいえ、とんでもない。当たり前の事をしただけで……」


「当たり前? 全然違いますぞ、婿殿! 言うは易く行うは難し、大勢の悪漢に絡まれる女子をたったひとりで助けるなど、容易に出来る事ではない! それがきっかけでオーガ5千体を倒し、大破壊を収束させた偉大な英雄を婿に迎えられるとは! 我がサニエ子爵家にとって大幸運! 喜ばしい限りですな!」


「ええ、ええ! ロイク・アルシェ伯爵様! 夫の言う通りですわ! 凶暴な悪漢どもを倒し、追い払った貴方様は、王国だけでなく、ウチのアメリーにとっても偉大な英雄、素晴らしい白馬の王子様ですわ!」


「おう、そうだな! イザベル! お前の言う通りだ! 王国だけでなく、ウチのアメリーにとっても偉大な英雄、白馬の王子だな」


「ええ、そうですわ、貴方!」


えええ!? 俺が偉大な英雄、白馬の王子って……

アメリー様、どういう話し方をしたんだ?


俺は、身を乗り出して話す笑顔のサニエ子爵夫妻に圧倒され、口ごもる。


「………………………………」


「婿殿! アメリーとともに次代のサニエ子爵家を支えてください! 何卒宜しくお願い致しますぞ!」


「ロイク・アルシェ伯爵様! サニエ子爵家を、どうぞお引き立てくださいませ! 何卒宜しくお願い致します!」


「………………………………」


「婿殿! グレゴワール閣下と、アメリーから全て聞き、承知しております! ウチのアメリーが幸せならば、正妻でなくとも構いません! 序列にはこだわりませんぞ!」


「ロイク・アルシェ伯爵様! アメリーをい~っぱい可愛がって頂ければ、第三夫人でも構いませんわ!」


「………………………………」


「婿殿! 男子が苦手だったウチのアメリーが、ここまで婿殿に惚れ込むとは! 娘には幸せになって欲しい父親としては、誠に喜ばしい限りですぞ!」


「ロイク・アルシェ伯爵様! アメリーは、めずらしく相思相愛で嫁ぐ事が出来ます! 政略結婚を覚悟した貴族の子の母親として! こんなに嬉しい事はありませんわ!」


「ああ、イザベル! その通りだ!」


「はい、貴方、見てくださいな、ふたりはあつあつですわ」


「ああ、そうだな! 良かった! 良かった!」


まるで速射砲のようにしゃべるサニエ子爵夫妻。

この後も延々と続いた。


……アメリーが卒業したらすぐ結婚とか、子供は何人欲しいとか、


確かにアメリー様の言う通り、話は通っていた。


ガンガンガンガン言われるが、好意的な話オンリーなので、全て拝聴。


結局は、最後の最後に、


アメリー様が、「ロイク様、今、ですわ」とまた俺にささやき……


「ア、アメリーさんを、僕にください!」


と俺はようやくサニエ子爵夫妻へ伝え、儀式は無事完遂したのである。

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