第194話「最初に会った時には、王国の『鬼宰相』と、 このような軽口を叩けるとは思っていなかった」

俺が起床し、話が出来るようであれば、伝えたい話がある。

シルヴェーヌさんは、グレゴワール様からそんな伝言を託された。


グレゴワール様は本館の専用書斎で待っているという。


シルヴェーヌさんへ、すぐ本館へ赴く旨を告げると、

秘書3人で同行するという。

但し、話は秘書抜き、グレゴワール様と『サシ』でという事。


「では、お支度が済みましたら、お声がけください」


と言い、シルヴェーヌさん以下、秘書3人は寝室から引き下がった。


ひとりきりとなった俺は、寝巻を脱ぎ、普段着のブリオーへ着替える。


予感がする。

グレゴワール様の話って、今後の俺の将来、立ち位置において、

重要な内容かもしれない。


しっかりと聞かなくては!


目覚めたばかりで、まだ少し頭がぼんやりするが、「寝ぼける」とかはない。


俺は両手で軽く、両頬をパン!と叩く。

気合が入ったところで、魔導ベルを押し、シルヴェーヌさん達秘書3人を呼ぶ。


ここで……

単に最寄りの本館へ行くだけなのに、秘書についていって貰う必要なんかないんじゃね? 

それも連れて行くだけなら、シルヴェーヌさん、ひとりで良いんじゃね?


と突っ込みがありそうだが、こういうのはいわゆる儀式。

そして、シャルロットさん、トリッシュさんも同行させる事で、

ないがしろにしてないよお、とアピールする。

こういう地道な公平さは結構大事だと俺は思うのだ。


さてさて!

という事で、俺と秘書3人は本館へ。


ちなみにジョルジエット様、アメリー様は、今日はロジエ女子学園に居る。

非常事態宣言中は、休校だったという事で、その分の補習授業があり、

授業終了はいつもより少し遅め。

で、まもなく帰って来るらしい。


本館では家令のセバスチャンさんに先導して貰い、グレゴワール様の専用書斎前へ。


セバスチャンさんが、扉を上品にノック。


とん! とん! とん! 


そして、


「ご主人様、ロイク・アルシェ様をお連れ致しました。秘書の方々もご一緒です」


と静かに言った。


ふと、初めてこの屋敷の本館へ来た時、ジョルジエット様が超乱暴にノックさせたのを思い出す。


……あの時はセバスチャンさん、ジョルジエット様にあおられ、


どがん! どがん! どがん! どがん! どがん! どがん! どがん!


拳で扉をガンガン叩いてたっけ。


「ばっかも~ん!! うるさいわあ!!」


と、グレゴワール様は、凄く怒ったら、


「お父様!! すぐ扉を開けなさい!! 開けないと1か月は口を聞かないわ!!」


とか、ジョルジエット様は平然と返していた……


今回はそんな事はなく、


「うむ、分かった。ではロイク君のみ、入室しなさい」


と、グレゴワール様は、穏やかに言葉を返して来たのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


俺のみ入室するように、とか。

グレゴワール様は、やはり俺とサシで話したいらしい。


秘書達は、本館にはとどまらず、別棟へ戻るようだ。


「では、ロイク様。私達は別棟で仕事に戻ります。打合せが終わったら、お呼びください。それから食事に致しましょう」


微笑むシルヴェーヌさんが言い一礼、

シャルロットさん、トリッシュさんも無言で一礼すると、

セバスチャンさんと一緒に去って行った。


俺も一礼して、遠ざかる4人を見送ると、軽くノックして、専用書斎の扉を開ける。


「ロイク・アルシェです。失礼致します」


ゆっくりと扉を開けると、俺は書斎内を見た。


グレゴワール様は執務机の椅子ではなく、

既に応接の長椅子に座っている。


改めて見やれば、グレゴワール様は、結構くつろいでいるようだ。

懸案事項が解決したっぽい、解放感に満ちあふれているかも。


俺を見て、満面の笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。


「おお、ロイク君。起きたんだな。良く眠れたかね?」


「はい、グレゴワール様。丸一日も。少し寝過ぎました」


「はははは、無理もない。徹夜で往復2,000㎞走り抜き、オーガ5千体を倒したのだ。君も生身の人間なんだぞ。1週間くらい眠っていてもおかしくはない」


「いえいえ、さすがに1週間は寝過ぎですよ」


「うむ、根が生えてしまうな」


ジョルジエット様、アメリー様を救った成り行きで、

最初に会った時には、王国の『鬼宰相』と、

このような軽口を叩けるとは思っていなかった。


「俺へ伝えたい話があると、シルヴェーヌさんからは聞きました」


「うむ! そうだ! ……まあ、座りたまえ」


「はい!」


グレゴワール様は、対面の長椅子に座るよう俺へ着席を勧め、自分も座った。


さあ、話が始まるぞ。


軽く息を吐いた俺は、拳をぎゅ!と握ったのである。

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