第175話「待っていてください、辺境伯。今、援軍に赴きます」
俺は、リヴァロル公爵邸へ戻り、必要なものを用意。
収納の腕輪へ放り込むと、笑顔の戻った秘書達に見送られ、出撃した。
グレゴワール様から渡された資料を読み込み、頭に叩き込んだのは勿論、
アラン・モーリアの知識もあるから、現場の地理には詳しい。
いつも王都の南とか北とか、各方面から出て出発するが、今度は東門。
ロイク・アルシェへ転生してから最も長距離を移動する。
東門を出て、隣国イークレス王国国境までの街道約1,000kmを踏破するのだ。
「おお、俊足あんちゃんじゃないか、どうした、こんな夕方なのに、今からお出かけかい? 気を付けて行けよ」
以前俺にあだ名をつけ、呼んだ門番さんがたまたま居て、
笑顔で、フレンドリーに送ってくれた。
まだオーガ5千体出現の、非常事態宣言は正式に発令されていない。
門番さんの耳へは、まだ入っていないのだ。
俺も何事もないように、笑顔で手を振りながら、
「はい、気を付けて、さくっと行ってきまっす」
と言い、東門を出た。
ステディ・リインカネーションの世界では夜旅をする者は極端に少ない。
魔物、人間の賊などの出現率が増すのは勿論、肉眼による視認率が著しく落ちるからだ。
俺の目の前に、隣国イークレス王国国境へ通じる街道がまっすぐに伸びていた。
「よし! 行くか!」
気合を入れ直し、俺は走り始める。
いつもの通り、最初はジョギングレベルで慣らし運転。
周囲の景色を眺めながら走る。
徐々に速度を上げ、目立たないよう時速15kmくらいで王都から30kmほど走ったが、
周囲は人工物が極端に少なくなり、街道を行き交う人も、徐々に少なくなって来た。
ファルコ王国の東側は穀倉地帯。
一面に巨大な麦畑が広がっている。
麦畑の中を街道が貫いているという趣きだ。
俺は更にスピードを上げた。
時速40km、50km、60km、そして巡航速度の70kmへと、
上げて行く。
既に陽は落ち、夜のとばりが下りて来た。
人影は完全になくなり、頃合いだと思い、俺はケルベロスを召喚、先行させる。
ケルベロスは異界で経緯を聞いていたらしく、気合が満ち、やる気満々だ。
あっという間に100kmを走破した。
いまのところ順調。
疲れは全くない。
お約束で、索敵……魔力感知を張り巡らせているが、こちらへ悪意を向けて来る者もほとんど居ない。
たま~にオーク、ゴブリン、人間の山賊などが出るが、高レベルの威圧で、
遠くへ追い払う。
但し、油断は禁物。
警戒しながら、慎重に行こう。
時速70kmから80kmの間で走行しながら、俺はイークレス王国の国境を目指していたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
途中、小休憩を取りながら、俺は走る。
ひたすら走る。
200㎞走破、500km走破、800km走破。
とっくに日付が変わり、更に時間が経ち……時刻は午前4時。
ここで、街道を俺とは逆方向に進む、大勢の避難民達へ遭遇した。
遠くから避難民の存在を察知した俺は速度をどんどん落として、ジョギングレベルへ。
避難民と鉢合わせしないよう、
先行させていたケルベロスは、回り道をさせ、広大な麦畑の中の農道を走らせる。
避難民達は避難命令が出て、最低限の荷物を持ち、馬車を走らせたり、
徒歩で、命からがら逃げて来たようだ。
俺は、「王国軍の先行隊の者です」と名乗り……
避難民達から『状況』を聞く。
「ご領主様が城へこもり、オーガどもを挑発している間に避難しろと言われました」
俺が尋ねた避難民は全員、そのような事を答えた。
うん!
この情報は、俺がグレゴワール様から聞いて、資料にも書いてある通りだ。
イークレス王国との国境付近の統治を任され、今回防衛の任にあたっているのは、
ボドワン・ブルデュー辺境伯。
勇猛果敢で剛直な騎士だが、彼の手勢は騎士500名に、兵1,500名の、
計2,000名。
オーガの強さは人間の10倍以上だと言われている。
これではオーガ5,000体強に正面から当たったら、
鍛えている武人でも大きな被害が出てしまうかもしれない。
ならば2,000名全軍で、居城へ籠城し、挑発しながらオーガを引き付け、
その間に、住民を避難させる。
そして王都から出撃する騎士隊、王国軍計3万名の救援を待つという、
グレゴワール様と将軍が立てた作戦なのだ。
俺の役目は、ボドワン・ブルデュー辺境伯の居城を取り囲む、
オーガ5,000体強に少しでもダメージを与える事。
「待っていてください、辺境伯。今、援軍に赴きます」
俺は、街道からの横道へ入り、ケルベロスの後を追い、
巡航速度で走り始めたのである。
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