第144話「呼び出した者の名前が違います。どういう事でしょうか?」

鬼宰相グレゴワール・リヴァロル公爵の第三秘書だった、

シルヴェーヌ・オーリクさん。


年齢は25歳。

綺麗なプラチナブロンドを肩まで伸ばした、スタイルの良い女性。

切れ長のダークブルーの瞳、鼻筋がすっと通り、唇が小さい。

ちょっと冷たい感じはするけど、相当の美人だ。


シルヴェーヌさんは、リヴァロル公爵家、警護主任騎士バジルさんの妹だけあって、

かつて勇猛果敢な女子騎士だった。

武術大会でも、優勝経験があるし、真面目で博学でもあり、

非の打ち所がない才女……らしい。


はっきり言って、俺の秘書には勿体ない人だ。


しかし、グレゴワール様の命令は絶対なのだろう。


王国執行官たる俺の秘書となり、これから頑張って貰う事に。


そのシルヴェーヌさんに、王宮で貸し出す御者付きの馬車を手配して貰い、

俺は、彼女と一緒に出掛ける事となった。


訪問先は、冒険者ギルドとルナール商会。


出かける前、シルヴェーヌさんから、グレゴワール様の秘書室長、

アルフォンス・バゼーヌさんへ、業務連絡として訪問先を伝えておく。


まずは冒険者ギルドへ向かう。


ギルドにおける俺の肩書きは非常勤の『顧問』だ。

週に水曜日の半日、午前中だけ勤務し、仕事をする。

秘書をお願いしようと思っているのは、

トリッシュさんこと、パトリシア・ラクルテルさん。


俺が王国執行官に就任した事は、ギルドマスターのテオドール・クラヴリーさんから、話が通っているはずだ。


王宮を出て、ギルドへ向かう馬車の車内。


俺は、シルヴェーヌさんともろもろ確認&打合せを行う。


「シルヴェーヌさん」


「は、はい」


「念の為、確認です。俺はリヴァロル公爵家邸内の別棟に居住しますが、貴女も別棟に住み込みで勤務して頂けるのですよね?」


「はい。仰せに従います。先ほどいきなり言われた時にはびっくりしましたが」


まあ、驚くだろう。

『秘書3人の住み込み』は、効率を考えて、俺の思い付きだから。


ここは素直に言おう。


「はい、急きょ、俺がお願いし、決めました」


「かしこまりました。念の為、お聞きしますが、閣下もご了解されているのですよね?」


「はい、グレゴワール様には、ご了解を頂いております」


「ならば、私に異存はありません。兄も同じく閣下の屋敷内に住み込んでおりますし」


「ありがとうございます。では住み込みは了解済みという事で」


「はい。引っ越しの準備をしておきます」


「了解です。ちなみに、これから雇用する予定である、冒険者ギルドのパトリシア・ラクルテルさんと、ルナール商会の秘書さんも住み込みで勤務して貰うつもりです」


「成る程。まずは、その申し入れと、説得を、当該者へ行うわけですね」


徐々に、俺との会話に慣れ、余裕が出て来たのかもしれない。

シルヴェーヌさんは、小さく頷き、柔らかく微笑んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


他にもいろいろ話をしているうちに、

冒険者ギルドへ到着した。


ギルドの受付けにて、面会の申し込みをするのは俺。

本来は、秘書の仕事だとシルヴェーヌさんは、言ったが、

俺の方が、勝手を知っているから、今回はと説得した。


次回からは、同行した場合、シルヴェーヌさんが対応する、という事にして、

今回は、俺がギルドの受付けの職員へ告げる。


ともに、所属登録証も提示する。

まだランクBのままだが、手配が済んでいれば、

本日、ランクAの所属登録証を受け取る事が出来るはずだ。


「顧問のロイク・アルシェです。トリッシュさんがいらっしゃるのなら、お願いします」


対して、職員さん。

魔導通話機で、トリッシュさんの所在を確認。


すぐに確認が取れた。


「パトリシア・ラクルテルは、在席しております。すぐにこちらへ、参ります。少々お待ちください」


良かった!

トリッシュさんは居た。

それに打合せも出来そうだ。


安堵した俺。


しかし背後から、シルヴェーヌさんの冷え冷えする波動が伝わって来る。


あれ?

怒ってる?


と思ったら、シルヴェーヌさんが呼びかけて来る。


「ロイク様」


「は、はい」


「呼び出した者の名前が違います。どういう事でしょうか?」


ああ、そうか。

トリッシュというのは、本名であるパトリシアの愛称だ。

シルヴェーヌさんへ伝えてなかったか。


「いや、実は……」


伝えようとしたその時。


受付けの職員さんが、


「ロイク様は、パトリシアとは、とっても仲がよろしいんですよ。いつも呼ぶ時は、愛称ですから!」


し~~~んんんん……


瞬間。

不気味な沈黙が辺りに満ちた。


とそこへ!


「お待たせしましたあ! ロイク様あ!」


と、いつもの調子で、明るく元気なトリッシュさんが、

手を大きく打ち振り、ニコニコ顔で現れたのである。

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