第143話「俺は貴女の上司として、相応しいふるまいをしたいと思います」

俺の予想通り、グレゴワール様は

自分の第三秘書シルヴェーヌ・オーリクさんを、俺の秘書にすると指名した。


そのシルヴェーヌさんは、リヴァロル公爵家別棟に住み込みとなる。

他にも、冒険者ギルド、ルナール商会でもそれぞれ秘書をつけ、

都合3人の秘書が、別棟に住み込む話等々も、グレゴワール様から告げられた。


対して秘書室長の、アルフォンス・バゼーヌさん達秘書3人は、

感情を露わにする事無く、平然と聞いている。


でも、俺は魔法使い。

3人から心の波動が乱れるのは伝わって来た。


シルヴェーヌさんが、王国執行官たる俺の秘書になる事は、

既に聞いていただろうが、


同じ屋根の下に住み込みとか、

冒険者ギルド、ルナール商会の秘書とともに仕事をするとか、

想定外の話に、驚き、戸惑っている。


だが、3人とも表向きは無表情。

さすがだと思う。

セルフコントロールの訓練を、相当積んでいるに違いない。


補足しよう。

セルフコントロールとは、衝動や誘惑に流されないよう、

思考や行動をコントロールするスキルだ。


さてさて!

もろもろグレゴワール様の話が終わった後、

改めて、シルヴェーヌさんが俺へあいさつ。


「ロイク・アルシェ様。閣下の仰せの通り、私シルヴェーヌ・オーリクが、王国執行官秘書を拝命致します。何卒宜しくお願い致します」


と深々と礼をして挨拶。


対して、俺も改めてあいさつ。

丁寧に一礼する。


やはり第一印象。

ファーストインプレッションが大事だもの。


「はい、シルヴェーヌさん、こちらこそ。王宮に不慣れで未熟な若輩者ですが、何卒宜しくお願い致します」


シルヴェーヌさんのあいさつが終わった後、

この場の全員で、隣室の王国執行官執務室……

つまり俺の仕事場へ移動する。


グレゴワール様のおっしゃった通り、今居る王国宰相執務室から直接移動出来る扉がついており、その扉を使い、移動したのだ。


部屋の説明を、俺の秘書となったシルヴェーヌさんが、ひと通りした後、

グレゴワール様と秘書ふたりは、王国宰相執務室へ引き上げた。


という事で、王国執行官執務室には、俺とシルヴェーヌさんのふたりきりとなった。


ここから、俺はグレゴワール様とは別行動となる。


「シルヴェーヌさん」


俺が『さん付け』で呼ぶと、シルヴェーヌさんは不満そうだ。


「いけません、ロイク様。シルヴェーヌと、呼び捨てにしてくださいませ。そして閣下のようにお話しし、私へびしびしと、ご命令くださいませ」


「ええっと……呼び捨てで、びしびしと、命令?」


「はい! 先ほどから見ていますと、ロイク様はお腰が低すぎます。陛下直属の王国執行官なのですから、もっとゆったり、鷹揚に構えてくださいませ」


あらら、教育的指導を受けてしまった。

威厳が足りないって事か。


苦笑した俺は、


「分かりました……いや、分かったと言うべきですね」


と言い直せば、


「はい、ダメです、ロイク様。私へ敬語は不要ですよ。分かった、のみです!」


と、更にたしなめられてしまったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


野球で言えば、いきなり落差の大きいフォークボールを連続で投げられ、

空振りして追い込まれてしまったような形。


だが……


俺には何となく分かった。

シルヴェーヌさんは、秘書だけでなく、王宮……否、貴族社会における俺の教育係も兼ねていると。


本人は気合が入っているし、ありがたく、『教育」と『指導』はして貰おう。


しかし、俺は前世のステディ・リインカネーションのアバター、

魔法騎士アラン・モーリアとしての経験がある。


甘んじて教育され、指導は受けつつ、主導権を取られっぱなしではいけない。


シルヴェーヌさんを持ち上げつつ、上手く、自分のペースに持ち込まないといけない。


そして、俺の片腕となって貰うべく、上手くやらねばならない。


よし! まずは、


「シルヴェーヌさん」


俺が先ほどの注意を無視し、さん付けで呼べば、

シルヴェーヌさんはむきになる。


さっき言ったじゃないか!

という、不満と怒りの波動が伝わって来る。


「ロイク様! 先ほど申し上げたではありませんか。私に『さん』は不要です!」


「いえ、シルヴェーヌさん。俺は貴女の兄上もさん付けで呼んでいます。兄上のバジルさんも貴女も、俺より年上ですし、さん付けで呼ばせて頂きます」


俺が、ロジックで反抗するとは思っていなかったらしい。

シルヴェーヌさんは驚き、呆気に取られる。


「な!?」


ここで、反抗するだけではない。

フォローする事が必須だ。


「しかし、俺は、貴女の上司として、相応しいふるまいをしたいと思います」


俺の言葉を聞き、シルヴェーヌさんはクールダウン。


「そう……ですか」


「はい、先ほどグレゴワール様からお聞きになった通り、シルヴェーヌさんの他に秘書をふたり、冒険者ギルド、ルナール商会から雇用します。その打ち合わせのアポイントを取りに出かけましょう」


「わ、分かりました」


「まずは冒険者ギルド、ルナール商会へ秘書雇用の旨を伝え、もしも秘書候補者と会えたら話をしてしまいましょう」


「はい」


「ちなみに、冒険者ギルド、ルナール商会と回る際、馬車ですか、騎馬ですか、もしくは徒歩でしょうか?」


こういう場合、王宮においては、

王族、貴族が使う御者付きの馬車がレンタルされる。

当然、アラン・モーリアとしての知識だ。


しかし、ここは、知らないふりをして、シルヴェーヌさんを立てた方が得策だ。


やはりというか、


「私が馬車を手配します」


シルヴェーヌさんは、わずかに微笑み、答えたのである。

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