第92話「じゃあ失礼して少し眠りま~す」

焦れてヒートアップ気味のケルベロスをなだめつつ、俺達は農場を走り回った。


時速60km程度に速度を抑えた?が、人間離れした速度で、

びゅんびゅん!走る俺が、


「失礼しま~す! 王都本社より警備の仕事を請け負い、伺いましたあ! 冒険者ロイク・アルシェと申しま~す! 使い魔の犬も一緒で~す!」


と手をぶんぶん!打ち振って連呼して回るのは、インパクト抜群。

同時に、結構笑える対象となった。


敢えて、馬鹿っぽく走り回ったのは理由がある。


俺がルナール・ファームを訪れた際、

度重なる農作物盗難に加え、オーガを引き連れた窃盗団による襲撃で、

社員さん、スタッフさんは、大きな不安にかられながら黙々と仕事をし、

無反応だった。


本館内と付近では、場長のマルタン・ボンフィスさん、副場長のエンゾ・オフレさん達がピリピリしていた。


農場全体が重苦しい雰囲気に包まれていた。


しかし俺がアホ丸出しで連呼し、ケルベロスを連れて 走り回ったら、


農場で働く社員さん、スタッフさんは誰もが皆、大声で笑っていた。


はっきり言って「馬鹿だなあ」と失笑されたかもしれないが、俺は満足。


汗水たらして、育てた農作物を盗まれ続け、明日が見えず、厭世的な気分の方々に、少しでも笑顔を取り戻して欲しかったからだ。


便宜上、使い魔と呼ばれ、最初は怒っていたケルベロスであったが……

俺の意図を汲んでくれ、途中から俺の声に合わせ、「わんわん」と吠えてくれた。

ちなみに本気の咆哮ではないから、ジェム鉱山のゴブリンのように身体が麻痺する事はない。


さてさて!

俺とケルベロスの存在をしっかりと認識して貰い、農場の勝手も把握した。


これで本格的に仕事に取り掛かる事が出来る。


俺とケルベロスは一旦、本館へ戻った。


そして、場長のマルタンさん、副場長のエンゾさんへ、


「社員さん、スタッフさんへ、俺と使い魔の存在周知をしました。農場の勝手も把握しました。後、周辺フィールドの調査をして来ます。窃盗団の痕跡をたどり、アジトか何か、ないか探してみます」


「わ、分かりました」

「無理をしないでくださいね」


「夕方に戻って来て、仮眠したら、打合せ通り、警備に入りますから」


「何卒宜しくお願い致します」

「こちらも準備しておきます」


という事で、俺とケルベロスは再び、フィールドへ飛び出したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ルナール・ファームの周囲は森林、雑木林、草原、渓谷、原野など多種多様な地形がある。


ゴブリン、オークなどの魔物、狼、熊などの肉食獣も多く、武装なしの丸腰で入る者は、皆無に等しい。


しかし、アラン・モーリアだった俺の記憶では、オーガはこの地域に居なかったと思う。


但し、ここまで相違点はいくつかあるので、過信はしない。


そして慎重に探索する為、視認、索敵は勿論、『気配読み』『気配消し』『忍び足』などのシーフ職スキルもフル稼働。


相手の窃盗団に気付かれないよう、万全の対策をとった。


万が一、気付かれたら、相手は警戒するだろうし、下手をしたら犯行を控えてしまう。

そうなれば現行犯で取り押さえるという俺の思惑が上手く行かない。


この探索にはメリットもある。

いろいろな地形を駆け巡り、自然環境の中で障害物をクリアする、

フィールドアスレチックの要素がある。


また出現した魔物、肉食獣を避け、身を隠したりもすると、

軽い鍛錬、ウォーミングアップに最適なのだ。


しかし、ケルベロスを連れ、障害物をクリアしていると、

忠実な飼い犬と一緒に、ドッグランを走っている気分になって来る。


『おい、あるじよ、何か、おかしな事を考えてはいないか?』


『考えてませ~ん』


なんて会話をしながら、探索を続けていたが、

結論から言えば、ばっちり手掛かりを得た。


昨夜犯行があった桃の果樹園から、

奴らが放出した魔力の残滓があったので、追跡が出来たのだ。

人間は勿論だが、オーガの出す魔力は独特なので、後を追うのは容易であった。


ルナール・ファームから3kmほど離れた、

とある原野の洞窟が窃盗団のアジトであった。


そのアジトに魔力残滓が続いていたのだ。


物陰に隠れて見やれば……

洞窟の入り口には、見張りがふたり立っていた。


この洞窟へ、盗んだ農作物を運び込み、

窃盗団のメンバーが行商人になりすまし、王都で盗品を売っているのか。

それとも盗品を扱う悪徳商人が居て売りさばいてるのか、

詳細は奴らを捕縛し、調べてみないと分からない。


ぱぱぱぱぱ! と考えた俺。

……作戦は決まった。


俺とケルベロスは、アジトを後にし、

念の為、他にもそういう場所がないか、調べた。


結果、いくつか洞窟は見つかったが、人間の気配はなかった。


これで周辺フィールドの探索は終了。


俺とケルベロスは、ルナール・ファームの本館へ戻り、午後4時。

場長のマルタンさん、副場長のエンゾさんへ探索の結果を報告。


「敵のアジトらしき場所を発見しました。じゃあ失礼して少し眠りま~す」


社員さん、スタッフさんが驚く中、失礼して仮眠を取らせて貰ったのである。

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