第83話「だ、誰でしょうか? こんな時に……」

……頃合いだと思い、俺は少し速度を上げた。


ジョギングレベルの時速7kmから、20kmへ、

更に30km、40kmへと上げて行った。


走っているうちに身体が完全にほぐれ、エンジンがかかって来た。


俺は時速50kmに速度を上げる。


街道を行く人は、上りも下りも、俺を見て、皆が呆れて肩をすくめる。


足が速いなあ!

とか、

すげ~!

とか、驚嘆の声が聞こえて来る。


「おいおい! こんなもんじゃないぜ!」と言い返したいが、そんな暇はない。


更に俺は時速60km、そして70kmに速度を上げた。


うん!

感じるぞ!

走るバランスが良い!

分かる!

この辺りが、現在の『巡航速度』だ。


あくまで現在だから、これ以上速度がアップする可能性もある。


補足しよう。

巡航速度とは、船舶や航空機がなるべく少ない燃料消費で、できるだけ長距離または長時間航行できる、経済的で効率のよい速度である。


ここで王国第二の都市シュヴァルの脇を通過する。

余裕があれば、見物したいが、今は仕事中。

ひたすら俺は走る!

走りに走る!


様々な景色が目に入っては、あっという間に後方に飛び去って行った。

その繰り返しである。


シュヴァルを過ぎると、周囲の景色のローカル化が更に進む。

旅人の姿もぐっと少なくなる。


念の為、俺はホテルを出てから、ず~っと索敵……魔力感知を最大能力全開で張り巡らせている。


そろそろ出て来る頃だ。

何か?って。

当然、旅人を襲う賊である。


予想される賊は、

追いはぎ……通行人を脅して衣類や金品、持ち物などを奪う行為、またその人を指す。

山賊……山の中を本拠地にして通行人を襲う盗賊を言う。


追いはぎや山賊になるのは、無頼の徒だけではない。

雇い手のない食い詰めた傭兵が強盗を働く事も多い。


そして何と!下手をすると窮乏した貴族領主一党が、変装し山賊と化すもある。

当然バレれば極刑に値するが、そこまでやる輩は、

背に腹は代えられぬくらい、窮乏しているのだ。


ロイク・アルシェに転生してから、俺の勘は良く当たる。


先と周囲によこしまな人間の気配を感じないか、注意しながら走り続けた。


ビンゴ!


この先500mに反応あり。


反応は街道沿いの脇。


近づけば、人通りがなくなった街道脇の雑木林、木の陰に、

ひげづらのむさいおっさんが身を潜めていた。

休憩している雰囲気でもなく、剣のつかに手をかけている。


こいつは『追いはぎ』だ!

間違いない。


でも、たったひとりだし、飛び道具は持っていないし、魔法も使えなさそうだし。

馬も居ないから追いかけては来れない……問題はナッシング!!


大回りの迂回などせず、このまま街道をまっすぐでGO!!


すると、おっさんが街道へ飛び出して来た。

剣を抜き、振り回している。


止まれ! 

金を出せ!

と叫んでいるみたいだ。


やっぱり追いはぎかい。


俺の動体視力で捉えたおっさんの動きは、例によって超が付くスローモーション。

コマ送りをしている感じで滑稽だ。


あはは!

お前の言う事聞いて、止まるわけないだろが!

時間があれば、威圧で縛るか、ぶっ飛ばしてやるけどさ。

なので!

華麗にスルー!!


俺はギアを上げ、走行速度を100kmにアップ。


ドッヒュン!!


ぶわっと風を切り、おっさんの傍らをすり抜け、そのまま置き去りに。


おっさんは後ろで何かわめいているが、俺はお尻ぺんぺ~ん!


そのまま走り去ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


追いはぎを置き去りにした俺は徐々にスピードダウン。


巡航速度の時速70kmに速度を抑え、走り続ける。


その後も、追いはぎ、山賊、追いはぎ、傭兵くずれの山賊、

そして追いはぎが出没したが、

俺はそのたびにギアを上げ、速度を100kmにアップ、

華麗にスルー!スルー!スルー!


全てすり抜け、置き去りにした。


人数が多くても関係ない。


奴らの動きは全て、超が付くスローモーション。

俺に触る事さえ出来やしない。


まあ、賊の奴らは全てむさいおっさんだったから、

触られるなんてまっぴらなんだけど。


さてさて!


という事で、俺は約100kmを走破!!

午前5時出発で、最初はジョギングレベルで途中で少し休憩も入れたから、

王都からの所要時間は約3時間かかり、到着時刻は午前8時過ぎ。


ジェム鉱山手前の町、ミーヌへ到着した。


門番が居たが、冒険者ギルドの所属登録証を見せると、

「問題なし」と言われ、通してくれた。


正門からミーヌの町内へ入る。

ひなびた田舎町という感じ。

人は、少ない。

だが、革鎧姿で冒険者の俺をみとがめる者は居ない。


地図によれば……

町の奥からまっすぐ行き、突き当りを左に曲がれば、

ジェム鉱山という事になっている。

鉱山のすぐそばに、ルナール商会の事務所があるという。


俺がアラン・モーリアであった頃、ミーヌへ何かの討伐依頼で来た事はあるが、

ジェム鉱山へ行った事はない。


事務所はすぐに見つかった。

重要書類を渡し、宝石を受け取って、王都へ戻って、ルナール商会へ。

オーバンさんに宝石を渡したら、この依頼は完遂である。


とんとんとんとん!


俺は、扉をノックした。

……返事がない。


もう一回

とんとんとんとん!


「は、は~い……」


ようやく……反応があった。

でも、何か全然元気がない声だ。


「だ、誰でしょうか? こんな時に……」


げっそりとやつれた表情で扉を開けたのは、ルナール商会社員らしい、

中年の男性だったのである。

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