第37話「プレオープン」

まさに俺ツエーとなったランカー冒険者ロイク・アルシェは、

いよいよ実戦へ身を投じる。


つまり『個人事業主』として、営業を開始する事となった。


しかし!

正式な営業を開始する前のプレオープンを行うのは、世の常である。


レースで言うのなら、本走前の試走となるトライアル、

またはトレーニングを兼ねた腕試しを行う。


実施する場所も、すぐ決まった。


王都ネシュラから、約30kmの郊外にある、

廃棄された石造りのふるい砦だ。


この砦は、街道からだいぶ離れた場所にあり、

周囲には小さな村落があったが、今はなく、現在は荒野。

王国軍の戦略上、重要な意味を為さないので、廃棄されたと記憶している。


以前は王国の守備隊が駐屯していた砦も、廃墟となってからは、人間、魔物等々、

不法占拠し、巣くうあるじが次々と変わるくらい、

『出入りの激しい場所』となっている。


皆さんは疑問に思うだろう。


依頼が出ているわけではない。

難儀している誰かを助けるわけでもない。


一見、そんな一銭にもならない場所に、

なぜ個人事業主ロイク・アルシェがたったひとりで赴くのか?


それは今回の趣旨にぴったりの場所だからだ。


時間を気にする必要はない事。


無人ならば、誰にも見られない事。


高低のある砦の仕様が、身体能力を試す訓練にぴったりな事。


自分の持ちうる、身体能力、武技、魔法、スキルを思い切り試せる事。

敵が居れば、実戦で試せるから尚更。

その際、誤射等を注意すれば、誰にも迷惑をかけない事。


そして最大の理由は、この砦の仕様、勝手を前世の俺ケン・アキヤマが、

熟知している事である。


当然ながら、『ステディ・リインカネーション』をやり込んだ際、

同じ趣旨で、この砦を散々、訓練場として利用したからだ。


……という事で、ある日の朝、天気が快晴なのを確かめた上で、

装備を整え、俺は早速砦へ赴く事にした。


この1か月で、俺は必要な買い物を済ませてあった。


革鎧、兜だけはルナール商会が用意してくれたものを着用するが、

それ以外は、俺が購入したものである。


腰の右から提げる剣は、やや長めのスクラマサクス。


左肩には着脱可能なバックラーっぽい小型盾。


左の腰から提げるのは、こん棒を兼ねた強化ミスリル製の魔法杖。

任意の魔法を打ち出せる。


ベルトのポーチには、所属登録証や魔導時計など最低限必要なものだけ入れた。

それ以外のポーション等道具、資材は左腕に装着した魔法の収納腕輪へ放り込む。


指輪は、大盗賊の指輪を右手の人差し指へ。

覇者の指輪を同じく右手の中指へ。


ウンディーネの指輪を左手人差し指へ、それぞれ装着した。


さあ!

準備完了!

いよいよ出撃だ!


俺は気合を入れ、ホテルを出たのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


俺は王都ネシュラの南正門を出て、まず街道を速足で10km南下。

見覚えのある、勝手知ったる獣道を入り、そこからダッシュ!


ちなみにホテルの部屋を出た時から、ずっと索敵……魔力感知で気配を探る。

これも当然、訓練であり、最大1kmの距離の敵の有無、そして悪意の有無も探れると分かった。


逆に、街道から獣道へ入ってから、

感知した魔物、獣に俺の存在を認識される事はほぼなかった。


これは、大盗賊の指輪の効果、

索敵能力の大幅なアップ『気配読み』

心で念じる任意で、気配を消し、自身の姿を周囲と同じ保護色に変更出来る『隠形』任意で足音を消す『忍び足』


そして、冒険者ギルドのシーフ職講座で学び、実践した事が大きかったと思う。


脚力はといえば、走行速度は更にアップ! 


前世で車を運転した経験から、多分、時速100kmを超えていると思う。

約10分弱、20㎞以上走り続けても、全く疲れなかった。


まずは走行速度、走行距離の能力確認OK!


我ながら、とんでもないな! と思うがはっきりとした手ごたえを感じる。


やがて、俺は廃棄された砦から少し離れた場所へ到着した。

距離は300mほど離れている。


改めて気配を探ってみたが、やはり砦は『空き家』ではないようだ。


……人間ではない魔物の気配を複数感じる。

これは多分、オークだ。


そう!

猪に似た、堕ちた妖精の成れの果て、オークどもの群れが巣くっている。

数は……約100体。


オーク100体、デビュー戦の相手として、不足はない。


そして、俺は召喚の講座で呼び出した、灰色狼風たる巨大犬の『使い魔』も、

今回の実戦に投入する事にした。


召喚して以来、何度も呼び出して、指示を与えて従わせ、

俺に忠実な事は既に確認済みである。


但し、心と心の会話、念話で発する言葉は、やはり尊大であった。


『ふむ』『うむ』とか値踏みするような反応をし、

『良いだろう』とか、「いちいち納得したから命令に従う」というのがありありだ。


まあ、命令に従い、結果さえ出してくれれば構わないから、俺は気にしない。


「ビナー、ゲブラー、召喚サモン!」


俺が言霊を詠唱し、召喚魔法を発動すると、少し先の地面に輝く魔方陣が現れ……

一体の灰色狼風の巨大な犬が飛び出して来たのである。

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