第19話「いいじゃないの。 俺、16歳の素人少年、元よろずや店員なんだから」

「……という事で、ロイク君、早速闘技場へ行きましょう。今、ちょうど空いているから、一番大きな大闘技場でやりますか。講習の方も私とクロエが特別に君の講師となってさしあげますよ」


エヴラール・バシュレさんは、やり手のサブマスターらしく、ちゃっちゃと仕切ると、にっこりと笑った。


まさか、サブマスターのエヴラールさんが、

俺の能力を確かめたいとか、いきなり言い出すとは思わなかった。


というか、ジョアキムさんの紹介状で、登録手続きの順番に手心を加えて貰い、

待つ順番を速めて貰うとか、それくらいのレベルだと思っていた。


だから、少しだけ戸惑う。


でも決まったものは仕方ない。


思考停止しても、意味がない。


前に進むしかない。


割り切った俺は、ぱぱぱぱぱぱ!と考える。


おお! はた!と俺は気付いた。


待てよ……かえってラッキーじゃないのか、これ。


相手はキャリアを積んだ冒険者、その上、剣聖である。


普通に戦えば、見た目16歳。


雑魚の素人少年が、敵うはずがない。


しかし、見た目と俺の中身……実は違う。


そして、ランク判定の実戦テスト。

まともな戦いではなく模擬試合で、

相手が、俺の良く知るエヴラールさんなら、やり方次第で勝てるかもしれない。


よし、やはり運が良いと割り切ろう!


エヴラールさん、俺、クロエさんが、大闘技場への通路を歩いている。


おお、エヴラールさん、腕を「ぶんぶん!」振って、

子供みたいに張り切っちゃって、先頭切って歩いてるよ。


「申し訳ありませんね、ロイク様。こうなると、サブマスターは子供のようにむきになって、止まらないんです」


俺のかたわらを歩く、美人秘書のクロエさんが、申し訳なさそうに謝る。


ああ、俺、サブマスターのその性格、よ~く、知ってます。


まあ、そんな事を絶対に言えない俺は、ただただ笑顔を返す。


「いえ、大丈夫です。真剣勝負ではなく、模擬試合ですし」


「で、ですよね! しかし充分ご注意してください」


「注意? どういう事ですか?」


「はい! サブマスターには、私から念を押します。くれぐれもロイク様に、怪我をさせないよう、厳しく言いますから」


そう言うと、にこっと笑うクロエさん。


ああ、『高嶺の花』だと分かっていながら……美人の笑顔には癒される俺氏。


「あ、ありがとうございます! お、俺も! ケ、ケガしないよう、ちゅ、注意します!」


大きな声の俺の『物言い』が聞こえたらしい。


エヴラールさんがぴたっと止まり、くるりと俺達の方へ振り向いた。


視線はクロエさんへ向けられている。


「大丈夫だよ、クロエ。本気を出したりしないから」


「お願いしますよ、サブマスター」


約束通り、念を押すクロエさん。

軽く、エヴラールさんをにらんでいる。

ああ、美しい女子って、こういう顔も可愛いんだ。


でも、そのやりとりを聞き、ますます俺はしめた! ついてる! とも思った。


エヴラールさんが手加減をすると言い切ったから、

俺のつけ入るスキが更に生まれたという事だもの。


俺は歩きながら、エヴラールさんとどのように戦うか、

改めて作戦を練ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ロッカーへ入れて貰い、俺は模擬試合の支度をする。

試合用の剣を持つ。


エヴラールさんは居ない。

サブマスター専用のロッカーで、準備しているってさ。


さてさて!

……じっくり考え作戦は立てた。


今回、俺が勝機を見出したのは、いくつか理由があった。


まずは、俺の身体能力を活かす事。

山賊戦で取った戦法、


蝶のように舞い、蜂のように刺す作戦!!


ヒットアンドアウェイ!!


改めて説明しよう。


低レベルの山賊どもに比べれば、冒険者ギルド総本部サブマスター、

エヴラール・バシュレさんの実力差は天と地。

月とすっぽんである。


当然、エヴラールさんが『天』であり『月』でもある。


正直なところ、飛びぬけた身体能力といくつかの初級スキルを持ち、

山賊どもに圧勝した俺でも、『剣聖バシュレ』に勝てるとは、基本考えていない。


そう、戦うとしたら、致命的なダメージを受けないよう、

俺は徹底的に防御に重きを置き、

少しでもチャンスがあったら、勝ちに行く作戦なのだ。


え?

わけが分からない?


ああ、申し訳ない。


もう少し、具体的に、詳しく説明します。


まず……

俺の身体能力が、……動きがエヴラールさんに対し、どこまで通用するのか、

全くの不明、つまり未知数である。


だから、この作戦は『賭け』でもある。


通用しなかったら、俺は即、『瞬殺』され、試合終了だろう。


そしてここからが本題。

もしも通用しても、俺は敢えて自分からは攻撃しない。


動きが通用したとしても、やみくもに攻撃すれば、スキが生まれ、

エヴラールさんから、カウンター攻撃を喰らう可能性が高い。


だから、俊敏のスキル《多分、習得済み》と卓越した身体能力を使い、

エヴラールさんの攻撃をひたすらかわす。


そしてわずかなスキが生まれるのを待つ。


生まれた一瞬のチャンスがあれば、そのスキに、

必殺の一撃をカウンターで打ち込むのだ。


実は、今回の模擬戦の方法にも勝機がある。


俺が今持つ、模擬戦で使用する武器なのだが……

刃を潰した練習用の雷撃剣なのだ。


そして冒険者ギルド総本部で行う模擬戦は、

雷撃HITをすれば、そのポイントの多さによって勝利が決まる。


つまり、『ほんちゃん』の実戦みたいに、

剣技で相手をぶった切ったりせずとも良い。


雷撃剣の刀身でちょこんと触れるだけでも、

HIT……「当たった!」と判定されるのだ。


極端に言えば、ちょっと、かすったレベルでもOK。


まともに打ち合わず、スキを見て触るだけなら、

俺でも勝てる……かもしれないから。


え?

セコイ?


いいじゃないの。

相手は百戦錬磨の剣聖。

雲の上の相手。

対して、俺、16歳の素人少年、元よろずや店員なんだから。


更に更に、俺にはとっておきの『切り札』がある。


これは、俺がこのゲーム『ステディ・リインカネーション』をやり込んだ特典だ。


さあ、試合の準備は完了!


俺は革鎧に身を固め、雷撃剣を持ち、3回素振りをすると、

ロッカーを出て、闘技場のフィールドへ向かったのである。

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