第5話「今がその実行の時!」
「ああ、そうだ。それと、これは多すぎるが、手切れ金だ。お前が見聞きした、一切の事は他言無用! 絶対にしゃべるなよ、しゃべったら、どうなるか、覚悟しておけ!」
俺へ「ぽいっ」と、たった金貨10枚ぽっちの『はした金』を渡し、
肩を怒らせ、オヤジ店主は俺を脅した。
実は……
「こうなる可能性はゼロではない」と予想していた。
オヤジ店主のセリフの後半、
……お前が見聞きした、一切の事は他言無用! 絶対にしゃべるなよ、しゃべったら、どうなるか、覚悟しておけ!……という脅し文句にピンと来た方が居るかもしれない。
そう……
少し前の晩のこと、俺は閉店後、オヤジ店主に命じられ、深夜の残業をしていた。
俺の目と耳は何故なのか、他人より、抜群に良い。
かた!
と納屋の方で音がした。
気になって見に行ったら……
その時、見てしまったのだ。
夜目もきく、猫のような俺の目で。
店の納屋で、オヤジ店主と、人目をはばかるように抱き合う女性の姿を……
そして俺の鋭い耳は、ばっちり捉えた。
オヤジ店主と女性の声を。
「いやあん♡」
「ふふふ、今夜は存分に楽しもうぜ」
などと、ふたりは納屋の中で甘くいちゃいちゃし、熱くベロチュウをしていた。
だが、これは大問題。
何故なら、店主のオヤジは独身だが、
女性は村のある人の、20代後半の妻であったから。
但し、女性は嫌がってはいなかった。
つまりこのオヤジと人妻は合意の『不倫関係』だと思われる。
そして、何と!
現場を見ていた俺と、オヤジ店主の目が合った。
その時、人妻を抱くオヤジ店主がやべえ! という目つきと表情をしたのは、
今でも、おぼえている。
俺に見られたと気づいたせいか、
それ以降、ふたりの行為が過激にならなかったのは幸いであった。
正直、頭に来た。
あっちは主人で俺は使用人。
指示に従って働くのは当然。
だが、「俺は夜遅くまで真面目に働いているのに何だよ!」と思ったら、
凄く腹立たしい。
どうしようかと思った。
そして、いろいろ考えた末、俺は忍耐力を発揮。
胸にしまっておく事に決めた。
「どうせ、俺には無関係なんだ」という、達観した思いもあった。
結果、「何も見なかった」事にしたのだ。
以来、オヤジ店主の俺に対する態度はだいぶ
たまにガラに似合わない、「ご苦労さん」とかも、
オヤジ店主から言われるようになった。
しかし徐々に、嫌な顔をされ、煙たがられるようにもなった。
とりあえずオヤジ店主が、懐柔策を取ったのは、
ベロチュウ現場を目撃した俺が、店主の不倫をネタに脅すか、
長らく
そんな日も長くは続かなかった……
オヤジ店主は、仲の良い村長と相談し、煙たくなった俺を、
村から追放する算段をつけたようだ。
そしてついに決断した。
「おい! ロイク、お前は首にする。それと村からも追放だ。村長と話をつけた」
と、言い放って来たのだ。
自由になるのを望んでいたから、「凄くショックを受けた」とまではいかなった。
だが、実際に『首』になって、その上『追放』とか、
この先、どうしようかとは思った。
先述したが、こちらの世界の両親が亡くなっていて、血縁者は居ない。
それに異邦人の俺の自我が、現地人ロイクの自我と融合したせいなのか、
生まれ故郷の村とはいえ、何の未練もない。
天涯孤独の俺を引き取ってくれたオヤジ店主への恩は、
1日朝5時から、夜の10時までのほぼ毎日労働という、
暗黒の3年間で返せたと思う。
けして完璧とは言えないが……
この3年間で、よろず屋で扱った食料品、酒、し好品、生活必需品、雑貨、
薬品、薬草、魔法ポーション、武器防具に護符、宝石や、指輪、アクセサリー等々、様々な商品の知識を学び、よろず屋自体の運営方法も覚えた。
そこそこまとまった元手は必要だが、王都ネシュラへ出れば、
『商人の端くれ』くらいは出来るかもしれない。
俺には分かった。
ここが、生まれ変わったゲーム内転生人生、最大のターニングポイントだと。
もう元の世界へは戻れないだろうし、
あの『極悪ワンマン社長』と『ごますりおべっか部長』の顔を見る生活にも、
絶対戻りたくない。
渡りに船かもしれない。
前世でもこの異世界でも、オヤジ店主から
これまでの生き方を変える最大のチャンスなのだと。
ずっと思い悩んでいたので、「当座の生活費さえあれば、人生は変えられる」
と思い、考えていたプランがあった。
今がその実行の時!
どう反撃しようか、ぱぱぱぱぱ!と考えた。
まあ、反撃と言っても、超弱NPCじゃ、
元冒険者のオヤジ店主に力じゃ敵わないし、
こいつは、一応『主人』
俺が主人であるオヤジ店主に逆らったら、村の掟で厳しく裁かれ、
罪人として牢屋行きとなってしまう。
でも、いくら前世より物価の安い?異世界とはいえ、
金貨10枚じゃ、暮らしてはいけない。
弱っちいNPCだから、冒険者は絶対に無理だし、
村から旅立って、何か、商売をやるのにも元手が全く足りない。
第一、馬車に乗って王都へ行ったら、旅費と宿代で半分以上はなくなりそうだ。
なので、理屈と言葉で抵抗する事に。
俺は勇気を出して、オヤジ店主へ告げてみる。
「ええっと、3年間、1日17時間働かされたあげく、いきなり『首』になって、その上、追放ですか? 当座の生活費が金貨10枚ぽっちじゃ、全然足りないっすけど」
「な、何だとぉ!」
「仲良しの村長さんは上手く抱き込んだようですけど、不倫を嫌う創世神教会の司祭様と、浮気相手の旦那さんにも洗いざらい、ぶちまけても良いんですよ」
まさに恐喝であるが、仕方がない。
正義は我にある。
「く、くっそ!! てめえっ!! ロイクっ!! したでに出てりゃ、ガキのくせしてなめやがって!! 元ランカー冒険者の俺を脅す気かっ!! ぶち殺してやるっ!!」
ええっと、実は、俺の中身はガキじゃないんですけど、良いんですか?
と思ったが。
俺に
拳を振り上げ、殴りかかって来たのである。
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