お爺さんのスニーカー。

@ramia294

 お爺さんのスニーカー。

 お爺さんは、厳しい人でした。


 一代で起こした会社は、けっして大きくありませんでしたが、その堅実な仕事が評価され、仕事が次々と舞い込みました。

 社員には、優しさを見せましたが、お父さんには厳しく接しました。

 そのおかげか、お父さんの仕事は評価され、社員さん達に、二代目社長として認められ尊敬されています。

 もちろん、お父さんは、自分自身がそうであった様に、僕に厳しく接します。

 そんな僕にも、お爺さんは、誰よりも優しくしてくれます。

 そのお爺さんが、病院で最後の時を迎える数日前、僕に頼み事をしました。


「お爺ちゃんが、死んだら棺桶の中に白いスニーカーを入れてほしい」


 スニーカーは、既に用意されていて、病室の小さなロッカーに大事そうに、置かれていました。


「お爺ちゃんが、まだお婆さんと会う前の事…」


 お爺さんは、その昔、大学を出ると仕事もせずに、フラフラしていたらしいです。その頃は、そんな生き方が格好いいとされる時代だったらしいです。


 仕事をしないのだから、もちろん収入もありませんでした。

 ある日、お爺さんは、捨てられた仔猫を拾いました。

 とても可愛い仔猫でしたが、その頃のお爺さんにはお金が無く、飼い続けるのには、無理がありました。結局お爺さんのお父さん、つまり、ひいお爺さんに頼る事になりました。

 ひいお爺さんは、お爺さんがフラフラしている事を快く思っていませんでしたので、仔猫を預かる条件として、就職する事を約束させました。

 お爺さんは、仔猫のため自分の信条を曲げ、就職しました。


 一年間、一生懸命働いたお爺さん。


 ひいお爺さんに、認められ仔猫と一緒に住むことが出来ました。

 毎日実家に通い、ごはんや水のお世話やトイレのお掃除を一生懸命やっていたお爺さんに仔猫も慣れていて、楽しく暮らしました。

 それから一年が経つと、仔猫(いやもう立派な大人の猫に成っていましたが)に、病気が見つかりました。

 徐々に弱っていく小さな命。

 お爺さんは、為す術なく、最愛の存在を失ってしまう事になりました。

 仕事に打ち込み悲しみを紛らそうとするお爺さんは、いつの間にか自分自身で経営する社長になっていました。

 お父さんに社長を譲った時、お爺ちゃんがまっ先にしたことは、僕に仔猫をプレゼントした事でした。

 もっとも、お爺さんは、絶えず仔猫をかまいに来るので、仔猫は僕よりもお爺さんの方が、好きかもしれません。


「何かの本で読んだのだが、わしに拾われた可哀想な仔猫は、虹の橋のふもとで、わしが来るのをずっと待ってくれているそうだ。それから、あちらの世界へ一緒に虹の橋を渡るそうだ。ずいぶん待たせたからな。わしが抱っこして渡ろうと思うのだが、足元はしっかりしとかないと。そのための白いスニーカーだ」


 それから数日、お爺さんは、旅立ちました。


 スニーカーは、僕がお爺さんの柩の中へ入れました。

 お爺さんは、最愛のあの仔猫と出会えたでしょうか?


「いいか、お父さんがどんなに厳しくても今は、言うことを聴きなさい。仕事もしないことが、格好いい事は絶対にない。お爺ちゃんは、仕事をしなかったおかげで、仔猫の一生の半分近くを一緒にいることが、出来なかった。お爺ちゃんは後悔している」


 お爺ちゃんが旅立つ前の日に、僕に言った言葉です。

 

 僕は、猫が淋しそうにしているのに気づきました。

 お爺ちゃんが、姿を見せなくなったからでしょう。

 お爺ちゃんのスニーカー。

 空き箱が、残っていたので、猫の前に、置きました。

 猫は、安心して空き箱の中で居眠り中。

 箱の中で、お爺ちゃんの夢でも見ている様です。


 僕も何処に行くにも白いスニーカーを履いていく事にしています。

 仔猫を抱いたお爺ちゃんが、一緒に歩いてくれている気がするからです。


          終わり


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