第5話 幕間的日常と祭りの仕込み その3
「なるほど、するとかまどの穴と同じ大きさでいいんじゃないですか?鍋の大きさはあれに合わせて作ってますよ、一般的には」
ソフィアの依頼とはコンロの改良である、先程迄コンロの使い勝手を改善する為の金物の形状についてユーリと話し込んでいたのであった。
問題点として、現在のコンロでは鍋と魔法石が直接触れてしまい、魔法石で鍋を支えている状態なのである、調理はその状態でも可能であるが、魔法石の耐久性と後々の安全性を考慮すると魔法石で鍋を支えるのは止めた方が良いとソフィアは考えていた、
「そうよねぇ、既存の鍋に合わせないと使いづらいわよね、うん、このコンロだと小さいのよね」
「えぇ、うーーん、そうなるとこの土台?も大きい物に変更する必要が出てきますね」
「あぁ、それは大丈夫・・・、でもないか、試作品は木で作って危うく火事になりかけて廃棄したのよね、これは焼き物だからその点は大丈夫だけど・・・そこはユーリが何とかするわ」
「いっその事、鉄で土台も作ってみます?この石がはまるようになっていればいいんですよね」
「そうね、いや、魔法陣との相性が悪そうだわ、鉄に書き込むことって出来る?」
「魔法陣を書き込むのはどうでしょう、付与術とか錬金系統の技術になると思いますが、そうなると・・・私の手を離れちゃいますね、それこそ学園の先生方の知恵を拝借しないと駄目でしょうね、ですんで、今、私が出来るのはこんな感じで、鉄で大枠を作って鍋を受ける部分もこんな感じで、魔法石とその土台を大枠の下に設置する感じで少々ごついですがソフィアさんの要望は叶うんじゃないかなと」
ブノワトはメモ帳代わりの携帯黒板に白墨で完成図を書き込んで見せる、
「なるほど、こっちの方が安全そうね、うん、一つこれでお願いできる?鍋受け?の円の大きさはお任せするわ、それがこう二つ並んでいて、この間隔も・・・うん、鍋を二つ並べて作業しやすいように、そこらへんもお任せで」
「はいはい、任されました、お代はどうします?」
「支払いはユーリだから、請求はそっちに、物はこっちでもいいし、ユーリに渡してもいいわ」
「はい、毎度ありがとうございます」
「あっそれと、寝藁って調達できる?」
「うーーん、藁なら手配できます、こっちだと寝藁として売ってるのは無いと思いますよ」
「・・・そうよね、まぁ藁が売ってるってだけでかなり都会よね」
「そうですねぇ、あ、叩きあります?」
叩きとは藁を叩いて柔らかくする木製の平らな木槌の事である、
「探せばあると思うんだけど・・・」
ソフィアは頼り無さげに小首を傾げた、
「では、叩きと藁、藁は5巻位手配します?それだけあれば寝藁以外にも使いようがありますよ」
「そうね、足りなかったら追加で頼めばいいわよね」
「えぇ、でも初夏ですんで、正直、季節が悪いかも、良い藁は無いと思います、まぁ、叩きの時に選別が必要なのは変わりませんけど」
「うん、それはしょうがない、季節じゃないもんね、急ぎで欲しいのよ、だって、寮の皆さんの寝藁が暫く交換されてないらしくて、せめて半年か3カ月位で交換しないと、ねぇ」
「あぁーー、それは、確かに駄目ですねぇ」
「ソフィ、戻ったよー」
不意にミナとレインが厨房から顔を出した、二人の仕事である日々の買い出しから戻ったのである、
「あぁ、えーと、誰だっけ、えっとー」
「おう、ミナちゃんにレインちゃん、元気?」
「うん、ミナは元気だよ、レインは?」
ミナは厨房に引っ込んだレインに問い掛ける、
「勿論じゃ、元気じゃぞ」
レインの返答は食堂にまで届く大声である、
「うん、子供は元気じゃないとねぇ」
「それでー誰だっけー」
ミナは軽やかな足取りでブノワトの側に立つ、
「ブ・ノ・ワ・ト、ヘッケル」
ブノワトはゆっくりと自分を指差して語り掛けた、
「ブノワト、ヘッケル、・・・ブノワトおねーさんでいい?」
「いいわよ、いい子ねミナちゃん」
ブノワトはミナの頭を優しく撫でまわす、
「ソフィア、買い出し結果じゃが」
「ありがとう、レイン、今行くわ、あと、何かあった気がしたんだけど、なんだっけ?」
「お仕事で、ですか」
「ええ、ヘッケル夫妻に相談したい事があったような、んー、なんだっけ、思い出すから、うん、お茶いれるね、ミナ、ブノワトさんのお相手お願い」
ソフィアは後ろ頭を掻きながら厨房へ向かった、
「任された、ブノワトおねーさんのお相手するー」
「任されちゃったか、あはは、んじゃ何する?」
「ん-ー、それ貸してーー、何するものー?」
ミナはブノワトが手にする携帯黒板に目を付けた、
「おう、これはね、便利なのよ、こうやって布で消して」
黒板に記入した図面を手拭で綺麗に落とすと、
「はい、この白墨でお絵描きできるのよ、お絵描き好き?」
「すきー、貸して貸して」
ミナとブノワトが刹那の芸術を描きあげようとした頃、
「思い出したわ、これよこれ」
ソフィアが厨房から金属塊と茶を持って食堂に戻った、
「何です、これ」
「さっきの話だと旦那さん知っているかもだけど、下水道の倉庫で見付けたものなんだけどね、これ同じもの作れる?」
金属塊をブノワトに渡すと茶をテーブルに置いた、
「これは・・・、どういうものですか?」
「水道の止水弁っていうらしいんだけどこの部分を廻すと水が通るらしいんだわ」
ソフィアは金属塊の上部にある穴に棒を突っ込むと廻して見せる、硬く錆ついているが嫌な音を立てて可動した、
「へぇー、面白いですね、これは便利だ、なるほど確かに通ってますね、構造はそれほど複雑では無いですが・・・うん、実際に水を通してみてできれば・・・」
管を覗き込むブノワト、
「うーん、壊してもいいのであれば模倣は出来ますね、壊してもいいですか?」
「それはしょうがないわね、けれど、それはそれしか手に入らなかったから壊すにしてもその点を理解してもらえると嬉しいわね」
「ふふん了解です、腕が鳴りますわ」
ブノワトは実に楽し気に笑みを浮かべた、
「しかし、凄いですね、さっきの話だと200年前の物ですよねこれ?」
「そうなるわね」
「保管環境が良かったのか構造が良いのか、この程度の錆で済んでるなんて、いや、それよりもまだ可動するのが素晴らしい」
興奮気味に捲し立てるブノワトをソフィアは目で制すると、
「それともう一つ、えーと、こんな感じで」
と机上に視線を移し、
「ありゃ、ミナ、それ貸して」
ミナが夢中になっている黒板に目を止める、
「やだー、これブノワトねーさんに借りたのー」
「うーん、あら、面白い絵を描くのね、それはレイン?それと菜園かしら?」
「そうよ、レイン、分かった?分かった?」
それとねそれとねとミナは堰を切ったようにしゃべり始めた、ソフィアとブノワトはミナの説明に一つ一つ楽し気に相槌を打つ、
「うん凄いわね、ごめんねミナ、お仕事で使いたいから、消してもいい?」
「ぶーー、折角描いたのにーー」
「そうねぇ、・・・でもこれ便利ねぇ、同じの手配できる?」
「出来ますよ、白墨も付けますか?」
「えぇ、じゃ、ミナとレインに一個ずつ白墨も10本ずつかなそれだけあれば暫くもつでしょ、支払いは私個人で」
「毎度です、ミナちゃん良かったね、新しいの買ってくれるってだからちょっと貸してくれるかなぁ」
ブノワトの猫なで声にミナは不満そうな顔をしながらも黒板と白墨を手放す、
「ありがとう、ごめんね消しちゃうね」
綺麗になった黒板はソフィアに手渡された、
「それで、なんだっけ、あぁ、こんな感じのパイプを作れるかしら、材は要検討というか鉄か青銅なんだろうけど、お任せで、それで要点としてはこのぐるぐる巻のパイプの真ん中で火を炊きたいのね」
ソフィアは黒板に図を示しつつ説明する、
「ふんふん、これはパイプで一本に繋がっているんですね、すると、はいはい、この巻いてある部分の隙間って必要です?無くてもいい・・・それと大きさはどれ位ですか」
「うーん、そうね、まずは浴槽かしら、浴槽って旦那さん作ってる?」
「ありますよ、木ですか、それとも石と漆喰?」
「どちらが安いかしら」
「木ですね、大きさにもよりますけど」
「んでは、その時に考えましょう、実はね、広い浴槽が欲しいかなぁと思ってて、浴槽はほら大工さんでも職人さんでも作れるし、なんなら樽でもいいんだけど、このパイプが大事でね、このパイプで湯沸しが出来るのよ、それでこの加工が難しそうでしょ、だから先に相談したくて」
「・・・本気ですか?このとぐろ巻いたパイプで湯沸し?」
「そうよ、前に住んでたところで旦那が自作したのを見てたんだけど、この形状のパイプ作りが一番大変そうでね、浴槽への設置と風除けは割と単純だったんだけど、うん、それで大きさだけど、そのブラスさんの作る一般的な浴槽の大きさに合わせて貰って、それの内側の高さで・・・こんな感じかな」
ソフィアは黒板に図を書き足す、
「浴槽の下の方に一つ、それから半分よりも上くらいで一つ、この上の穴を超すようにお湯を張る感じで」
「なるほど、これだと上から水が入って下からでてくるんですね」
「うふ、それが逆なのよ、上からお湯になって出てくるの、下からは水が上がって来るのね」
「それホントですか?いくらソフィアさんでも、それはちょっと信じられないかなぁ」
ブノワトは笑ってソフィアを見るが、ソフィアは至って真面目な顔である、
「・・・ホントなんだ・・・でも面白そう」
「うん、まぁ作ってみてよ、改良が必要だし、旦那も何個も作っては失敗してたしね、今は人にあげちゃったから、持って来れば良かったなぁって・・・今更なんだけどね」
「分かりました、取り合えずイイ感じで作ってみます、その後調整で、これの請求はどうします?」
「一旦私が払うわ、学園には許可も取ってないしね、でも、これが上手くいけば浴槽作るわよ、ここの寮生は若さにかまけて薄汚れていて良くないわ」
「いや、そうですか?浴槽ってうちの旦那も年に1個かそれくらいしか作りませんよ、それも貴族様か商家の大店さんが趣味でって感じで、わたしらなんて時々水浴びするくらいですよ」
「うん、そんなもんよね、私もそうだったんだけど、でもね、離れてみてその価値に気付いたのね、前の住居で旦那がやたら綺麗好きで風呂好きなもんで、毎日のようにお風呂沸かしてたの、お水汲むのも火を炊くのも旦那だったから別にいいし、私も付き合いで入る程度なんだけど、やっぱりね、気持いいのよね、それでこっちにも欲しいかなぁって、学園に無許可だけど・・・」
ソフィアはそう言って茶を啜る、しっかりと冷めてしまった茶に眉根を寄せた、
「なるほど、はい、では御要望に添えるよう頑張りますね、納期はどうします?」
それからソフィアとブノワトは発注した品の納期を一つ一つ確認して商談を終えた。
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