第5話 幕間的日常と祭りの仕込み その4

「そういえばユーリとダナさんは戻ると思うけど、ブラスさんはこっち来るかしら?」


「どうでしょう、店の裏ですからね、わざわざ来るかしら?まぁ今日の仕事は終ってますんで私は好きにさせてもらいます」


「あら、じゃ、お茶入れ直すわ、コンロも実際に使ってみる?」


「いいんですか、喜んで」


ソフィアによるコンロの説明会が始まりブノワトの感嘆と称賛の羅列が終る頃、ユーリとダナが食堂に顔を出した、


「あら、お帰り、お疲れね」


「まったくよ、私にもお茶頂戴、ダナも休んでいき―」


「はいご相伴に預かりますー」


ヘロヘロの二人はヘロヘロと入り口近くの席に座った、


「ん、ミナお茶を持って行ってあげて、ゆっくりでいいわよ、何かつまむものあったかしら」


ソフィアはパタパタと厨房に入る、


「戻りましたー、ってあれユーリ先生がいる、講義休んで何やってるの?」


ジャネットが帰寮したようだ、もうそんな時間かとユーリは腰を浮かし掛けるもまぁいいかと座り直す、


「あら、ミナっち、ブノワトねーさんじゃないっすか」


「はいはい、ジャネットはいつも元気ねぇ」


ブノワトがひらひらと手を振ると、


「ミナっちほどじゃないですよー、なぁミナっち」


ミナに話題を振るが当のミナはお茶を運ぶのに必死のようで返答は無い、


「む、ミナっち真剣だな、レインはいない・・・うん、じゃ、また」


ジャネットはそそくさと自室へ上がった、入れ違いでソフィアが夏ミカンとナイフを手に戻って来る、


「はい、甘い物食べなさいな、そんなに大変だったの?」


「まぁねぇ、足場が悪くて昇り降りが大変だったのよ、遺跡はバッチリだったんだけど・・・明日ストラウク先生を連れて下見に行く予定、ここよりは入りやすいし広いから便利ちゃ便利だったわ」


遠慮無くユーリはナイフに手を伸ばすと、夏ミカンを半分に割り大雑把に皮を剥いでダナに手渡す、


「すると、こっちはもう何もしなくていいのかしら?」


「うん・・・、ごめん、うん、そうなる」


夏ミカンに齧り付いたは良いが酸味が強くてむせそうになりつつユーリは答える、


「ならば、井戸の脇の穴も埋めちゃうわよ、ほっておいても危ないし」


「あ・・・うーん、ごめん、それは待って欲しいかな?あればあったで便利そうではあるのよね」


「じゃぁ、適当に蓋しておきますか、クロじゃなかったスイランズ君に報告は?」


「私から纏めてする予定、明日になっちゃうかも、まぁこの件に関しては私が現地責任者ですからね、真面目に務めるわよ」


「はいはい、では丁寧に御指示下さいよ、責任者さん、あっ、コンロの分発注したから」


そう言ってブノワトに視線を移す、ブノワトは再びミナとお描き遊びを始めたようだ、


「その分の請求はそっちでよかったわよね」


「うん、いいわよ」


「それと、さっき思いついたんだけど・・・」


ソフィアは小声になるが、今さらどうでも良いかと声量を戻しつつ、


「無色の魔法石少し貸してくれない?」


「少しってどれくらい?」


「うーん・・・この間の赤い魔法石くらいあると捗るかしら」


「・・・まぁいいけど、なんなら取ってくれば?」


「私一人で?、いやよ、めんどくさいし、それにこれでも普通の主婦なのよ」


「なんかいってるわこの人、どう思う、ダナさん」


ユーリは沈黙しているダナに話を振ってみる、


「・・・そうですね、でも、母は強しって私の母はよく言ってました、私から見ても、その母は最強の一人なので・・・つまり、普通の主婦って何気に最強なのではと思います、そこを基点として考えればソフィアさんも最強の一角かと思いますが」


しれっと言い放ったダナにソフィアとユーリは顔を見合わせ、


「面白い事いう娘だわ」


「うん、知らなかった、もうちょっと弄ればいい味でそうよね」


それぞれに率直すぎる感想を口にした。




翌日、早朝から雨であった、生徒達はマントを探して大騒ぎしつつ学園へ向かい外に出れないミナとレインはボーッと通りを眺めている、ソフィアはこれはこれで静かでいいわね等と思いつつ共用部の掃除を終らせた。


「おはようございます、納品です」


その雨をものともせずにブノワトが玄関を潜る、


「あら、おはよう、納品?」


「はい、昨日ご注文頂いた黒板です、藁もお持ちしようと思ったんですがこれなんで、晴れてからでいいかと思ったんですが、いいですか?」


「うーーん、確かにそうね、藁も濡れちゃうと腐りやすいし、しょうがないか・・・ん、では黒板と白墨ねありがとう、お代は?」


「はいはい、二つ合わせて銀貨1枚で、白墨はおまけっす」


「はい、ではこちらで」


ソフィアは懐から巾着を取り出しそこから銀貨を1枚ブノワトに手渡した、


「毎度です、ありがとうございます」


「折角だし、お茶いれるわよーー」


「うーーん、ごめんなさい、また後で、納品があと2件、それ済ましてからコンロのあれ作らないとですんで」


「ん、じゃ、またね、気を付けて」


「ありがとうございます」


ブノワトは嵐のように去って行き、雨雲の下の薄闇と纏わりつく不愉快な湿気の中に取り残された三人に色の無い侘しさが天井からのっそりと覆いかぶさって来る、


「ソフィー、何届いたのー」


ミナですら普段の精彩が無い、元気が無いわけではなく、単に調子が上がらないのであろう、


「うん、昨日のこれよ、今日はお勉強しましょう、レインおいで」


ソフィアは幾らかでも明るい木戸沿いのテーブルに二人を招き黒板をそれぞれの前に置いた、


「はい、で、白墨はこれで、布は持ってくるわね、ミナは使い方わかるでしょ」


「わかるー、あのね、あのね、この白いのでお絵描きできるの、それでねそれでね」


「何じゃ、かしましい、折角の雨の中の落ち着いた時間をなんじゃと思っておる、真の風流人とはその季節毎の雨雪の中にこそ自我の在り様と不動の美を見出すものなのじゃぞ」


「レイン・・・そんな難しい事言われても・・・」


ソフィアは奇妙に達観したレインの言に言葉を無くし、


「ふぇー、ふうゆうじん?ってなぁに?」


ミナはレインの語る事の意味をまるで理解できていなかった、


「ふん、まぁ良いわ、で、これで何をするんじゃ」


気を取り直したのかレインはミナを見習って白墨を手に取る、


「うん、それでね、これでお絵描きできるのね、えっと、レインとソフィを描くね」


「ほうほう、なるほどな、どれ儂も・・・」


黒板の使い方等簡単なものである、レインはミナの真剣な様を見て、負けん気を発揮したのか黙々と描き始める、二人の様子に関心しながらソフィアはそっと席を立つと倉庫から襤褸布を持って来た、


「消す時はこれ使っていいからねぇ」


そっと二人の前に襤褸を置く、黙々と描画中の二人から反応は無く、さりとて二人共に襤褸には一度目をやっていた。


暫くして、


「出来た、見て、見て」


ミナの声が静寂の降りた食堂に響き渡り、うつらうつらとしていたソフィアを叩き起こす、


「おふう、出来たか、どれどれ」


ミナの手にする黒板には、所狭しと何がしかが描かれている、中央に三つの人型が並び、その周辺には植物らしきものが描かれ花もさいているようだ、天には太陽が輝いている、


「良く描けたわねー、すごいお上手よ」


ソフィアの誉め言葉にミナは満面の笑みを浮かべる、


「んとね、んとね、これがレインでこれがソフィアで、これがミナなの、それでね、葡萄がね・・・」


ミナの解説が怒涛のように始まった、楽し気に物体の一つ一つを説明していく、


「タロウはいないのー?」


ソフィアはやや意地悪く聞いてみる、


「うん、タロウはいないよ、いないから、それでね」


何とも寂しい事を簡単に言い放つ、


「儂も出来たぞ」


レインが黒板をソフィアに見せた、こちらには葡萄の一房がドンと中央に描画されている、その葡萄は白墨で表したとは思えない程精緻で現実的な作品である、


「うわ、すごいね、えっ、すごい、本物みたいよ」


「・・・ほんとだ、すごい、葡萄だぁ、えぇーどうやって描いたの?」


二人の口から素直な称賛と驚きの言葉が溢れだす、


「そうか、そうか、見た物を見たように描いただけじゃわ」


やや照れたようにそう言ってレインは鼻の頭を掻いた、白墨の粉が付いて白くなるが本人は気付いていない、


「むー、レイン凄い、もっと書く、レインに負けない」


「ミナの絵も楽しそうで良い絵じゃぞ、そういう絵はミナにしか描けないな」


「そうね、レインの絵は凄いけど、ミナの絵は楽しくなるわね」


「凄い絵の方が凄い、ソフィア貸して」


ミナはソフィアから自分の黒板をひったくると猛烈な勢いで自分の作品を消し去った、


「こりゃこりゃ、折角描いたのにのう」


「ふふ、すごい負けん気ね」


「どうしましょ、お勉強用に用意したつもりだったんだけど、今日はこのままお絵描きねぇ」


「そうか、うん、それも良かろう」


ソフィアとレインは必死に黒板に向かうミナを温かく見詰める、


「でも、この絵凄いわね、ちょっと飾っておこうかしら」


ソフィアはレインの黒板を手にして火の入っていない暖炉のマントルピースの上に立てかけた、大掃除の前には雑多な物で賑やかであった場所であるが、ソフィアの管理下においてそう言った扱いからは免れており、逆に少々殺風景であった場所である、


「うん、良い感じね、レイン、飾らせておいてね」


「構わんぞ」


レインは簡潔に答えつつミナの手元を覗き込む、ソフィアは唐突にポンと手を打った、何やら絵を眺めながら閃いたらしい、


「・・・ま、ブノワトが来た時でいいかしら」


楽し気に独り言つ。

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