第5話 幕間的日常と祭りの仕込み その1
初夏の朝である乾燥した爽やかな大気と涼しげな風がモニケンダムを包んでいる、この街の人間はまだ日が昇りきらぬ前に動き出すのが常であるが、その日の朝もいつものようにミナとレインの遠慮無い足音が薄暗闇の中に響き渡って寮母宿舎は動き出す、やがてそれは女子寮に伝播して一日が始まるのであった。
「洗い物があったら登校前に出しておいてね、籠作って置いたから各部屋毎にね、見ればわかるわ」
ソフィアの大声が厨房内から食堂へ響き渡る、やや寝ぼけ気味のエレインを除き他の3人は快活にそれぞれに返答を返した、
「何か、日に日に効率的になっていきますね」
ケイスは楽し気にそう言って黒パンを引き裂いてスープに浸ける、
「うんにゃ、でも下着とかどうしよう、駄目かしら」
「それは、個人で洗いなさいと指導がありましたでしょう」
オリビアの冷ややかな言葉にジャネットは、
「でも、お嬢様のは洗っているんでしょう?」
「そりゃ、まぁ、一人分も二人分も変わりませんし・・・」
「なら3人分も一緒でなーい?」
嫌らしく笑って見せるがオリビアの見せる心底軽蔑した視線を見て、
「冗談だよ」
と矛を収める、
「洗濯も掃除もやれば楽しいですよ」
ケイスはそそくさと食事を終えて白湯を片手に涼し気にそう言った、
「やればって、うん、実家ではちゃんとやってたさ、でも・・・なぁ」
すっかりと怠け癖がついた模様である、ソフィアが来る前の環境ではそれもしょうがないかと思われるが、
「もしかして、下着洗ってないのですか?ジャネットさんそれは・・・」
オリビアの疑念の視線にジャネットは慌てて、
「洗ってる、うん、大丈夫、ほっといて」
「そういえば、洗濯場でジャネットさんに会った事殆ど無いですよね」
洗濯場とは一階の東側の裏側に設けられた土間の事である、元来は倉庫であった場所だが内庭の井戸に近い為、床を剥がして土間とし、洗濯場兼水を使った作業場として活用している部屋である、厨房も近いので洗体の時にもお湯が簡単に使える為重宝されていた、
「そりゃ、寝る前に洗濯してるし・・・」
「暗がりで洗濯ですか?贅沢ですね・・・」
ケイスやオリビアは専ら放課後の夕食前に洗濯を済ませていた、日によってはそのまま行水をしたりお湯を貰って身体を洗ったりしている、
「もしかして」
ケイスはジャネットの肩口の匂いを嗅ぐ、
「や、駄目だよ、ケイスってば」
ジャネットの口から何とも可愛らしい声音が出てきた、
「ちょっと、ミナさんを呼びますか」
「なんでさ」
「ソフィアさんの旦那さんと比べてみて欲しいかなぁと」
「ひど、酷い、おっさんと一緒にするなし」
「えぇ、でも、これは、ちょっと」
ケイスは言葉を濁した、
「なんだよ、ケイスだって、姿消してた時はどうしてたんだよぉ」
「それは・・・」
楽し気であったケイスの顔が一気に曇りジャネットはしまったと感じるも遅かった、早朝特有の気怠くも爽やかな空気は何とも重苦しい沈黙に一変してしまう、
「ごはんー、ごはんー」
ミナとレインが珍しくも遅れて食堂に入ってくる、普段最も早く食堂にたむろしている二人であるが菜園で何やら作業をしていたらしい、
「みんないるー、あのね、あのね、芽が出たよ、スイカとメロン、それとね、あとね、苗もしっかり根付いたってレインがねぇー」
沈黙を蹴破ったミナの言動にジャネットは心底感謝する、
「むー、エレイン眠そうどうしたの?」
勢いそのままにエレインの隣の席に座る、
「・・・二日酔いってわかります?」
エレインは目頭を抑えて溜息を吐いた、
「あー知ってる、タロウがよく言ってた、呑み過ぎ?」
「さすが、ミナさん、何でも御存じねぇ」
「はいはい、ミナとレインの分はこれよ、エレインさんお水か白湯欲しい?」
ソフィアが盆に乗せた二人分の朝食を持って食堂に入ってくる、エレインへの気遣いはその辛そうな姿に一応声を掛けておくかといった程度の風情である、
「・・・お気遣い痛み入ります」
エレインの反応に大丈夫そうねとソフィアは言って、
「そろそろ、朝の鐘よ、みなさん支度なさい」
ソフィアの言葉で寮の朝は一段落を見せ、生徒はそれぞれに登校準備を始めた。
「それで、今のうちにやっておいて欲しいかなって」
昼を過ぎた頃合いにユーリとダナが揃って顔を出した、昨日のスイランズを連れた学園の視察は、やはり視察という名目で王の権力下にある学園としての意思統一を図るための下準備が行われたらしい、スイランズとしては下水道の問題もそうだが魔法石の有用性に関心があり、王国として監視下に置く必要性があるとの見解を示したそうである、学園としてもその意見に異は無く学園長及び事務長はその意見に賛同する事とし領主対策と下水道の始末について共同歩調を取る事としたそうだ、
「で、馬屋をつぶして下水道への入口にすると・・・」
ソフィアはなるほどねと納得した、
「学園の敷地内ですし、現在ほとんど使ってないですからね、先日のように内庭から冒険者を入れるわけにはいかないですよね、曲がりなりにも女子寮ですし、学園の施設ですから関係者以外は基本立ち入りして欲しくないというのもありますし」
白湯を片手にしたダナの言である、
「スイランズ君の予算組次第だけど、早ければ5日以内に何らかの行動を下水道に対して起こすつもりなのよ、具体的には全容把握ね、その為の入口は現状この女子寮しかないわけで、そういう事で一つ作業をしておいてもらえると嬉しいんだけどなぁ」
ユーリはテーブルに寝そべるように低頭するとソフィアの顔を横目で見上げる、
「はいはい、わかったわ・・・けど」
「けど?」
「たぶんだけど、馬屋から竪穴はいいとして、横穴が難しそうね、横穴を通すのも建物をかわすのも可能だけど、穴そのものの補強が必要よ、菜園の下を通ると思うからその点もだし」
「それについては、そうねヘッケル夫妻に頼めば何とかなるかしら、少々無理言っても何とかしてくれるわよ」
「無理言ってもって、普段からそうなの?」
「そうね、うん、だいぶ鍛えたわ」
ソフィアは言葉も無くユーリを見詰めて、
「恨まれてない?」
「・・・たぶん、大丈夫」
ユーリはあからさまにそっぽを向いた、
「ん、では、どうしよう、私としては馬屋を目隠しして欲しいかしら、結界を拡張するから騒音の問題は大丈夫なんだけど、視覚情報は・・・遮断しないとだわね、それでいい?」
ソフィアはミナと共に静かに成り行きを見ていたレインに問い掛ける、
「ふむ、構わんぞ、好きにせい」
「わかったわ、作業用として馬屋兼倉庫全体の目隠しと念のため母屋との間の通路も目隠ししてもらって、それが済んだら作業を開始、竪穴と下水道迄の横穴を開通させます」
ソフィアはテーブルの上に指先で竪穴と横穴を示して見せる、
「その後ヘッケル夫妻に横穴の補強、必要とあらば竪穴もといった感じかしら」
「うん、さすがソフィアね、話が早くて助かるわ、ダナもそれでいい?」
「私は異論ありません、期間はどれほど掛かります?」
「うーんどうだろう、目隠しと補強作業次第じゃない?ヘッケルさんには
「まだ」
「ならそれ次第って事で」
「はい、なら早速、今からヘッケル工務店に向かいます、都合がつけば今日中に下見を、作業についても同様に」
宜しいですかとダナは二人に問い掛ける、二人が了承するとダナは腰を上げ寮を出た、
「尻の軽い娘ねぇ、よいことだわ」
「何ババ臭いこと言ってんのよ」
「うーん、やっぱり年なのかしら最近こう、行動にこう、メリハリが無くて・・・」
ソフィアは左手を右肩に当てて首を左右に振り傾ける、
「たまには剣でも槍でも振り回しなさいよ、目が覚めるわよ」
「へぇー、あなたそんな事してるの?」
「うん、学園で若い子見てるとね、たまにやりたくなるわよ、現役の冒険者も遊びに来るし、やっぱり彼らの生気は良いわよ」
「言ってる事が、ババ臭いわよ」
目を細めるソフィアに、ユーリは曖昧な笑みを浮かべる、
「ユーリ、ババ臭い・・・」
ミナがボソリと呟く、ユーリは途端カッとミナに視線を合わせ、
「ミナ、忘れて」
「ユーリ、そういうのは止めて」
ソフィアがやんわりと止めるも、ミナが意地の悪い口元のみの笑顔を浮かべると、
「ミナ、忘れなさい」
「ユーリ、ババ・・・」
みなまで言わすかとユーリは立ち上がる、
「わぁ、怒った、ユーリの怒りんぼ」
ミナは悲鳴を上げて厨房へ逃げ込むと、ユーリが追ってこないのを確認して、戸口からこちらを盗み見る、
「ミナ、ユーリを揶揄わないの、ユーリも座りなさいよ、大人げない」
ふんと鼻息を荒くして座ったユーリに、
「ユーリ、大人げない」
ミナはさらに追い打ちをかけた。
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