第4話 お忍び貴族は下水道と魔法石より団子です その8
「えーと、突発的な食事会になってしまいました」
食堂には寮生の4人、ソフィア一家の3人、学園関係者として5人、さらにスイランズ夫婦とその従者の姿がある、かなりの大人数であるがこの程度の生徒数は考えて作られているのか食堂内は熱気はあれど狭く感じる事は無かった、
「ある一つの・・・そうですね、現時点に於ける秘密を共有する者達として軽い決起集会とさせて頂ければ幸いと存じます」
一同の前に件の首謀者として立ったユーリはそう挨拶した、
「では、えー我らがアウグスタ学園長より一言頂きたいです、短くて良いですよ、皆さんお腹が空いてらっしゃいますから」
挨拶を求められたアウグスタはやれやれと腰を上げる、
「それでは簡単に・・・学園に係って5年、学長になって1年半、本校の生徒と密に食卓を囲む事は初めてではないかなと思います、これも奇縁のなせる業かとユーリ先生とソフィア女史には感謝の言葉も無い、そしてこの素晴らしい料理の数々・・・、儂も腹の虫が鳴いておる、杯を取れ、もう我慢できん、乾杯じゃ」
飲酒組のテーブルを囲んだ大人達は乾杯の合唱の後カップを合わせグイッと煽る、
「ほう、これは中々素晴らしいワインですな、いや、結構、結構」
学園長室から運ばれたワイン樽が食堂の一角を占めており、その芳醇な味と香りを愉しんでいるのは成人男性達である、
「はい、それでは、今日の食事の仕方について提案致します」
ソフィアはそう言って立ち上がった、
「皆さん、目の前にある料理についてどうしたものかと思案している事と思います」
ソフィアの言葉通り、皆眼前の数々の料理が素晴らしいものである事は理解出来るがさて実際どう手を付けて良いか測りかねていた、
「ですので、各料理に対して食し方の提案を私から致しますね、まずは中央の大皿には茹で野菜、生野菜、卵焼きそれと燻製肉と腸詰の短冊状に切ったものがありますね、こちらはこのように」
ソフィアは山のように重ねられた極薄で円形のパンを一枚取ると、
「これは小麦のパンです、蕎麦のパンと卵を練り込んだパンもありますのでそれぞれの味の違いを愉しんで下さい、で、このパンに大皿からお好みで野菜と肉と腸詰をこのように並べます」
左手にパンを載せそこにバランス良く食材を並べていく、
「次にお好みで味を付けます、塩、酢、魚醤、それと本日初めて口にする方もいるかと思いますがこのホワイトソースをご自由にどうぞ、勿論そのままでも十分美味しいと思います、そしてこちらをこうクルっと丸めて」
長細いパンの端にソフィアは喰い付き齧り切る、一同の興味深げな視線を一身に浴びながらゆっくりと咀嚼すると、
「うん、美味しいです」
そう言ってにこやかに微笑む、
「どうでしょう、御自分の一番を是非作り上げてみてください」
やや、芝居染みた台詞で締め括ると、一同の手はすぐにパンへ向かった、皆無言で真剣に大皿の食材を睨みつつ厳選している、
「ミナはね、これが好きーー」
最初に完成させたのはミナであった、食材は燻製肉と卵焼き、パンは卵を練り込んだパンである、
「・・・うふふ、美味しいーー」
一口食べて実に幸せそうな笑顔を浮かべる、
「負けてられんのじゃ」
レインがミナに続けと頬張る、
「うん、美味いの、腸詰の塩気がたまらんのじゃ」
それから食堂は一気に明るく爆発した、それぞれの一品が完成しそれぞれに感嘆の声を上げる、
「はい、それと鶏肉の揚げ物についてもひとつ御注意を、添えてあります夏ミカンをお好みで搾りかけてください、脂がスッキリして美味しくなりますよ、但し、好みがありますので御自分の取り皿にとってから掛けましょうねぇ、それとこちらにもこのホワイトソースは合います、お試しを」
揚げ物類にすっかり慣れた寮生であったがまた異なった食し方を提案され眼の色が変わる、
「ソフィアさん、この鶏肉の違いって何?」
ジャネットが興味津々で質問をする、厨房で鶏肉の仕込みを手伝ってから疑問に思っていたのである、
「はい、そっちの色が若干薄い方が鳥の胸肉です、あっさりしてますね、色が濃い方が腿肉ですね、鳥の脂が美味しいです、これもお好みですがお年寄りには胸肉がお勧めですよ」
ソフィアの返答にアウグスタとシェルビーそれとリンドがピクリと反応した、
「この揚げ物を巻いても美味いぞ、こりゃ楽しいな」
豪快に笑い声をあげたのはスイランズである、
「そうですわね、食事会が楽しいなんて・・・初めてかも・・・」
パトリシアは夫に同調し朗らかな笑みを浮かべる、
「貴族の食事会は肩が凝るからのぅ、料理は美味いんじゃろうが食った気がしなくてなぁ、味も良くわからんしのう」
「全くですな、ふむ、次の会食からこういった方式も良いかもしれませんね、しかし、気心の知れた仲でないと難しいでしょうな」
シェルビーが気難し気にそう言ってワインを煽る、
「会食そのものは仲を取り持つものの筈が、なんとも形式ばかりに囚われておりますからね、一度ソフィアさんに会食を仕切らせても面白いかもしれませんね、何ぞ案があれば積極的に取り入れたいですな」
リンドも本日は珍しくも歓待される側であった、主の隣りで抑え気味にワインを楽しみつつ料理に手を伸ばしている、
「ほうぅ、リンドの御眼鏡に適ったか、ならばソフィアよ、金は出す機会を見てうちに顔をだせ」
「いやですうぅ、私は此処のお仕事が優先ですからね、そういうのこそタロウが適任でしょう」
「そうだよ、あの馬鹿、嫁と子供置いて何処ほっつき歩いてるんだ、次、顔見たら絞めないといかんな」
「あっはっは、そんな事言って貴方たち喧嘩した事もないじゃない」
ユーリがカンラカンラと笑って言った。
「このホワイトソースは絶品ですわね」
「はい、こちらわたくしが作りました」
「本当ですの?オリビア、貴女、こんなに腕を上げて、たかが2日程度のあいだに」
エレインは笑みを浮かべつつ泣き真似をする、昼間の疲れはすっかり癒えたようでワインの杯をクイクイと傾けていた、
「えぇ、どうぞ人参と共に、これは堪らないですよ」
オリビアの勧めに従って素直に人参に手を伸ばす、
「確かに、これは素晴らしい、何にでも合うのではなくて?これはどちらの料理ですの?」
「ソフィアさん、このソースってどちらの料理なんですか?」
「んーー、どこだろう、旦那の実家?」
「えぇっ、旦那さん居たんですか・・・、あ、でも、ん?ミナっちとレインちゃんは養女ですよね」
ケイスが大袈裟に驚いている、
「そうよー、旦那いるって言ってなかったかしら、まぁその内顔出すと思うわそん時は宜しくねぇー」
何とも曖昧にソフィアは誤魔化した、
「えぇー、旦那さんの事知りたいですー、どんな人ですかー、どこで知り合ったんですかぁ」
ジャネットはワインこそ口にしてはいなかったが雰囲気に酔ったのか妙に艶めかしくソフィアに絡みついた、
「そうねぇ、そのうちねぇ」
「むぅー、ミナっち、ソフィアさんの旦那さんてどんな人?」
「ふんとねーー、ハロウハヘェ、オオイイヨ」
ミナはモゴモゴと咀嚼しながら丁寧に答えている様子であるが、発する言葉はまるで意味を成していない、
「ミナさん、はしたないですよ、飲み込んでからお話して下さい」
見兼ねたダナが優しく諭す、
「うん、うんとね、タロウっていうの、で、大きくて、優しいよ、後、くちゃい」
ミナは必死になって飲み込むと自慢気にそういった、しかし、ミナの言葉は笑いの渦に包まれる、
「くちゃいって・・・」
「うん、確かにくちゃいわね、ま、しょうがないけど」
ソフィアまで笑っている、ミナはその気がない一言が引き起こした状況に驚いていたがソフィアの笑顔を見て笑っていいのだと理解して、
「うん、くちゃいよ、タロウ」
そう続けて満面の笑みを見せる、
「ミナ、あまり悪く言ってやるな、タロウが泣いちゃうぞ」
涙目になったレインが笑いながら窘めると、
「むー、タロウが泣いてるの見た事ないよ」
「そうか?あいつ結構泣き虫だぞ、ミナにくちゃいなんて言われたら号泣してしまうわ」
「ふんだ、いない人が悪いんですー、うん、タロウの分まで食べる」
ミナはそう宣言して鶏肉に手を伸ばす、
「無理しないでよ、だいぶ食べたんじゃない?」
「ふん、らいひょうぶ」
ソフィアの心配をよそにミナは口中をいっぱいにした。
「エレインさん、先程は大変失礼致しましたわ」
パトリシアはすっとエレインの隣の席につくと、謝罪の言葉を告げる、食事会はばらけるように席を移る者が増えてきていた、
「いえいえ、こちらこそ、急だったもので対応が・・・すいません」
エレインは畏まって小さくなるもワインの影響もあってか艶っぽく頬を染めていた、
「しかし、不自由は無いですか?その言うなれば幽棲のようなものでございましょう?」
「そうですね、実家に居たころよりは質素な生活なのは確かです、今はオリビアも居てくれますが、前のメイドは何とも合わなくて目付の職分に拘る子でしたから・・・でも、そうですね、いろいろと考えることができています・・・」
「と言いますと」
「あの婚約自体は何も悪いことは無かったですし、私には身に余る事であったと今更ながら・・・、当時、戦時中でありましたし、身内の戦死もあって・・・気が立っていたのかもしれません、なにせ父は兄の死と私の婚姻を同じ刻に告げたのですよ、父の立場になれば凶事を祝い事で払拭したかったのか・・・もしかしたら私の事を考えての事であったのか・・・、直接尋ねることは無いでしょうけど・・・それに、女として銃後にあって出来ることもあったか・・・とも・・・」
「エレインさん、貴方は面白い方ですね」
「リシアさん、そのような表現は・・・」
「あ、失礼しました、けれど、やはり貴方はわたくしにとって掛替えのない人のようです、是非お友達になりましょう、そうですね・・・、すいません、貴族の友好はどうしても表面的になりがちで、わたくしもクロじゃなかったスイランズと結ばれてからですね心許せる人を得る事の有難みを知ったのは、ですから、そのお友達とはどうするものなのか実はわたくしもよく分かっていないのです」
パトリシアは儚げに微笑んだ、彼女の告白は真実なのであろうそれ故の照れ笑いであったのか、
「ふふん、リシアさん、こういう時は平民に聞くのです」
パトリシアはエレインの言葉に無言で小首を傾げた、
「ジャネットさん、女友達って何をすればいいんですの?教えて下さらない?」
「・・・エレイン、酔った?飲みすぎ?」
ジャネットはあからさまに呆れた視線をエレインに投げかける、
「なんですの、ジャネット様でも答えられないことですの?」
「いや、そうじゃないけどさ、どうだろう、ケイスさん、女友達って何をすればいいんだ?」
「・・・あの、私も知りたいです、友達いないので」
「あっ、聞く人間違えた、うーん、ソフィアさん、女友達って何すればいいの?」
「へっ、何するも何も、茶でも飲んで買い物でもいけばいいんじゃないの?意識した事無いかしら」
「だそうですよエレインさん、買い物行って意識しなければ良いらしい、うん、大体そんなもんだとあたしも思う」
そう結論付けてジャネットは胸を張った、
「だそうです、リシアさん」
パトリシアは一連の会話の流れを微笑ましくも羨ましいと感じてしまう、自分には作れなかった関係性がここには存在しているのである、貴族様式に則った形を堅持する関係はそれで楽な面もあるが嬉しくも楽しくも無い、今触れたこの気兼ねなさこそが貴族社会から欠落した何かであるのではないかとパトリシアは感じた、
「分かりました、では、時々遊びに来ますね、お相手して頂けますか?」
「勿論ですわ、でも、今日のような、その・・・状態は勘弁してくださいましね」
パトリシアの問いにエレインはほんのり染まった頬をさらに赤くさせて答えた。
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