第4話 お忍び貴族は下水道と魔法石より団子です その5
「やぁおはよう、久しぶりだなソフィア、ん?君はミナか大きくなったな、小さいけど」
恰幅の良い壮年の男性が陽気を身体全体から発しつつ寮母宿舎から内庭に入ってきた、菜園に水遣りをしていたミナは手を止めて首を傾げる、
「おじさん、だれ―、そこはミナのおうちよ」
ソフィアはあらあらと駆け足で近寄ると、
「おはよう、スイランズ君・・・肥えたわね」
「久しぶりの再会でそれかよ、いや、確かに肥えたかもだが」
ソフィアはスイランズと呼んだ男性と軽くハグをする、
「妻も来たんだ、いいだろう?」
「え、ホント」
「そうよぅ、久しぶりねソフィア、元気そう」
スイランズの背後から上品さが隠しきれない美しい女性が顔を見せる、
「パトリシア様、お久しぶりです」
ソフィアはすっと片膝を着いた、
「ソフィアさん、礼は結構です、お忍びのつもりなので、それとそうね、リシアと呼んでくださいね」
パトリシアはソフィアの肩にそっと手を置く、
「畏まりました、パトリシア様、リシアさんですね」
ソフィアはパトリシアの手を取り立ち上がると、頬と頬を合わせる挨拶を交わした、
「んー、ミナもー」
「ミナは先にこっちだろ、覚えてないか俺の事?」
「知らなぁーい」
スイランズはミナのつれない一言にあからさまに肩を落として見せる、
「無理ないわよ、あの頃ミナは2歳くらいよ、タロウが離さなかったし、覚えてない?クロノスよこの人」
ソフィアはミナの顔を覗き込む、ミナはより不思議そうな顔でクロノスを見上げると、
「ピカピカ鎧着てないよ?あと、何か違う・・・」
悲し気にそう言った、
「きっと、太り過ぎねスイランズ君・・・」
「マジかー、いやそんなに違うか?鎧はそうだけどさ、いや、これはどうしたもんかなー、クロノスだよぉー寂しい事言うなよミナっち、頼むよーー」
「むー、知らないものは知らないのー」
ミナはスイランズをあっさり振り切るととパトリシアの元に駆け寄りソフィアの真似をして挨拶をする、
「あら、御丁寧にありがとう、リシアです」
「ミナです」
最上の笑みをパトリシアに送る、
「宜しくね、ミナさん、スイランズから聞いてますよ」
パトリシアは膝を着いて頬を合わせる、ミナは初めての親密な挨拶に顔を真っ赤にして照れてしまう、
「む、来客かや?」
厨房からレインが出て来た、手には倉庫を漁って見付けてきた大工道具を持っている、
「レイン、こっちに紹介するわ」
レインは手にした道具を内庭の端に置くとソフィアの元へ駆け寄った、
「こちらがスイランズさん、こちらが奥さんのリシアさん」
「レインと申します、宜しく頼むの」
レインは二人に恭しく礼をする、
「御丁寧にありがとう、新しいと言っては失礼だが養女さん?」
スイランズは明け透けにソフィアに問うた、
「そうですねぇ、うーん、養女と言えばそうですが、ミナの姉?後見人?」
「レインはミナの大事な人だよ」
ミナは楽し気にレインの背中に回ると、レインの肩口からスイランズ夫婦を覗き込む、
「まぁ取り合えず、宜しくのぅ、それよりも、身重かや目出度いのぅ」
レインはパトリシアを見詰めそう言って微笑んだ、
「分かりますの?」
「うむ、今の所順調そうじゃぞ、まだまだこれからだろうがの」
「すごいね、見て分かるもの?」
「うむ、分かるな、性別も分かるぞ知りたいか?」
えっ、とスイランズ夫婦は顔を見合わせ、不思議そうな顔でレインを見てソフィアを見る、ソフィアもまたどうしたものかと困った顔をしていると、
「愉しみにとっておくらしいからの、要らぬことじゃったかな」
レインはそう言って笑うと、
「ミナ、水遣りは終わったのかや?」
とミナを連れて菜園へ戻った、
「ソフィア、あの娘は?」
スイランズは不思議そうな顔のままソフィアに問う、
「うーん、まぁその内あの娘から説明されるわよ、うん、まぁそういうものなの」
「そうか、君がそう言うなら・・・まぁ」
ソフィアの適当な言動に懐疑の念は強くなるものの、スイランズはかつての戦友の言葉であるという事で無理矢理に納得する事にしたようである、気を取り直したスイランズは本来の快活な大声を張り上げた、
「まぁ、よいわ、土産あるぞ、リンド」
名を呼ばれたスイランズの従者が宿舎から大荷物を手に姿を現した、
「あら、リンドさん久しぶり」
「こちらこそソフィア様、御機嫌麗しゅう」
執事らしい執事の姿をした初老の男である、両手一杯に木箱を抱えていた、
「これ全部?」
「えぇ全部です、厨房はどちらに?全て食物で御座います」
「助かるわ、ありがとうスイランズ、こういう事は気がきくわよねぇ」
ソフィアは実に現金な笑みを浮かべる、こちらにと厨房へ向かって歩き出す、
「うむ、分かってるだろう?タロウの一番弟子?」
「私の事をそう呼ぶという事は・・・夕食は戦争よ?参加していくのね」
「ふふん、勿論だ、君達に会って食事を共にしないのは愚の骨頂というもの」
「いいわよ、寮生と一緒だからねぇ、リンドさんも一緒でしょ、えーとアフラさんでしたっけ?リシアさんの従者」
「アフラはお留守番ですわ、例の空間魔法を監視して頂いてますの」
「なるほど、そうか、うん、確かにそちら側は監視必要かもね」
「じゃぁ、何かお返しを考えましょう、お気持ちだけでもアフラさんに届けて頂けます?」
「ありがとうございます、アフラも喜びますわ」
「そういえば、タロウはいるのかい?」
「いないわよ」
「相変わらず?」
「そうね、根無し草っていうの?本人は放浪癖なんて格好付けてるけど、そのうち顔出すんじゃない?」
厨房内に3人を招き入れると作業台に土産を置くようお願いする、
「これがコンロ?ユーリの報告書にあった」
土産の箱を楽し気に覗き込むソフィアとリンドを尻目にスイランズとパトリシアは珍し気に厨房内を散策している、
「えぇ、そうよ、実物は初めて?」
「あぁ、使って見ていいかい」
どうぞとソフィアが言うが早いかスイランズはコンロをあちこち弄り回す、
「確かこう・・・」
プレート上の魔法陣を指先でなぞるとシュボッと魔法石から炎が立ち上がった、
「なるほど、これはすごい、しかし、この発想は無かったな、うん」
「大したもんでしょ、魔法石そのものの安全性がどうのといってユーリは慎重だけど、私から見ても道具として便利なのよ、もう少し使い勝手を改良したいのとタロウの意見が欲しいのだけど、現時点で十分に使用に耐えるわよ」
「うん、これは一台欲しいな、実際に使い倒したい、ユーリはいつ来る?」
「そろそろかしら、皆さん食堂でお待ちになって、お茶を入れますから」
ソフィアの案内で3人は食堂に通されそこで待つこととなった、茶が出され今度は世間話に花が咲く、一杯飲み干したかどうかの頃合いでユーリとストラウクが沢山の資料を持って姿を現し、程無くアウグスタ学園長、シェルビー事務長、学園事務員ダナの3名が合流した。
先に待っていたスイランズとパトリシアの姿にユーリは驚き喜んだ、事情を知らないストラウクはあからさまに不機嫌そうに眉根を寄せるが、ユーリのパトロンの一人であると適当に誤魔化すと、それが真実の全てでは無い事を瞬時に見抜きつつも話を合わせる事にしたようである。
困ったのはシェルビー事務長であった、学園長と事務長は共にスイランズと面識がある為その姿に大いに驚き萎縮してしまっていた、スイランズとパトリシアの私用だとの言葉に学園長はその意を汲んだが、生粋の貴族であるシェルビーは柔軟な対応が難しいらしく普段の落ち着いた紳士然とした威厳を取り戻すのに暫し時間が必要であった、それまでの間は何とも締まらない痴態を晒すことになり、彼の知られざる一面を開陳する事になった。
平穏であったのは事情を知らないダナである、彼女は慇懃な態度を崩さずかと言って不愉快な距離を取るわけでもない、普段からシェルビー達貴族の同僚上司に接する形のままスイランズ達とも接しているようである、学園長と事務長の慌てぶりから彼等の立場を慮っての事であろう、実に賢く器用な女性である。
「それでは、関係者お集まりの事と思いますので説明会を始めさせていただきます」
ユーリの型に嵌った口上から会は開始された、諸々の事情は既にある程度周知しており、今回は実際に現地の視察とより詳しい説明が主題となる、
「では早速ですが現地の視察に赴こうと考えます、先導は私とストラウク先生が、他にどなたが赴かれますか?」
ユーリの問いにスイランズとアウグスタ、シェルビーが沈黙のまま挙手をする、
「はい、私共も一度入っただけの地であります、危険や失礼があるやもしれませんその点御容赦下さい、ですが、経験だけはある方々ですね」
シェルビーの実力は知らないがスイランズとアウグスタは別格であった、ユーリの評価にスイランズは困った顔をし、アウグスタは言いよるわいと破顔した、
「では、参ります、支度をお願い致します」
「愉しみじゃのう、久しぶりに血が滾る思いじゃ」
アウグスタは着ていた長衣を脱ぐと軽く畳んで椅子に掛ける、流石に慣れたものなのだろう、作業用なのか身体にフィットした無駄のない装束で挑む様子である、
「先生、若いですね」
スイランズはアウグスタの姿に笑みを浮かべる、
「ふふん、現役じゃぞ、勿論コッチもじゃ」
少々浮かれ気味のアウグスタは股間を突き出して見せる、
「それは素晴らしい、であれば、うん、今度我が町の娼館に」
スイランズの言葉はパトリシアの眼光のみで途絶した、
「では行こうかの、ユーリ先生頼むぞ」
怪しく光るパトリシアの眼から逃げる様にスイランズとアウグスタは競って内庭に向かう、
「私達はお茶の続きにしましょうか、ミナとレインも呼びましょう」
ソフィアは残った女性陣に声を掛け厨房に入った。
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