第4話 お忍び貴族は下水道と魔法石より団子です その6

「では、詳細も伺おうか」


「はい、先程実際の下水道及びその倉庫区画、処理区画を見て頂きました、また魔法石についても同様です」


ユーリはキビキビと事務的に答えていく、下水道探索組と居残り組が合流すると食堂は再び講堂として機能し始めた、一同はやれやれと腰を落ち着け茶を啜りつつ一息吐いてアウグスタの一声で会議は回り始める。


「まずは、ストラウク先生から下水道に関する説明をその後私から魔法石についての考察を申し述べます、先生、お願いします」


ストラウクは話を受け継ぎ下水道に関する基礎知識を披露しその問題点と対策案を付与して講話を終えた、以前にユーリに語った事とほぼ同じ内容であるがより要点が纏められすっきりとしたものになっている、また聴衆が質疑応答の形を取らず一方的な伝達であったのも功を奏したと言って良かった、


「実に理解しやすいすばらしい講義でした、普段からそうであると大変嬉しいですね」


アウグスタ学園長は満足気にそう評した、ストラウクは頭を掻いて照れ笑いを浮かべる、ストラウクは講義そのものは苦手としている講師である、今回はかなりの工夫と熱意が感じられる内容であった、


「先に質問があれば」


ユーリは一同に問い掛ける、特に質問は無い、


「では、わたくしから無色の魔法石について説明致します」


ユーリの説明もこの場で生徒達に向けたそれと大差は無い、しかし魔法石についての情報はこの場に参加する者であれば当たり前のように所持していたもので、やはり無色である点と生成場所が発見された事が今後の研究において特に重要であるとして認識を共有した。


「なるほど、まとめると、下水道の始末についてと魔法石の研究についてが選択しだいで相反すると、捉えてよいのかな」


アウグスタは難しい顔をしてそう結論付けた、


「はい、どちらをとるかどっちもとるか、方法論は数ありますが何れにしろ学園レベルでは対処のしようがありません、領主、場合によっては国としての対応が必要かと思われます」


「良く分かった、しかし・・・だ」


眉間の皺を深くして頬を2度3度掻くと、


「まぁ、報告としてはよくできているし、しょうがない面もあるが・・・、もし、より危険な遺跡や魔物の類の巣窟であったとしたら問題であったな」


「本件に関するお叱りであれば幾らでも私が・・・」


ユーリは言葉を選びつつどの方向性に持っていくべきか悩んでいる様子のアウグスタに嘆願した、


「学園長、本件の発見の経緯及び諸々については、この際彼等の主張するように事故と若者の探求心として片付けよう、もし私が彼等と同じ状況であれば恐らく同じ事をしたと思うしね」


スイランズの助け船である、


「その上で、権利を言うのであればこの学園及び学園関連の土地は確かに領主の管理下にあるが、学園そのものは王国の管理下にある、王国の物、王の物は国民のものである、権利の面で今回の諸事に王国と王は口出ししないであろう」


これは王は権利の面で口出ししないと口約したも同然である、


「権利についてとやかく言うのはクレオノート伯か、しかし、問題はモニケンダム全体に及ぶのが必然だろう、すると、うん、この後の対応についてはクレオノート伯だけではどうもできないだろうな、そこで手を貸す形かなぁ・・・」


クレオノート伯とは領主の名であり、モニケンダムとはこの都市と地方の総称である、


「はい、我々としてもそこが最も難しい点かと考えております」


ストラウクはそう言って資料を配り始めた、


「こちらは下水道対策としての費用の概算です、私が概算で出したものでして全くの素人計算ではありますが思案の一助となるかとも思います・・・」


会議はその後昼を過ぎ午後一番の鐘が鳴る迄続いた、


「公務終了の時間です、会議は一旦ここらへんで・・・」


疲れ切った声のユーリは弱弱しく片手を挙げて提案する、


「そうじゃのう、皆も・・・疲れておるな、これでは良い案は出ないだろう」


「それに一旦持ち帰ってそれぞれにどう対処したいかを明確にするべきですね、尤も方向性に関してはスイランズくんに一任になるでしょうけど」


ソフィアは会議そのものに口出しをしなかったが最後にそう言ってスイランズを見る、


「あぁ、分かったよ、それは俺の仕事だ」


スイランズは席を立ち大きく背伸びをする、


「では打合せは終了で良いな、そうだな、3日後迄に対処について連絡しよう、連絡先はユーリで良いな?」


「はい閣下」


ユーリは畏まる、


「閣下では無い、学園長もそれで良いか?」


「異議ありません、スイランズくん」


「良し、うん、折角モニケンダムに来たのだ、学園の様子を見たい、パトリ・・・じゃなかったリシアはどうする?」


「夕方迄街を見たいですわ、夕食はこちらでしょ?」


「そのつもりだが」


とスイランズはソフィアを見る、


「はいはい、学園長、どうでしょう夕食を御一緒しませんか?先生方も事務長も是非、生徒達も一緒ですがなかなかそういった食事会も楽しいのではないですか?」


「ほうほう、それは楽しそうじゃの、シェルビー卿如何かな?ダナ女史は勿論同席するのだろう?」


「えぇ、はい、私等が宜しいのですか?」


シェルビーは緊張のあまりか言葉は少ない、会議中も殆ど発言しなかった、


「勿論、御呼ばれ致します、ソフィアさんの料理は絶品ですよ」


ダナは楽し気にそう言った、


「ほうほう、それは期待してしまうのぅ、酒はどうかの?」


「嗜む程度であれば、それと生徒に勧めすぎなければ、しかし、当方に用意はありません、精々料理に使う程度です」


「ふむ、よし、スイランズくん、学長室にて見繕うか、シェルビー卿も良い機会じゃ今日は一日儂らに付き合え」


「はっ、光栄に存じます」


シェルビーは額に発汗している、袖口でそれを拭うとハッと気付いて懐からハンカチを取り出して額を拭い直した、


「よし、では学園へ、リンド、リシアを頼むぞ、ユーリ、あのコンロについてなんだが・・・」


スイランズは学園関係者を引き連れて学園へ向かう、


「さてと、むさ苦しいのから開放されたわねぇ」


パトリシアは食堂でスイランズらを送りガランとした食堂でフゥと一息吐いた、ソフィアとリンドは茶器を片付けつつ会議用に並べたテーブルをいつもの形に並べ直す、


「リシアさんはどうされます?良ければミナとレインを付けますよ、私は宴の準備です」


「そうねぇ、少しゆっくりしたいかしらそう言えばお二人は?」


「菜園ですね、時々覗きに来てましたけど」


「ふふ、可愛らしいわね、生徒さん達はいつ頃戻られるの?」


「そろそろかと思いますよ、割とマチマチですね、授業の後に研究室にいく娘もいるので」


「終わったー?」


ミナが厨房から顔を出す、


「終わったわよ、ミナ、リシアさんとお出かけしない?」


「いいよー、レインも一緒?」


「一緒でいいわよ、うーん、ちょっと綺麗綺麗にしましょうか」


ソフィアはミナの手をとって内庭に向かう、ミナの前掛けは泥だらけで何をしたのか髪はボサボサである、


「リシアさんはとっても大事なお友達だからね、宜しくね」


ミナの前掛けを外し懐から櫛を取り出すと髪を軽く梳いてあげる、


「レインもおいで、髪を後ろで縛りましょう、その方が可愛いわ」


二人の様子を遠巻きに見ていたレインを手招いて前掛けのポケットから飾り紐を取り出す、


「わぁ、いいなぁ、ミナもー」


「はいはい、ミナのもあるわよぅ、さぁレイン、後ろ向いて」


素直にレインは背を向ける、腰まで伸びた蓬髪を軽く梳いてうなじでまとめると飾り紐で結わえる、


「うん、次はミナね、レイン、ミナと一緒にリシアさんのエスコートお願いね」


「うむ、エスコートか・・・、かまわんが儂らも詳しいわけではないぞ」


レインの言葉通り、3人がこの街に居ついてから数える程しか経っていなかった、


「そう言えばそうね、・・・まぁ、一緒にブラブラしてくる程度でいいわ、リンドさんもいるしね、はい完了、うんイイ感じに可愛いわよ二人共」


ミナはレインとソフィアの顔を交互に見ながらだらしない笑顔を見せる、


「よし、エスコートする、レイン、行こう」


やる気に満ちた元気な声でミナは食堂へ走りだした、


「こら、走っちゃ駄目」


ソフィアの控えめな怒声は届かなかったようである、ミナの背はあっと言う間にソフィアの視界から消えた、


「やれやれじゃ」


レインは楽し気に吐息を吐いてソフィアと共に食堂に入る、


「お帰り、エレイン、エレインもエスコートする?」


食堂ではパトリシアと帰寮したエレインが相対し、二人の間でミナがにこやかにしていた、


「ミナさん、急にエスコートと言われましても、すいません、初めましてエレイン・アル・ライダー、デルフト地方のライダー子爵家の者です」


エレインは右足を後ろに中腰で頭を垂れた貴族流のお辞儀をする、


「御丁寧にありがとうございます、そうですね、リシアとお呼びください、こちらにはお忍びでございますその点御理解頂ければ幸いです、正式な挨拶をする場にあれば本日の出会いを忘れる事はないでしょう」


パトリシアもエレインと同じお辞儀をする、エレインはパトリシアの言葉の真意を図りかねるが子爵家である事を先に名乗っている為パトリシアは子爵以上の爵位を持った貴族である事がほぼ決定である、その女人がお忍びと明け透けに言っているのであるからその意を汲むのが貴族としての礼儀であった、


「ではわたくしの事もエレインとお呼び下さい、リシア様、本日はお会いできて光栄で御座います」


エレインは必要以上に触れずに距離を取る方が良いと判断した、貴族の力関係や諸々の駆け引きに巻き込まれてはたまったものではない、エレインは貴族独特の慣習に対する反骨心によってこの場に存在しているのである。


エレインはすっと身を引くと、


「では御機嫌用」


にこやかに告げてゆっくりと食堂を抜けようとするが、パツッと指を鳴らす音が食堂に響く、音の主はパトリシアであった、


「思い出しました、ライダー子爵家、二女のエレイン・・・姉はマリア、レイモンド子爵家に嫁がれている、それからお兄様が王国の近衛に在籍してらっしゃる筈・・・」


輝く程の笑顔でパトリシアはエレインの両手を取った、


「ですわよね?」


「えぇっ、確かにそのエレインです、姉も兄もあって・・・ます」


面喰った様相のままパトリシアの質問に言葉少なに答えた、


「このような場所でお会いできるとは感激ですわ、わたくし貴女のファンですの」


パトリシアのこの告白にその場にいた全員が疑問符をその顔に浮かべた、ミナは元より会話の内容を正確に把握してはいなかったが。

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