第4話 お忍び貴族は下水道と魔法石より団子です その1
「それでは、洗濯物を取り込んじゃいましょう」
ソフィアの号令に菜園で苗の様子を見ていたミナとレインは元気に返事をして白いシーツの波に駆け寄った、昨日の下水道探索の後レインによって菜園の崩落は修復され植え付けていなかった種の植え付けと苗の植え替えを行った、カシュパル一家のみでの作業となったが畑仕事に習熟したのかあっというまに予定の作業は終わり、本日の業務は洗濯物の取り込みと仕分け、夕飯の準備のみとなっている。
「あっその前に手を洗って服の泥汚れを落すのよ、ほら前掛け外して」
「はーい」
素直な返答が二つ響きミナとレインは前掛けを洗い物籠へ突っ込み井戸へと走る、ソフィアはシーツを回収しつつ手早く纏めて勝手口から厨房の作業台へ放り込んだいった、ミナとレインもそれを真似て作業に参加し洗濯物の取り込みはあっと言う間に終了する。
「じゃ、畳んで・・・どうしましょう、食堂に置いといて持って行ってもらいましょうか」
ソフィアは軽く思案する、衣服等の洗濯は基本的には寮生各自で行う事になっている、しかし先刻の状況を鑑みるに寝具等を洗濯した事はほぼ無いであろう事が気になった、ものは試しと本日の朝食時にシーツの洗濯を提案し、案の定であった為寝具の洗濯は強硬されたのであった。
而してケイスは喜んで協力してくれたが他の3人は特に関心も無く、しょうがないとミナとレインを使って各自の部屋から寝具周りの洗い物を強引に回収したりもした、又その際に寝藁の劣化が激しい点と掛布団の洗濯も指摘され順次対応していく事とした、特に寝藁の交換はいつ行われたのかすら不明で、早急に対応する必要があるとケイスは実に真剣な顔でソフィアに嘆願したのである。
「綺麗に畳んでね、お嬢様方に失礼のないようにねぇ」
「任せて、綺麗に畳む」
「無論じゃ」
ソフィアは大雑把に回収したシーツを食堂に運び一枚一枚状態を確認しながら8つ折り程度に纏めていく、ミナとレインもそれを真似るもやはり何処か歪んでしまうようで、二人共に納得いくまでやり直しを繰り返していた、
「戻りましたー」
と気の抜けた声でジャネットが一番に帰寮する、白いシーツに溢れる食堂を見てオオッと間の抜けた声を出して足を止めた、
「はい、お帰りなさい、ジャネットのはどれかしら」
ソフィアはシーツの端を照合しながら数枚抜き出すと、
「はい、どうぞ、これがジャネットの2階の3号室分ね」
「あ、はい、ありがとうございます」
少々呆気にとられたジャネットは妙な敬語となる、
「ちゃんと敷いて使うのよ、それからこれからは定期的に洗濯するからねぇ」
「はっ、はい、了解しました」
両手にシーツを抱えると2階への階段へ向かった、ソフィアはその背を見詰め一計を案じる、
「ミナ、ジャネットにシーツの敷き方を習ってきなさい、レインも行く?」
「それくらいミナも知っておろうが」
レインは咄嗟にそう言うが、ソフィアの目を見るとそういう事かと納得し、
「ミナ行くぞ、今度は敷き方の講習じゃ」
口元で嫌らしい笑みを作るとジャネットを追った、
「コウシュウって何?」
ミナは勢いに釣られてレインを追う、階段前で二人に追い付かれたジャネットは軽い悲鳴を上げるがすぐに笑い声となった、その声はやがて2階へ吸い込まれていく。
ソフィアはミナとレインが畳んだシーツをそっと畳みなおして部屋毎に分類すると、軽く伸びをしながら、
「次は、夕食ねぇ、今日はどうしましょう」
と天を仰ぎつつ立ち上がり厨房へ向かった。
「・・・というわけなのです」
神妙な面持ちのオリビアがソフィアに対しとても優雅に頭を下げる、ソフィアはなんとも困った顔で手にした包丁を置くと前掛けで両手を拭う、
「オリビアさん気持ちは良く分かる・・・気がするけれど・・・」
表情は変わらぬままに言葉を詰まらせた、
「であれば、是非」
決意の籠った力のある瞳がソフィアを射貫く、
「・・・エレインさんはどう?」
「問題無いですわ、わたくしからもお願い致します」
厨房の戸口にエレインが立っている、
「いいえ、依頼の仕方が間違っておりますわね、お願いの仕方でしょうか、いや、いずれにしろ御教授願いませんでしょうか、ソフィアさん、いえ、ソフィア先生、勿論ですが謝礼も御用意致しますし、材料費も必要とあれば」
エレインはそう捲し立てつつオリビアの隣りに立つ、
「オリビアさんは料理だけはとんと駄目でして・・・、その他はほぼ完璧ですのよ、ここ数日お付き合い頂いておわかりでしょう?」
「お嬢様、恥ずかしいのでそれくらいで」
エレインの言葉にオリビアは視線を外して頬を染める、恥ずかしいのか照れているのかそのどちらもであろうか、
「昨日の惨状はソフィアさんにも御理解頂けたかと思いますの、そこでなのです」
昨日の惨状とはソフィア達遺跡の調査隊が帰還した後の事である、時間が押した為夕食の支度はオリビアとケイスが担当する事となった、しかし二人共にどうやら料理というものに不慣れであったようである。
ソフィアの感覚からすると自宅にメイドや料理人を抱えている貴族や大商家の令嬢でもなければ最低限の常識として料理の基礎知識は身に着けていて然るべきであった。
しかし、どうやらこの二人には当てはまらなかったようで、生煮えのオートミールと焼き過ぎた燻製肉に食卓に着いた一同は悲鳴をあげたのである、辛うじて朝食用に用意していたパンと生野菜をサンドする事で夕食としたものの、思い出すと確かにエレインの言葉の意味も理解できるものではあった。
「昨日の夜、オリビアさんに相談された際にはわたくし泣きそうになりましたの、子供の頃からのお付き合いなのですが、こんな真剣なオリビアさんは初めてでした、昔からなんでも卒なくこなす秀才でしたからオリビアさんは、実家でも大変期待されておりますの、だからこそわたくしの側にいられるんですわ、そんなオリビアさん達ての願いですの、これを叶えられないなんて主として不甲斐ないばかりなのです」
エレインはなにやら芝居じみた仕草でソフィアを説得し始め、オリビアはそんなエレインを止めるべきか否かオロオロと二人を見比べている、そんな二人を前にソフィアは眉間に皺を寄せたまま大きく溜息を吐くと、右手人差し指を二人の眼前に立てた、途端、饒舌なエレインは言葉を止め、オリビアもまたその指先に視線を取られる、
「分かりました、では、オリビアさんにはお手伝いという事で夕食の支度に参加して頂くという事で如何でしょう」
ソフィアの言葉に二人は肩の力を抜き笑顔になる、
「ありがとうございます」
「良かったですわ、オリビアさん」
「但し」
ソフィアはやや強く二人を牽制すると、
「私にも欠点があります」
ソフィアは腕を組んで踏ん反り返る、
「私は他人に教えるのが異常に下手です、故にオリビアさん、貴女は言うなれば私の手となり足となる事で料理の何たるかを理解して下さい」
「それは一体どういう・・・」
ソフィアの剣幕にエレインは素直な疑問を口にする、
「・・・どういうも何もそういう事よ」
厨房の戸口にユーリがひょっこりと顔だけ出してそう言った、
「あらこれは、御機嫌用ユーリ先生」
オリビアは咄嗟に優雅な一礼でユーリを迎える、エレインはどういう事ですのと小さな声で再度疑問を口にする、ソフィアは尚踏ん反り返っていた、
「ソフィアはねぇ、他人に教えるのがすごーく下手なの、昔から」
ユーリはニヤニヤしながら厨房へ入ってきた、
「詳しい話はしてなかったわよね、私とソフィアの関係、まぁ、話す気もないんだけど一つ言えるのは、この娘昔から感が良くてね、1を教わると10位理解しちゃう娘なの、だから1と10の間の事を聞かれても”そういうもんでしょ”って平然と言っちゃう娘だったのね、この感の良さに助けられた事も多かったんだけど、それ以上に知識としてはまるで役に立たないのよね、その上喧嘩の元なのよ」
なんでかわかる?とエレインに問う、エレインは暫し思案し、
「知識として言葉にできない・・・ですか」
「そうね、流石エレインさん、故に本当はねソフィアを学校の講師にしようと思ってたの、でもね」
ユーリは楽し気にソフィアに視線を送る、
「そういえばこういう娘だったって1年半ぶりかしらに会って、思い出して、ならばってんで寮母さんなの」
楽し気に話すユーリに若い二人は呆気にとられてしまう、
「でもそんなソフィアが助手としてオリビアさんを手元に置くという事でしょ」
「・・・あぁ、なるほどそう理解すれば良いのですね」
オリビアは合点がいった様子である、
「そうね、これは良い機会だと思うわよ、オリビアさんにとっては勿論、ソフィアにとってもね」
ユーリはソフィアの背後に回り込むとその両肩を優しく揉んだ、
「ソフィアも力み過ぎ、普段ぼうっとしている貴女にしては良い結論だと思うわよ、後は時間を掛けてやってみなさい、オリビアさんも宜しくね、貴女はあくまで助手としてソフィアの技術を盗むのよ、ソフィアはそうね作業の言語化と要点の明確化ね、これが出来るだけで他人への情報伝達が飛躍的に向上するわよ」
「・・・何よ、上手く纏めた気でいるの?」
ソフィアは二人に表情が見えない方へ首を曲げ声を顰めて話し掛ける、
「えっ、纏まってない?」
「ふんだ、何しに来たのよ」
「いろいろ報告と相談ね、夕食の後でいいわよ、今日は何?」
「今度からお金取るからね、ほぼ毎日来てるじゃない・・・まぁいいわ」
年上の女声によるひそひそ話にエレインとオリビアはさらに肩の力が抜けてしまう、
「では、早速、今日からビシバシいくわよ」
ソフィアはこれ以上ない程踏ん反り返ってオリビアを睨む、彼女なりの精一杯の虚勢であった、
「はい、望むところです」
オリビアもまた気合を入れ直して腕捲りをする。
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