第3話 街の地下には・・・ その8

翌日ユーリは授業を終え研究室に戻ると一通りの打合せを済ませてパタパタと廊下を急いでいた、


「ユーリ先生、お急ぎですか?」


思索にふけながら急ぐユーリを呼び止める渋い声があり、ユーリは足を止め振り返った、カエン・オラ・イグレシア魔法学部長である、ユーリの直接の上司であった、


「すいません、イグレシア部長、注意散漫でしたわ」


ユーリは咄嗟に取り繕った笑顔を浮かべる、


「いえいえ、こちらこそ、急に呼び止めて申し訳ない、えーとあの生徒、ほら女子寮の・・・」


「ケイスさん、ケイス・クリップスですか?」


「えぇ、そう、そのケイスさんの件で相談したい事がありましてね」


ケイスをイグレシア部長の研究室に引き合わせたのはユーリである、その際彼女の事情は大まかに伝えていた、


「うーん、どういった事でしょう、内容によりますが、本来彼女は私の担当ではないので神聖魔法学科のルオン先生に相談頂いた方が宜しいかと思いますが」


「・・・そうでしたか、いや、素行ですとか学力ですとかの問題ではないのですよ、彼女が発見された際の事象について確認したいと思いまして」


「事象ですか・・・」


ユーリは思い出す、女子寮で推理大会の後レインのあれによってあれになった件であろう、


「そうですねぇ、ケイスさんは何と?」


「えぇ、姿のみが透明化と本人は言ってます、その状態で食堂に集まった皆の側に居て強制的に解除されたと、実に曖昧ですね、とても大事な事象なのですが論理的な説明を求めても会話になりませんで」


イグレシアは深い皺の刻まれた頬を歪ませる、


「なるほど・・・」


ユーリは杖の先で額をコツコツと叩きながらどう誤魔化すかを考える、レインのあれはあれであるからあれなのであって、自分に言語化できるとは思えない、ましてその仕組みなぞソフィアでさえ理解しているのか不明である、さらに言えばレインの正体さえ自分は知らないのだ、だからと言ってそのまま正直に語る事もまた出来ない、ではその娘を連れて来いとなりそうでそれは避けた方が良いと本能的に思う、何とも返答のしようが無く我知らずウーウーと獣のような唸り声を上げてしまった、


「これは失礼、どうやら立ち話で解決できる事では無かったようですね」


イグレシアは悩むユーリを見下ろしてすまなそうな顔をする、


「別途時間を取りましょう、ゆっくりお話しなければいけないです、とても重要な事ですから、それでは」


そう言ってイグレシアはユーリを開放した、本人も研究室への道すがらのようで踵を返すとスタスタと廊下を歩いて行く、ユーリは悪い物を強引に食べさせられた様な何とも形容しがたい感情を抱き腹立ちまぎれに大きく鼻息を吹き出して歩き出した、


「今はそれどころでは無いのだ全く」


そう声に出して思考を切り替える、ドスドスと音がしそうな歩き方でストラウクの研究室を目指した。




「お疲れ様ですユーリ先生」


「昨日はどうもストラウク先生」


女子寮でのささやかな冒険の後始末の打合せである、ユーリは努めて冷静な振舞いを心掛ける、


「早速ですがこちらを御覧ください」


ストラウクは書物と羊皮紙、様々な巻物に埋もれた机から立ち上がり、打合せ用のテーブルに手にした巻物を広げた、


「やっと見付けました、前帝国時代の水道構造の説明書きです」


巻物には中央に石造りの簡易な建築物が記載されその各要点に注意書きとして説明文が書かれていた、


「もう少し詳細が分かるものが欲しかったのですが、取り合えずこんなもんですね、助手に書庫を探させてますが・・・」


「それで、何が分かったのですが?」


「はい、簡単な図なので少々怪しい点もあるのですが、まずこちらが上水道と書かれています、仕組みとしては水源から都市迄高架型水道橋として水路を引いたものです、現在でも名残はありますね、あの街外れにある長々と続く高架橋です」


「あぁ、それは聞いた事があります、昔あれで水を運んでいたとかなんとか」


「はい、正にそれです、これは主に市民の飲料及び生活用水として活用されました、あの高架橋が街中を走ってですね、こちらの図にあるように生活の中心になる要所要所に水を届けていました、これを井戸と呼称しておりますね」


ストラウクは図を指し示しながら説明する、図によると水桶を中心にして市民が洗濯等をしており、その水桶に高架橋から水が流れ込んでいる様子であった、


「へぇー、井戸って穴を掘って水が湧くものと思ってました」


「まったくもって、逆ですね、前帝国の井戸は上から降って来るものです、勿論我々の言う井戸と同じものもあったでしょうが水場の単語と井戸の単語が同一でして我々が訳すとすると共同水場と井戸で使い分けるのが良いでしょうか」


ストラウクは頭を掻きつつ話続ける、


「で、次に中水道です、こちらは自然に流れる川や雨水ですねそういった人の手によらない水の流れの事を中水道と呼称したようです、図でいうとこれですね、水路は作りますがそのまま川に流しています、大きな道路の脇や住宅の周辺に側溝が掘られておりまして実に丁寧に排水されている様子です、またこの水は生活に使用するものでは無いと此処に小さくですが書いてありますね、で、ここからが大事なのですが、この下に書かれているのが下水道です」


ストラウクは図の中でも最も複雑に書かれた部分を差し示す、


「まず下水道に流さなければならない物として、糞尿、風呂の排水、洗濯排水、その他生活排水と書かれております、ここにも注意書きがありまして野菜屑、動物・魚の骨は流してはいけませんとありますね、いや面白いです。つまり、昨日探索しましたあの遺跡は200年前に糞尿や生活排水が流れ込んでいた水路だったのですね」


楽し気にユーリの反応を伺うストラウク、ユーリは特に表情を変えず話の続きを待った、


「そう考えますとあの通路の構造も納得頂けるかと、まず床面が丸くなっていた点と水流による摩耗でしょうか目に見えて削れていましたよね、角が無かった、経年によるものかと考えたのですがそれ以上に水流によって削られていたのでしょう、それに対して倉庫区画の床は平らでしたし倉庫と沈殿施設を繋ぐ廊下も平らでした、これは人が歩行に使う場所として作られた証左ですね、そこには水流が至っていない。さらに水路内には篝火の受けも見当たりませんでしたが、倉庫の壁にはそれらしき窪みがありました、そして」


「分かりましたわ、先生、出来れば問題点を抽出して頂ければと思いますが」


「はぁ、はぁそうですねはい、そうでした、二つ有ります、一つ目は全体像が不明な事です、昨日調査しただけではとてもとても全容を掴む事は不可能なのですが、はてどこまで広いのかサッパリなのです、私としては人手を雇って全体を洗い出したいのですが、文献にも勿論あたっておりますが水道関連の資料はこの一枚がやっとでして、さてどうしたものかと、えぇえぇ、またその必要の論議も必要かと考えれます、でもう一点なのですが」


ストラウクは再び後頭部を掻いて、


「こちらの書類の最下段、最も重要な点として記入されております事でして」


言いにくそうにその部分を差す、前帝国語を読めないユーリは静かに言葉を待った、


「えーと、こちらにですね、掘削型の井戸を禁じるとあります、その理由もありまして、その1下水道施設の維持の為、これはその通りですね穴を掘った際にあの遺跡を壊してしまっては駄目です、その2疫病及び糞の害の予防の為とあります、これは少し悩みましたが恐らく井戸の水位よりも下水道の水位の方が高い為に下水道に流れ込んだ汚水が井戸の水に流れ込む又は染み込むと言った方が良いのかな・・・その危険性がある為と考えられます、この注意書きを見て上中下3つに分けられた水道に得心がいきました」


「えーとすいません、まるで理解が追い付かないので申し訳ないのですが、どう対応すれば良いのでしょうか」


ユーリは目を閉じてこめかみをマッサージする、


「対応ですか?うーん、あの遺跡に対しまして私が考えられる事は、埋める、一番確実です、将来の事故も防げます、しかし全体像が不明なのでその工事が費用の面でも期間の面でもどれだけ必要かが分かりません、次に放置する、この場合街の中の既存の我々が掘削した井戸は生活用水として使用できない、いや・・・できるでしょうが推奨されないといった方が良いですか、次に下水道として使用する、この場合も井戸は使えませんし全面的な下水道内部の補修が必要です、その上上水道の整備も必要ですね、中水道についてもある程度整備が必要として、これはもう都市の開発問題になりますが・・・どれにしても・・・実はかなり厄介な物を発見したようですね」


ストラウクはユーリと同じように沈黙した、二人共あらぬ方向を見て思考している、ふぅとユーリは吐息を吐くと


「それではこちらからの報告を・・・、呼称ピカピカについてですが」


懐から布に包まれた沈殿区画で採取された鉱石を取り出す、


「レインさんが帰りしなボソリと呟いていたのですが、この鉱石が最も価値のあるものかもしれませんというか、価値ありますね・・・」


ユーリは鉱石の一つを摘まみ窓から入る日光に当てる、


「このように光に当てますと、・・・もう少しですね」


ユーリは指先に伝わる微かな振動を捕らえ乍ら鉱石を注視する、


「はい、この状態です」


すっと鉱石をテーブルに置いた、無色であった鉱石は微かに振動しつつ太陽光と同じ黄色と赤色の中間の色で周囲を照らし出した、


「これは素晴らしい、いや、魔法石、魔石、ですか、しかし・・・」


「はい、無色の魔石があるとは私も知りませんでした、これは大発見かもしれません、いえ大発見です」


ユーリはそう言い切って鼻息を荒くする、


「これはまた神のお導きですかな、それとも日頃の行いのお陰ですか、魔法石の研究者であるユーリ先生が新たな魔法石の発見者になられるとは、これはめでたい、さらにあの埋蔵量ですぞ」


ストラウクもまた興奮している、


「えぇ、あの沈殿区画を調査すれば謎であった魔法石の生成方法が判明するかもしれません、そうなれば」


二人は身震いする、そして顔を見合わせるとお互いの表情の奥にある不安感を感じ取り現実に引き戻された、


「いや、さて、どうしましょうか、やはり学長を経由して・・・」


「そうですわね、お叱りは覚悟の上で学長経由、ソフィアとも相談しなければ・・・、領主様そして国王様ですか、国王は何とかなりますが領主様が私は駄目ですね」


「気が重いねぇ、その上・・・」


「果てしなく面倒くさいですね・・・」


二人は同時に深い溜息を吐いた。

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