第3話 街の地下には・・・ その6

「で、結局どうしたの?」


あからさまに面倒くさそうな顔をしてユーリが厨房に入って来た、


「あら、御機嫌よう、最近良く合うわね」


ソフィアは悪びれもせずそう言って微笑んだ、


「どの口が何言うのよ、次から次へとまったくもう」


「すいません、遅れました」


オリビアがユーリの背後から顔を出し、


「失礼します」


その背後から見慣れない顔がひょいと入ってきた、痩せ型で小柄な中年男性である、その手には数本の巻かれた羊皮紙が抱えられている。


「こんにちは、すいません、お騒がせしたようですね」


ソフィアは夕食準備の手を止めてエプロンで手を拭いながら三人へ近寄った、


「あー、こちらマーセル・ストラウク先生、で、こちらソフィア・カシュパルここの寮母ね」


ユーリは実に簡単に初対面の二人を紹介する、


「宜しくです、ストラウク先生」


「こちらこそ、カシュパル寮母?さん?・・・カシュパルさんで宜しいですか?」


「ソフィアで結構です、先生」


「そうですか、ではソフィアさん宜しくお願いいたします。それで、遺跡らしきものはどちらに?」


ストラウクはランランと目を輝かせソフィアに詰め寄る、


「えっと」


ソフィアはその勢いに面喰いつつ、こちらですと勝手口から裏庭へ二人を連れだした。


畑の周囲には植え付け作業を終え水遣りをしている寮生とミナとレインが屯っており、皆それなりに泥だらけになっていた、そこにオリビアが合流しエレインと話をしている、


「あちらの陥没した穴の底になりますね」


ソフィアが指差すとストラウクは一目散に穴に駆け寄る、


「わっ、先生チースっす」


ユーリとストラウクに気付いたジャネットが腰を上げて気軽な挨拶を投げ掛けた、


「こら、挨拶くらいちゃんとしなさい」


ユーリは教師づらで叱責するも、ジャネットはどこ吹く風でストラウクの側に立つ。


「?、ソフィア、また変な結界張ってるの?」


ユーリが眉根を寄せてソフィアに問い掛ける、


「流石ね、分かった?、騒音対策のつもりで張ってみたの、開墾作業がうるさそうだったから」


「杖が重いわ、静音効果以外もあるでしょこの結界、魔力吸収?」


「うーん、どうだろう、どちらかといえば拡散?と、無効とまではいかない、防止かしら、適当に思い付いた結界だからね、その内効果は切れると思うわよ」


「適当ねぇ」


ユーリは呆れて横目でソフィアを睨むと、まぁいいわと手にした杖を厨房内に立てかけた、


「それで、ストラウク先生ね、遺跡調査のスペシャリストで歴史家だから、こういう案件に打って付けの人なのよ、オリビアに概要は聞いたから任せてしまっていいと思うわ」


「ならお任せしちゃうわね、夕飯食べていくでしょ、ストラウク先生の分も用意しておこうかしら」


「今日は何?」


「揚げ油が残っているから明後日までは揚げ物かしらねぇ、今日は昨日とは違った揚げ物、野菜中心」


ソフィアは楽し気にそう言って厨房へ入った。




「それでは、現段階での調査結果と推測される点を幾つか・・・」


食事を終えた一同はオリビアの立てた茶を片手にストラウクの説明に聞き入る、ちなみに夕食はフリットに似た野菜の揚げ物で大量に作ったものを大皿で供された、ゆえに好きな品と美味しい品の争奪戦になり一歩引いたオリビアとケイス、大人三人を差しおいて実に活発で楽し気な夕餉となってしまった。


「穴の底に有りましたのは石組みの天井の一部でありました、石の厚み組み方を見るに前帝国期の建築物と見て間違いありません、ちなみにこちらがその一個」


ストラウクは綺麗な直方体に加工された岩塊を足元からテーブルに置いた、


「この他の石との接合部に使われているのが帝国時代のセメントですね、現在の物と比較しても質は上等ですと思います、これは建築科の講師とは意見が別れる所ですが、私が考えるに漆喰により近い成分で構成されていますので・・・」


「ストラウク先生、話がずれてます」


慣れた物なのかユーリはストラウクの話を軌道修正する、失礼とストラウクは軽い咳払いをし、


「私の見立てでは帝国期の地下神殿又は城の地下構造物ではないかなと予想されます、で・・・」


そこで言葉を区切ると、暫く思案し、


「調査に入りたいですね、実に興味深い」


ストラウクはそう言って薄く笑った、


「えーと、お宝はありますか?」


ジャネットは軽く右手を上げて質問する、


「お宝・・・お宝ですか、地下神殿であればその御神体は貴重な物です、金で作られ宝石が飾られた作品が王城に秘宝として安置されております、もしそれと同格のものが発見されたらあっと言う間に億万長者ですね、また、城の地下であった場合は貴重な資料が発見された例があります、帝国時代は地下の一部が倉庫であったので、その場合も綿密な鑑定が必要ですが・・・うん、お宝と言ってよいのではないでしょうか」


ストラウクは饒舌に且つ早口で捲し立て、


「問題は権利です」


と話を締め括った、


「権利ですか、そうですよね」


ソフィアは納得したように茶を含んだ、


「えぇ、この寮の権利と土地の権利を調べましたが、寮は学園、土地は領主の権利となっておりました、これはまぁ学園の税金対策みたいなものでそうなっているのでしょう、でこの場合発見された遺物は、発見者と領主というよりも領との折半になるのかなと思います、さらに遺物・・・分かり易くお宝と表現しますが、お宝を確保するのにある程度の労力が必要となりまして、この場合の賃金をどうするかという問題が発生します」


「要は冒険者かそれに類する人を雇ったとしてその人らへの報酬という事ですわね」


エレインが要約してみせる、そうですねとストラウクは言って茶に手を伸ばした、


「質問、冒険者を雇ったとして、お宝が無かったら、その費用はどうなるの」


ジャネットがエレインに問う、


「そんなもん、雇用主の大損ですわ、当然でしょう」


とエレインはつれなく答える、ふーんとジャネットは納得し、


「とりあえず、お宝があるかどうかもそうだけどあの遺跡が何であるかと安全かどうかが大事なのよ」


ユーリが方向性を示す、


「そうですわね、あの穴からゴブリンでも出てきた時には・・・ゴブリン以外でも厄介な魔物も居りますし、さらにあの空洞が何処まで広がっているかも」


エレインは改めて脅威を認識し、一同はそれもそうねと同意する、


「その為にも一度調査に入ってみますか、入ってみたら拍子抜けって事もあるものだし」


ソフィアの意見である、


「私としてもそれがいいと思うわ、まぁ、私と貴女がいれば何とでもどうとでもなるしね」


ユーリがソフィアの意見に同調する、


「儂もいるぞ」


レインが両手を上げる、


「ミナも、ミナも」


その様子に遅れてはならじとミナが立ち上がるが、


「ミナはお留守番かなぁ」


とジャネットがミナの頭を撫でつけた。


「はい、そこで権利の問題が発生します」


ストラウクが冷静に発言する、


「この場合、例えば事故であの穴に落ちたのであれば、そう申告すれば問題は無いですね、過失による権利侵害がなりたちますと思われます・・・、しかし故意に調査したとなれば、それは土地の権利者に対して権利侵害が成り立ってしまう、今回はこの例になるかと・・・、正攻法としては学園経由で領主に状況を報告して指示を待つのが・・・時間は掛かりますし、面白くは無いですが正しいかなと思います」


「正攻法だと恐らく私達の手を離れる・・・」


エレインの言葉にはいそうですねとストラウクが答え、


「しかし、事故であれば問題無い・・・」


眼光鋭くジャネットはそう言って、ストラウクはその眼光に同調するようにそうですねと口元のみでニヤリと笑う、


「うーん、先生としてはどうお考えです?」


ソフィアはストラウクに問う、


「どうとは?」


「調査したいです?」


「それは勿論、これでも遺跡調査の為に冒険者になった男ですぞ、血が滾るとは正にこの事」


痩せ型の学者肌の中年が胸を張る、


「皆さんはどうでしょう」


ソフィアは一同を見渡す、寮生はそれぞれに無邪気な興味を表明した、


「それでは明日、事故に遭うという事で口裏合わせますか」


明るくそう言い切った。

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