第3話 街の地下には・・・ その5

ソフィアが茶器を洗い場に置いて内庭に出るとミナとレインが畑を前にして呆然としていた、


「どうしたの?」


「うむ、ソフィアこれをどう見る?」


レインは畑の一角を指差す、そこは開墾していない土地との境界で開墾した部分がごっそりと陥没していた、開墾していない土の断層が分かるほど巨大な穴が開いており、大人三人が充分に入れるほど広く深い陥没であった。


「どういう事?」


「わからん、わからんが、地中に空洞があってそこに耕した土が流れ込んだのかもな、この土は柔らかいじゃろ、うん、」


レインは一人納得している、


「ふぇー、ソフィどうするー」


ミナはそれ以上穴に近寄らないように両肩をレインに掴まれていた、子供らしい情けない声と涙目でソフィアを見上げる、


「わぁ、すごい畑になってる、・・・どしたの?」


寮生が連れ立って裏庭に来た、畝作り迄住んでいる区画は正に畑であったが、その前に佇む3人を見て小首を傾げる、


「どうしましたの?あら、大きな穴」


エレインがあらあらと覗き込む、


「エレインさん、危ないので近寄らないで」


ソフィアは思い出したように注意する、そうですわねと素直にエレインは二三歩後退ると、


「底が暗くて見えませんわね、うん、ジャネットさん出番ですわ」


楽し気にジャネットを振り返る、


「出番って、何すればいいんだよ」


ジャネットは恐る恐る穴の縁から底を伺って、


「底はあるけど詳しくはわからないかな?」


「そのようですわね、うーーん、ウィスプ飛ばしてみますか」


エレインはジャネットの真後ろから穴を覗きつつ左手で空中に魔法印を描き、流れる様に召喚文言を唱えた、瞬間、バシュッという大気の弾ける音が響き発光しかけた魔法印が霧散する、


「キャッ」


と可愛らしい悲鳴を上げてエレインは身をかがめた、と同時にドンとジャネットの背中に左手がぶつかる、


「わっ、ちょっと待って、お、落ちる」


大きくバランスを崩しワタワタと穴に落ちかかるジャネット、スッと影が走りジャネットの腰を細腕が支えた、


「お二人共、ふざけすぎです」


側に控えていたオリビアが冷静に二人を見下ろしていた、その右腕はジャネットの腰を支え、穴に対して距離を取るように両足を踏ん張っている、


「ありがとう、オリビア」


「さっ、さすが、オリビー」


蹲るエレインと間の抜けた姿勢で硬直するジャネット、それぞれに礼の言葉を静かに聞いたオリビアは、


「仲が良すぎるのも問題ですわね」


と柔らかく微笑んだ、


「誰がですの」


ムッとした顔で立ち上がるエレイン、


「誰がだ」


嫌悪感を遠慮なく表出させるジャネット、


「はいはい、落ち着いて3人共少し離れようねぇー」


ソフィアは今にも暴れ出しそうな3人を優しく諭すと、


「結界が生きているから召喚できなかったのよ、魔法印を描いた時点で気付かないと駄目駄目ですよー」


と何とも覇気の無い声で忠告を付け加える、


「なので、松明使おうかしら、結界はそのままの方が良さそうね御近所付き合い的にー、倉庫に廊下の松明予備があるから使いましょう」


とミナとレインに声を掛け寮の倉庫へ向かった、絡み合ったままの姿勢であった寮生は振り上げかけた手を下ろし、


「いよいよ、何者なのかしら」


「そうですね」


「まったくです」


とそれぞれに溜息を吐いて穴から若干の距離を取ったのであった。


レインは松明を数本、ミナは荒縄のロープを抱えて勝手口を潜る、さっと走り寄ったジャネットとオリビアがそれぞれに荷物を預かり受け、火のついた松明を持ったソフィアが合流すると改めて全員で穴を観察する。


「皆さん汚れても良い服装なのは僥倖ですわね」


ソフィアはニヤリと笑みを浮かべ、


「といってもあまり危険な真似はさせられないかしら」


と首を傾げる、


「取り合えず底がどうなっているか探ろうかの、穴があれば閉じる算段もできようし」


レインの冷静な意見にそうねとソフィアは同意すると、井戸の屋根柱に荒縄を結び付け陥没穴に荒縄を垂らした、


「まず先に出来る事はと・・・」


ソフィアは手にした松明を持ち手を先にし底付近の土を狙って投げ差す、上手い事持ち手側が刺さり底付近を松明の灯りが照らし出すが、黒く輝く土しか見えない、


「では、行ってみますね、皆さん距離を取っておいて下さい」


荒縄を腰に巻き付けると固い土壁を支えにしてゆっくりと穴を降りて行った、あまりに冷静に且つ滑らかな所作にレインを除いた一同はポカンとその様を眺めてしまう、


「すごい、慣れたものですわね」


エレインは思わず感嘆し、


「ソフィは凄いんだから」


とミナは嬉しそうにエレインを見上げた。


底に着いたレインは柔らかい土に刺さった松明を拾い上げ足元を照らす、踝までフカフカと沈む黒土に完全に体重を掛けるのは躊躇われ、片足を土壁に右手で体重の過半を荒縄で支えながら底を探った、暫く片足で黒土の中を探り何とか足がかりとなりそうな固い物体を発見するとそこにゆっくりと体重を掛け、何とか安定した姿勢を確保した。


「ふぅ、しかしこんな深くまで開墾しなくても・・・」


「言ったであろう、葡萄は根が深いのじゃ」


すぐさまにレインの文句が降ってきた、彼女の地獄耳に関してはソフィアも認識していたが少しばかり気を抜いていたかもしれない、はいはいと空返事をしてソフィアはさらに足元を探っていく、


「如何ですの?」


レインの発言に触発されたのか穴から距離を取っていた筈の一同の顔がソフィアを見下ろしている、その中にケイスの顔も増えていた。


「あら、ケイスさん、お帰りなさい」


ソフィアはとても斬新な姿勢を維持したまま軽やかに挨拶する、


「は、はい、ただいまです」


ケイスは困惑した顔でぼそぼそと答える。


「あの何を?」


ケイスは穴の中を覗く一同を見渡して状況を伺った、レインが楽し気に説明し、ミナも同調して楽し気である、しかし寮生の顔は厳しくその対比にケイスは軽い混乱を覚えた。


ソフィアは唯一探り当てた足掛かりを元に底に開いた穴の全体を確認する、底になる部分の大半が穴となっており、その周囲は恐らく石組みかレンガ組みの何かであった。

ソフィアは決心し両足を足掛かりに載せ松明を黒土に差すと左手で足掛かりとした石組みから穴底のさらに下を手探ってみる、空間が広がっているのが分かり指先に湿った大気が感じられた、


「ふぅ、何かあるのは確かね」


と腰を伸ばして溜息を突くと、


「一旦上がります、できれば曳いてくれると嬉しいですが出来ますか?」


ソフィアが上を向いて問い掛ける、すぐに承諾の合唱が有りジャネットとオリビアの顔が消え、キョロキョロしながらケイスの顔も消える、


「曳きますよー」


とエレインが音頭を取りながらソフィアはゆっくりと地上に引き上げられ、無事に上半身を地上に出しエレインの手を取って穴の縁に腰掛けると、


「ありがとうございます、皆さん」


と大きく深呼吸をした、


「それで下はどうでした?」


エレインがソフィアの手を取って立ち上がらせつつ質問する、


「えぇ、恐らく坑道か何か、遺跡であれば大発見ですが空洞があるのは確かです」


「すげぇー、本当に?」


「寮の下にそんなものが・・・」


ジャネットは目を輝かせエレインの顔は曇った、一同はそれぞれに思う所があるのか様々な表情であるがミナだけは今一つ理解していないようで、一同の顔をかわるがわる見上げるばかりである、


「・・・そこで、どうしましょうか?」


ソフィアは困った顔でエレインに問い掛ける、冷静になって考えると新発見の何かであればその処し方という物があるもので、この場に居る人間ではその処し方が今一つ判断できないのである、まして危険物であった場合は尚の事であった、


「はて、誰に相談したものでしょうか?」


エレインの言であるが、その言葉がソフィアの悩みそのものでもあった、


「取り合えず悪巧みの仲間は増やしましょう、ユーリを呼びましょうか」


ニコニコとソフィアは言って、エレインはそうですわねと素直に承諾する。


「では、オリビア、ユーリ先生を呼んで来て下さい、恐らく研究室にいる筈ですわ」


「はい、早速」


とオリビアはエレインに一礼し、同様に一同に一礼するとスッと音も無くその姿を消す、


「ありがとうございます、エレインさん、・・・そうですねぇではオリビアさん以外は苗を植え付けちゃいましょうか、木箱に置いておけないですしね」


日の当たる場所に置かれた苗の木箱を視線で差し示す、


「うむ、そうじゃの、木箱ではかわいそうじゃからな、配置等は落ち着いてから植え替えればよかろうしの」


レインは木箱に歩み寄る、


「ミナが、ミナがやるのー」


ミナは慌ててレインを追い、まぁいいかと溜息交じりのエレインとジャネット、やはりまだ状況が飲み込めていないケイスがミナを追った。

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