第3話 街の地下には・・・ その2

ゴミの片付けにはおよそ3日の月日を要した、その3日の間は午後になると寮母家族と寮生それに出入り業者が裏庭に集まり世間話をしながら作業を続けた。

山となったゴミの内、木製品は破砕し焚き付けに、皮製品布製品は洗浄し保管され、金属製品は回収しまとめて売却された、陶器製品も多くこちらは殆ど使用不可能な状態で真のゴミとなりせめてものマナーとして洗浄されて鍛冶屋経由で廃棄された、残った問題は貴金属類と書物であった。


ユーリの言通りで貴族出身者の置き土産の中にはそこそこ貴重な宝石類が紛れていたり、出所不明の書籍が木箱から大量に出てきたりと貴重で高価な品が数種出てきたのである、当初ソフィアは金属の下取りを寮の食費として計上しようとダナと打合せ済みであったが、貴重品の販売額が予想以上に大きくなりそうで、寮の予算として計上するにしてもやや難しくなりそうであった、であればとエレインの実家であるライダー子爵家の名で諸々を寄贈する事にした、エレインは面倒くさそうに顔を顰めたが細かい作業はオリビアが担当し処理はつつがなく終了し、ようやっと女子寮のゴミ問題は大方の始末を付けることに成功した。


「あぁー、何とかなったわねぇー」


ゴミの片付けと新しい寮母の着任を祝って、ついでにケイスの帰還も合わせてささやかな食事会が開かれる事になった、早速ワインを煽っているのはユーリである、


「はいはい、真ん中開けて、生徒はお酒ダメよ、エレインさんは例外ね」


大きな皿を両手に持ったソフィアは上機嫌でテーブルの間を動き回る、参加者が多く寮生と寮母家族に加え、学園関係者のダナとユーリ、鍛冶屋のヘッケル夫妻が参加している、皆ソフィアが気合をいれて作った食事に目を奪われていた、


「はい、それでは」


ソフィアは二つのテーブルを自身の手料理で一杯にすると、ユーリからワインを受け取って皆に話し掛ける、


「皆様、この度はユーフォルビア第2女子寮の清掃活動に御尽力頂きましてありがとうございます、当初あのゴミ貯めとかしたこの寮を見たときはどうなるものかと背筋が寒くなりましたが、見事、人の暮らしを取り戻すことが・・・」


「ソフィア長い、座れ」


ソフィアはその弁がいよいよ佳境になりつつある瞬間にユーリに引き釣り下されるように着席した、


「生徒代表してエレインさん、乾杯の音頭を」


ユーリはソフィアの肩を両手で押さえ付けつつエレインに目くばせする、


「では、作業終了と新しい寮母さんの歓迎、それとケイスさんの帰還?を祝して、乾杯」


エレインはスッと立ち上がり簡潔に杯を掲げる、一同は笑い声と共に復唱した。


ソフィアの手料理はかなり豪勢であると同時に慣れていない者にとってはやや珍奇に見えるものも多かった、そこでミナとレインが喜々としてそれら料理の解説をしつつ食事は進んでいった、特に好評だったのが揚げ物類である、これは生徒は勿論大人にも酒の肴として受けたようであっという間に皿は空になってしまった、次に好評であったのがミルクベースのソースに野菜を付けて食べるサラダである、このソースが濃厚な上に甘味が強く独特の旨味が癖になる一品で野菜よりもソースの消費が激しかった。


暫く一同はパーティーとは思えないほど食事に集中し、やがて酔いの回った大人達が漸く饒舌になり始めた、


「ソフィアさん、今回はいろいろありがとうございます」


満面の笑みを浮かべる鍛冶屋のブノワト・ヘッケルが酔いの為か頬を赤くしている、


「こちらこそ、少しは儲かった?」


「そうですねぇ、儲かったというよりも、上質な鋼が多かったので再利用が楽しみなのですよ」


えへへとワインをあおる、


「それで今後の計画の方に興味があるのですがぁ」


「作業しながら話してたやつ?」


「そうです、菜園計画及び増改築計画」


ブノワトは杯を掲げてご機嫌である、隣に座る夫のブラス・ヘッケルが困った顔で妻を横目に睨んだ、


「そうねぇ、菜園は早くしないと植える時期を逃しちゃうから明日からかかろうかと思ってたの」


ソフィアもワインをあおる、


「ミナも、ミナも作る、苺植えるんだよ」


上機嫌なミナが果実水を片手に微笑んだ、


「そうかぁ、苺かぁ、苺はいいなぁ」


「うんうん、後はレインが言ってたブドウとか、それとそれと」


「確かにねぇ、内庭は広かったけど誰も利用してなかったわね、生徒はそんな事には興味無いし、管理人っていっても知ってる人は雑な人ばかりでしたわね」


エレインも頬を染めつつぼんやりと呟いた、


「エレインも植える?何育てる?」


「うーん、何がいいかしら、ミナちゃんは苺でしょ、ならわたくしは薔薇かしら?」


「バラって美味しいの?」


ミナはキョトンとした顔で素直に問い返す、


「ミナさん、あぁ、何て愛らしい」


酔いも手伝ってかエレインはミナを抱き締め、


「薔薇は食べるものではないですわ、されど、貴方の為なら美味しくしてみせますわ」


いよいよもって訳の分からない事を言い出したエレインに、


「すげぇ、ミナっち、エレインを骨抜きにしたわ」


酒が入ると怖いねとジャネットは溜息を吐く、


「じゃぁ、エレインは薔薇ね、ジャネットは?」


ミナはエレインの腕の中で器用に反転しジャネットに問いかける、


「んー、うちはどうしようかなぁ、桃・・・は果樹園だな、収穫に時間かかりそう・・・」


眉間に皺を寄せ真剣に悩み始める、


「やはり、リンゴ、これも果樹だな、であればスイカ・・・うん、スイカはどうだろうミナさん」


真剣に相談する、


「ミナも考えた、スイカも捨てがたいと・・・」


ミナもエレインの腕の中で真剣に受け答えする、


「では、スイカで宜しいですか?」


「うん、ジャネットはスイカで」


密談は成立したようである、


「ケイスはどうする?何植える?」


ジャネットは満足そうにお腹をさすって天を仰いでいるケイスに話し掛ける、


「ひゃ、植えるですか、なんでしょう」


突然話を向けられ大袈裟にバタつくケイス、


「ミナは苺だよ、ジャネットはスイカ、エレインは薔薇で、レインは葡萄?、ケイスとオリビアは?」


ミナは決まった作物を楽し気に小さな指を折って羅列する、


「わたくしも良いのですか?」


今にも給仕で動き出しそうなオリビアがおずおずと問いかける、


「勿論だよ、オリビアは何にする」


「ふむ、では、白いジギタリス等如何でしょう、薔薇に合わせるお花として美しいかと思います」


「なによ、こんな時までわたくしに合わせなくても宜しいのよ」


エレインはやや不機嫌そうにそう言ってワインをあおる、


「いいえ、薔薇は薔薇だけでも美しいですが、引き立てる花があればより輝く花だと思います、であれば、薔薇をより生かす可憐なジギタリスこそ私の求める所でございます、如何でしょうかお嬢様」


オリビアのやや芝居がかった口調に、


「ふん、好きになさい」


エレインは呆れたようにそう言い捨てる、しかしどこか嬉しそうであった、


「ケイスは?どうする」


背筋を伸ばして静かにしていたケイスは二度三度首を傾げつつ、


「・・・メロンはどうでしょう、美味しいですよ」


慎重に言葉を選びつつそう提案する、


「メロンかぁ、聞いた事がある、でも食べた事無い」


ミナは嬉しそうにそう言って、


「メロン作れる?ならケイスはメロンね、決定ね」


「・・・難しいかもしれませんが・・・」


頑張りますと消え入りそうな声でケイスは呟く、その言葉とは違って口元は綻び照れたような笑みを浮かべている。


「顔色もいいし、頬も少し膨らんできたかしら」


ユーリはやや離れた位置にいるケイスを観察してそっとソフィアに呟く、姿を表した当時のケイスは青白く痩せこけ不健康に見えた、


「そうね、まだどこか余所余所しいけど、笑えるようだし、強い子ね」


「そうですね、話を聞いた時は恐ろしさの方が先に立ちましたけど」


ダナはソフィアに同意しつつケイス達を横目で俯瞰して、


「私が同じ状況に置かれたら、とてもとても、どうしたらよいか、想像出来ません」


両肩をブルリと震わせた、


「そうね、それは私も同意するわ、たいしたものよ彼女・・・」


ソフィアはそう言ってワインを呷った。

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